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「アンリエッタ‼」
二日振りに見た恋人の姿に、俺は叫ぶことしか出来なかった。
***
事は二時間前に遡る。
学術院の院長室で、緊急に集められた人数を元に、作戦が立てられた。
まずは、ポーラが魔塔の主の名で依頼して集まった、冒険者たち。
ポーラは飽く迄、彼らに正体を明かしたくない、ということで窓口は学術院の院長が、指揮はエヴァンがすることになった。そのため、どんなに数が集まったとしても、依頼通りレニン伯爵の別邸の外壁に配置されることになった。鼠一匹、外に出さないようにするために。
普段、どこにも属さず、個々で行動している冒険者たちにとっても、慣れない相手に、連携を取れと言われるのは困るだろう。それゆえの判断でもあった。
次に自警団と魔術師たち。
別邸の中を担当する両者には、慣れる慣れないなど関係なしに、連携して動くよう指示がされた。
これは、大魔術師ユルーゲル・レニンが魔法陣を得意としているため、事前に罠が仕掛けてある可能性を考慮してのことだった。そのため、罠の特定と解除を魔術師が、物理的なものの全般を自警団が担うように、それぞれチームが組まされた。
自警団の団長とポーラが違うチームに分かれていたため、自分も違うものだと、当然思っていたところ、ふたを開けてみれば、どういうわけかポーラと同じチームに配属されていた。
「何故俺がおま……、あなたと同じチームに?」
マーカスは隠すことなく、不満をぶつけた。出会った時から相性が悪い、もとい気に食わない女だと感じていた相手と、行動を共にしたくなかったからだ。それが重要な時なら、尚更だった。
しかしポーラの方は、そんなマーカスの態度に慣れたのか、どこ行く風といった感じで、聞き流した。
「別に言い換えなくてもいいわよ。今更、気にもならないから。それと、これは魔塔の問題として、別邸を捜索するのよ。つまり、私について来た方が、より深い所まで潜り込めるというわけ。分かったかしら」
一応、配慮してあげているのよ、と言わんばかりの態度を、不快に感じたが、とりあえず頷いておいた。
配慮と言うよりも、てっきり監視目的で同行させられるのだと思ったからだ。さらに言うのなら、単独行動はするなと、釘を刺してきたのではないかとまで勘ぐった。
何故なら、俺はポーラに言っていないことが、まだあったからだ。情報を共有した方が良いとは言ったものの、恐らくポーラが一番知りたがっていることを、俺は話していない。だから、完全に信用出来ないのだろう。
俺がアンリエッタに近づいた理由。
けれど、そこまであいつに話す道理はない。これは俺個人の、家族の問題でもあったからだ。しかし、これとは別件で、そろそろ俺も明確にしないといけないとは思っている。
銀竜の元に、再び行くか行かないか。一人で行くか、アンリエッタを連れて行くかどうか。宙ぶらりんになっていた問題に、そろそろ目を向けなくてはならないだろう。このようにアンリエッタの身に危機が訪れると、より一層感じてしまう。
今は天秤にかけるものがない以上、アンリエッタのことだけを考えられる。けれど、銀竜の元へ行くか行かないかだけで、このように迷ってしまうのも、事実だった。そしてまた、逃げる様にして、考えを先延ばしにする。
そう今は、ただアンリエッタの救出のみ、頭をいっぱいにして。
そうこうしている内に、この一時間後、レニン伯爵の別邸へと、一同は乗り込んだ。
***
レニン伯爵家の別邸は、別邸と称する割には、広い敷地に大きな邸宅だった。それは元々、学術院に訪問する王族または上級貴族を、もてなすことを目的に作られた建物であったからだ。あれこれ考えられた結果、本邸並みの規模になってしまったのはそのためだった。
外壁を彩る青は、伯爵家の特徴でもあり、一族の誇りである、大魔術師ユルーゲル・レニンの髪色から取られているせいもあり、どこからどう見ても、伯爵家の建物であることは、一目瞭然だった。そこから望む庭園は、建物に合わせた色の花をふんだんに使い、まるで綺麗に飾り立てているかのように見せていた。
いついかなる時でも、その別邸の役割を果たせるように、手入れされた庭園。薄暗くなっても、美しさが損なわないように設置された外灯も、今や別邸を囲む、彼らのためにあるかのようだった。
「こ、これは一体どういう事か、説明していただきたい」
扉の前で待機していたポーラたちの前に、ゾルレオ・レニン伯爵が息を切らせながら現れた。余裕がないのか、王女もしくは自身も所属している魔塔の主であるポーラ相手に、挨拶もなしに言い放った。
