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散歩している赤と橙
(1491字)
服を着ているというのに、皮膚を直に撫でられているような寒さだ。家を出たあたりの頃はまだ肌寒かったが、それも一瞬で、一時間も経たないうちにすぐに冷えてきた。まだ日中は日差しが暖かいが、日が暮れてきた今はただ冷たい風が吹き抜けるばかりである。
「いや〜、やっぱ夕方は冷えるな」
隣を歩いていた男…トントンも同じことを思っていたらしい。
アスファルトは沈む陽の光と混じって暗いオレンジ色になっていた。その地面を踏みしめ、漠然と揺れる自分の影を見ていると後ろからちーの、と呼ばれた。
「どこ見て歩いてんねん。ちょっとコンビニ寄ってかん?」
「お、ええやん!寄ってこ」
返事と共に、白い息が零れた。
「この時期のコンビニって言ったらやっぱおでんやな!」
「コンビニさんも商売上手やでほんま」
ほかほかと温かな白い湯気をたなびかせたカップを持ち、手を暖めながら、開けた公園の、適当なベンチに腰を下ろした。具はかなり熱いが、外があまりにも寒いものだから丁度いいくらいに思える。寒い中食べるおでんも中々乙なもんだと思った。
自分のカップはすっかり空になり、何の気なしに空を見上げる。東の空は既に藍に染まりつつあり、小さな煌めきが見える。故郷ならば、もっと鮮明に、鮮やかに見えたであろう光も、この街にいる限り些細な飾りのように見えてならない。星よりずっと明るい人の光は年中無休であるかのように、道を、壁を、人を照らす。そんな街はさながら恒星のように思えた。本当に年中無休、明かりがついているならば中々ヤバい街だとは思うが。
「ちーの、寝てんのか?」
からかい気味に声をかけられ、ハッとしてほとんど反射的にトントンの方を見た。上の空だった意識が一気に呼び覚まされた気がして、おでんで温められたはずの体は改めて感じた寒さに身震いした。まだ日は落ちきっておらず、しかし、眩い陽光は丁度トントンと被っていて見えなかった。それでも、まだ眩しい気がする。西日が雲を燃やして、全てを明け色に変えてしまったのだ。その景色は、光に邪魔されることなくどこまでも朱い。
「トントン…」
「ん?なに?」
「…今日の晩飯、野菜炒めにしよかな」
「え?…そ、そうか?」
何か伝えようと思ったが、口を開いた緊張で『何か』は音も無く消えた。代わりにとんちんかんな出任せでうやむやにしようとした。トントンは神妙な顔をしながらカップの出汁を啜った。
「まあ、献立が決まったようやし帰るか」
「献立決まったら帰れるん?これ」
「ちゃうわ。お前が急に献立発表したんやろ」
それもそうだ。我ながら変なことを言ったもんだと少し呆れる。
「んはは、そうやったな」
トントンは俺の返事を聞くなりゆっくり立ち上がってカップをゴミ箱に捨て、公園の入口に向かう。後を追うように、ゴミ箱にカップを投げ入れた。
「すっかり暗なってもうたなぁ」
そう呟いたトントンに、そうやなぁ、と空を見渡して答える。ぽつぽつと街灯が灯るのを見ながら、駅までの道筋をぼんやり思い出そうとした。
「じゃあな〜」
「おう!また来るわ」
律儀に駅まで見送ってくれるトントンに軽く手を振り、発つ電車に慌てて乗り込む。
がたんがたんと揺れる電車の中、遠ざかる街は比例するかのように明るく見える。目の錯覚か、暗くなっているからか。俺の故郷の山から見えるあの街の光は一際明るく、その度に胸がいっぱいになる。今日も煌めくらしい建物や街灯の光はガラスに反射して鮮やかに模様を作る。それを一瞥しては、人々を大真面目に照らし続けてくれ、と車窓越しにやんわり願ってみた。