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学生の黄と黄緑
(2696字)
二月の放課後、陽の光も見えなくなってくる時間帯は日中ですら悴むほどの空気だというのに更に冷え込む。オレンジ色の空はとっくに藍色に染まり、ぽつぽつと小さな光が見え始める。
「すまんなー。片付けやってたらめっちゃ遅なってもうたわ」
校門からと、と、と、なんて軽快なリズムで出てきた男は言葉とは裏腹に大して悪びれもせずに俺に近づいてきた。
「や、別にええで。俺も今来たとこやし」
「はい嘘乙〜。鼻水垂れてんで」
悪びれもしないくせに、俺の気遣いは平気で無視する。部活終わりだからなのか、やけに高いテンションは今の俺とはあまり噛み合わない。噛み合わないが、態度がむかつく。
「うるさいなあ…はよ帰んで!」
そう無理やり切り上げて、校門から出てきた男…ゾムの手を引いて、帰路についた。
「なーシャオロン。今日はどこ寄ってく?」
後ろからゾムが間延びした声で言う。これは俺とゾムがふたりで帰る時、どこかしらに寄り道して帰るという、なんとなく固まった、ルールと呼ぶにも少し固すぎる習慣のようなものだった。
「えー、俺今金ないからコンビニとかは勘弁な」
「はぁーマジぃ?オレコンビニで何買うか考えてたんに」
不満気な言葉が後ろから聞こえるけど、何一つ悪い気がしない。ゾムも、校門から出て俺を見つけた時はこんな気持ちだったのかな、なんて気持ちが一瞬過ぎった。
「だって俺今自販機のコーヒーくらいしか買えへんで」
「お前購買で買いすぎやねんって。オレと帰る日は遠慮しとけよ、めちゃくちゃ腹減ったわ」
「お前が帰りコンビニ行きたいだけやろ!今日はガッツリ昼食う気分やってん」
「お前の昼飯事情とか知らんわ。量食えんくせに」
「お前の空腹事情も知らねーよ」
一定のテンポで続く軽口の応酬は絶えず、しかし歩みも止めず、やがて地面はアスファルトから土に変わる。ちらりと後ろを振り返ると、ゾムは怪訝そうな様子で、少し心配そうに周囲を見渡している。俺に気がつくとゾムは呆れ気味に口を開いた。
「お前、いくら金がないからって山の木の実とかきのこはやめた方がええで…」
「ちゃうわ!誰が食うねんそんなワケわからんヤツ」
斜め上の視点からの指摘に思わず全力でツッコむ。すると、今度こそ不安げにゾムは聞く。
「なあ、もう暗いし山はやめとかんか?」
そんなことだろうと思ったけど、案の定な問いについ吹き出してしまう。
「大丈夫やって。初めて来るとこやったらやめとくけど、どんだけここで遊んだと思ってんねん!」
「いや〜、まあ、そうっすけど」
俺が止まらず山道を辿れば、ゾムも着いてくる。その足取りに迷いはなくて安堵する。
「安心しろってゾム。もうじき着くで」
「うわ、あったなこんなとこ!」
一目見れば過去の記憶が滝のようにと蘇る。それはゾムも同じなようで、道中の不安げな雰囲気はすっかり霧散し、興奮気味に過去を懐かしむのみだ。
ここは登山客のために用意された休憩用のテラスみたいなところ。でも登山客のため、なんて言っておきながら山頂からはあまりにも遠い位置にある中途半端なテラスは、よく地域の子どもたちに占領されていたのだ。俺たちも例外ではなく、ゲーム機を持ってきたり、お菓子だの、意味がなくても、何も持っていなくても、なんとなくここで集合しよう、なんて習慣ができたのだ。それも、小学校での話。中学に入ると、部活も違えば交友関係だって異なる。それからは自然とここのことも薄れて…それで、昨日ふと思い出したのだ。だから決めていた。今度ゾムと帰る時はここに寄ろう、と。
「懐かしいよな〜。…あ、ゾムこれ食べる?」
カバンから昼食の余りのパンを取り出すと、ゾムはええの?!なんて嬉しそうに受け取ったあと、思い出したかのように文句を言い出した。
「お前、食いもん持ってるんやったら言えよ!オレもなんかコンビニで買いたかったわ!」
バスケ終わりのゾムには物足りないだろうが、別にそこはどうだっていい。風がびゅう、と吹き抜けた。俺とゾムは同時に身震いした。
「なあ、ゾムあれ見てや」
なんや?と言いながら、素直にゾムもテラスの端にやってきた。
すっかり暗くなった住宅地、商業施設、道路を照らす、小さな明かりが集まって街ができているような気がした。星の光が霞むほど、ずっと眩い人工の光が集まる街を眺めるのは、俺はかなり好きな方だ。子どもの頃はこんな遅くに出歩けなかったから、更にワクワクする。
「高速道路のさ」
「あるな」
「車のライトがさ」
「おう」
「なんか…流星群みたいでさ」
「え…えぇ!お前!」
耐えきれないように吹き出したゾムに、俺はついキレ気味になんやねん、と返す。
「ンハハ、お前あの社会の先生にソックリやったで」
社会の先生と言えば、俺たちがお気に入りの、一弄ると十くらいで返ってくるあの先生だろうか。だろうな。度々ウンチクを漏らすし、そこが面白いのだ。だから俺たちはあだ名まで付けてかわいがってやってる。ゾムなんてその先生のおかげか、せいかでオリオン座が大のお気に入りだ。
「マジで〜?俺傷つくで〜?」
ふざけ気味返せば、ゾムも先生カワイソ〜なんてげらげら笑って返す。俺たちしかいないテラスなのに、やけにうるさく聞こえる笑い声がやけに心地良い。
散々笑った後、パンを分け合って食べた後。そういや課題があったなあ、明日の練習は何だっけなあ、…早く帰らないとなあ。なんてことはわかっているけど、この時間から離れがたく、えも言われぬ多幸感に揺蕩うことがやめられない。だって、ここまで純粋に楽しいのも久しぶりな気がするし。
ちらりと横を盗み見ると、ゾムはベンチに背を委ね、意識をうつらうつらさせている。これはアカン。そこでようやく、踏ん切りがついた。
「おっしゃ!ゾム!帰ろうぜ」
ペチペチと叩けばゾムの意識もなんとか浮上したようで、のろのろと立ち上がっては伸びをしている。そしてあくびを一つ。
「なあ、またここ来ようや」
ゴミを片付けながら、提案。
「しゃーないな!オレも楽しかったし付き合ったるわ!」
上機嫌で返すゾムに、なぜだかホッとする。
「また、ここで流星群でも見ようや」
うそ。前言撤回。ムカッとする。
「お前!そこはもう流せよ!」
「ンハハハハ!シャオロンさ〜んおさきー」
そう言ってはそそくさとゾムは山道を駆け下りていく。めちゃくちゃ元気だ。
「あ!おまっ、待てやぁ!」
つられて俺も走り出す。イジられたことに頬が熱くなるけど、駆け下りていくうちに、心の高揚に変わっていった。