いきなり別邸に、押しかけてきた集団に驚いた使用人が、慌てて呼びに行ったのだろう。静かだった邸宅内が、一気に騒がしくなった。
こちらが武装していることもあってか、ゾルレオの背後には、伯爵らしく執事やメイドの他に、数人の魔術師の姿も見られた。しかし、それは予想の範囲内。むしろ、いない方が可笑しいくらいだった。
「説明も何もないわ。魔塔として、抜き打ちで調べにきたのだから」
詳しくは聞いていなかったが、そういう名目で捜索に入ることにした、というわけか。まぁ、事情を知らない面々への対応としては、妥当な理由だろうな。
「調べに、という割には、いくらか仰々しくはありませんか?」
「そう? いつもだいたい、このくらいだとは思うけれど」
ポーラは自身の後ろに控えている、魔術師と自警団を見た後、邸宅内を見渡した。
「それにしても、可笑しいわね。私たちがここに来ることが、まるで分かっていたような対応ではなくて」
「そのようなことはありません。この者たちは、日頃からこの邸宅で、勉学に励んでいる魔術師たちなのですよ」
「なら、そこかしこに仕掛けられている、魔法陣については、どう説明してくれるのかしら」
この私が、気がつかないと思っていたの、とでも言っているかのように、ポーラは腕を組んで、ゾルレオの返答を待った。
仮に、ゾルレオの背後にいる魔術師相手に、仕掛けた魔法陣であったとしても、それはそれで問題視するような案件だった。それを敢えて口にするほど、ゾルレオは馬鹿ではなかったようだ。口を噤んで、ポーラの様子を窺っていた。
「答える気はない、というわけね。でもまぁ、いいわ。貴方には、色々と良くない噂が流れているの。知らないとは、言わせないわ。だからこの際、ちょうどいいでしょう。疑惑も一緒に晴らせるのだから、構わないわよね」
ポーラはそう言うと、斜め後ろにいた団長と魔術師に、合図を送った。ゾルレオの返答など、端から聞く気などなかったとばかりに。それは、控えていた者たちも同様で、合図を機に、一斉に邸宅内へと踏み込んだ。
無論、ゾルレオ側も黙って見ているわけではなかった。突入してくる団員たちを、伯爵家の使用人たちが盾となって防ぎ、魔術師たちに時間を与える。が、ポーラ側の魔術師たちの方が、それよりも早くに魔法を発動させて道を作り、後方にいた団員と魔術師のチームが、次々に邸宅の奥へと進んだ。
団員と魔術師たちには、前もって本来の目的が伝えられていた。けれど、捜索の建前は、先ほどポーラが言ったように、ゾルレオもしくはユルーゲルに関する噂の出所である、怪しいと思われる魔法陣の研究についての調査だ。故に、手前の部屋は素通りし、より奥の部屋を目指した。
怪しい部屋ほど、奥にあるというのが、よくあるセオリーだからだ。
けれど、捜索の本当の目的は、攫われたアンリエッタの救出である。そのため、先陣を切ったチームとは別に、遅れて邸宅に入ってきたチームは、まだロビーにいる使用人たちが、邪魔してこないように拘束したのち、手前にある部屋へと入っていった。
そうして二段階での隙のない捜索が始まって、しばらくしてからだった。先陣を切ったチームのすぐ後ろにいたため、大分奥の方の部屋に入った瞬間だった。マーカスは自身の体に、異変を感じたのだ。
何かに全身を捕らえられたような、そんな錯覚をした後、何かに引っ張られるような感覚も生じた。
なんだ、これは。
訳も分からない感覚に従うことは出来ず、足を踏ん張っていると、今度は懐に仕舞っておいた物が動き出した。
「!」
アンリエッタに渡した青いリボンが、不意に飛び出そうとしたのだ。まるで生き物のように。それも、自身の体が引っ張られている方と、同じ方向に向かって。
マーカスはリボンを掴み、懐に戻しながら、自身とリボンの共通点を探した。答えはすぐに出たが、引っ張られている原因までは、掴めなかった。
そう、共通点はアンリエッタだ。それ以外はない。なら、アンリエッタが呼んでいるのか。アンリエッタにそんな力があるのだとしたら、もっと早くに反応があったはずだ。距離が必要なら、邸宅に入った時から感じていても可笑しくはない。
あっ、そうだ。力だ。アンリエッタの力。神聖力だ。アンリエッタが、常に身に着けてくれていたリボン。ここ数日、せがんで祝福をして貰っていたから、俺の体にもアンリエッタの神聖力が、僅かに残っていたのだろう。
しかしアンリエッタは、まだ力のコントロールが上手く出来ていない。徐々に出来るようにはなったと言っていたが、このように呼び寄せるほどのことまで、果たして短期間で出来るだろうか。
これがアンリエッタではなく、別の要因だったとしても、これに賭けてみるか。闇雲に探して時間を食うよりも、危険を承知で挑む方が、望む結果に一番早く近づける様な気がしたからだ。
「どうかしたの? 何か気がついたことでもあった?」
身動きもせずにいたマーカスを不審に思ったのか、後ろからポーラが声を掛けてきた。マーカスは肩に置かれた手を払い、振り返った。
「少し思うところがある、悪いが付いてきてもらえるか」
ここは言わば、魔術師の館といってもいい場所だ。魔法が使えない俺では、向かう場所が分かっていたとしても、通れない場合が生じる可能性があった。事実、引っ張られている方向には、壁しか見えない。不本意だが、ここはポーラを頼らざるを得なかった。
それは、向こうにも伝わったのだろう。ポーラは今までのような、嫌味な態度を見せることなく、真面目な表情で頷いた。
「分かったわ。団長、私たちは少し調べたいことがあるから、別行動をするけど、構わないわね」
「はい。大丈夫です。お気をつけて」
団長も察してくれて、詳しく聞くこともなく、了承してくれた。
「それで、何か分かったの?」
少しだけ一行と離れると、ポーラが再度聞いてきた。マーカスは、懐から青いリボンを取り出して見せた。
「これにはアンリエッタの神聖力が込められているんだが、見て分かるか?」
「どこかに、向かおうとしている……。いえ、呼ばれている、と言った方がいいのかしら」
アンリエッタの神聖力と、今にもどこかへ行きそうな勢いをしている青いリボンを見て、詳しく言わずとも、ポーラは瞬時に理解してくれた。
俺の体の状態よりも、リボンを見せた方が、手っ取り早かったからだ。というのもあるが、その説明をする方が厄介だった。俺とアンリエッタの関係を知らせる分には、何の支障もないのだが、それを聞いたポーラの反応の方が、この状況下では邪魔でしかならなかった。
下手すると、使い物にならなくなったら、困るからな。
「そうだ。この部屋に入ってから、突然反応し出したんだ。あの先に、何か感じるか」
青いリボンが向かう先にあるのは、壁しかなかった。遠目からでは分からなかったのか、ポーラは壁に近づき、手を当てた。
「触れても何も感じない、ということは、物理的な仕掛けがあるのかもしれないわ」
「なら、俺が見た方が早いな」
青いリボンよりも、自身の体がより反応を示す場所の壁を叩いた。案の定、乾いた音が返ってきて、奥に空間があることが分かった。
すると、さすがは勘が鋭いアンリエッタの神聖力、とでも言いたいくらいに、指先が教えてくれた。いや、むしろこの神聖力が、早く呼んでいる方へ行きたがって、教えてくれているのかもしれない。どちらにせよ、有難かった。
「これか」
仕掛けとしては、よく有りがちな絵画の額縁にあった。少し斜めに傾けると、隠し扉が開いた。
「これじゃ、壁を触っていても、分からないはずだわ」
先に見つけられなかったことに、悔しがりながらも、ポーラはマーカスよりも先に入っていった。
「王女様は普通、俺みたいな者の後ろを歩くんじゃないのか」
「あら、魔法陣の仕掛けがあるのか分からないから、私を誘ったのに、そんなことを言ってもいいのかしら」
「いや、護衛泣かせだと思ったら、ついな」
階段を下りながら、ふとここ二年間、要人の護衛などもしていた時のことを思い出し、思わず口に出した。腕と礼儀作法もそれなりに出来ていると、雇ってくれ易かったのだ。そして、報酬も良い。
そんな軽口を叩いていたが、実際のところ、マーカスにはそんな余裕はなかった。逆に、それを口に出したいほど、気を紛らわしたくもあった。
油断していると、前のめりになっている大勢を、崩しかねないからだ。下に下がれば下がるほど、引っ張ってくる力が増してくる。
さらに確信に変わる心が、体を急かそうと促しているようだった。まだ何かある場合に備えるなら、駆け出す時じゃないのだが。
「ここね。大丈夫?」
これから乗り込もうとする時に、マーカスの切羽詰まった表情を見て、ポーラは心配そうに声を掛けた。
「問題ない。それよりも、もう仕掛けはないのか?」
「えぇ。ないわ」
そうポーラが言うと、彼女の横を勢いよく通り過ぎ、マーカスは扉を開けた。その先に何があるのか分からないのに、そんなマーカスらしくない態度に、ポーラは驚き過ぎて、止めることも出来なかった。
例えポーラに止められていたとして、マーカスは同じ行動をしていただろう。そして、扉の先に見えた、魔法陣に縛られたアンリエッタの姿に、思わずマーカスは彼女の名を叫んでいた。
部屋の中に、他に誰かいることなど、考えている余裕もなく。