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ゴーストハンター雨宮浸

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ゴーストハンター雨宮浸

61 - 第六十一話「カシマレイコ警報発令中」

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2024年02月27日

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目覚める時はいつも一人だった。

カーテンの閉じられた薄暗い部屋の中で目を覚まし、起き上がると散らかったゴミをかき分けて歩く。

治るよりもはやく増える傷口を見て、何も感じなくなれば良いのにと思いながら。

いっそ目覚めないでいられれば幸せだと思っていた。

ああ、今日もまた苦痛なだけの一日が始まる。



そう思っていたのに、目を覚ますと寝息が聞こえてきた。

気持ち良さそうに床で眠る寝息の主をしばらく呆然と見つめてから、夜海は枕元の時計に目をやる。

時刻はまだ午前四時で、どうやら少し早く目覚めてしまったらしい。

随分と昔の夢を見ていたせいで、目の前の現実に安堵してしまう。それと同時に、言いようのない背徳感が募った。

「……瞳也、さん……」

思わず口をついて出た言葉尻が小さくなる。起こしてしまいたかったけれど、まだ早い。いつも疲れて帰ってくる瞳也には、ギリギリまで休んでいて欲しかった。

ベッドから降りて、起こさないようにそっと頬に触れると、ざりざりとした無精髭の感触がある。こうして微睡んだまま瞳也に触れていたかったが、いつまでもこうしているわけにはいかない。朝食を準備しなければ。

それに何より、本来ならばこんなことは許されてはいけない。



夜海がゆっくりと朝食を作っていると、午前五時前くらいに瞳也が起きてくる。

「おはよーさん。悪いね」

ベーコンを炒める夜海の後ろから、瞳也が声をかけてくる。

「いえ……私は……居候の身……ですから……」

「気にしなさんなって」

瞳也はそう言ってはにかんで、顔を洗いに洗面所に向かう。

その背中をもう少し見ていたかったけれど、夜海は焦がさないようベーコンに意識を戻した。

朝食を作り終え、夜海は瞳也と共に食卓を囲む。

ご飯とベーコンエッグにサラダ、簡素だが寝起きに丁度良いメニューだ。空きっ腹に食欲を掻き立てられたのか、瞳也は嬉しそうに手を合わせる。

「よし、いただきます」

「……いただきます」

こんな穏やかな朝を迎えられるようになって、もうどれくらい経つだろうか。

拭えない背徳感に身を焦がされながらも、夜海はここから抜け出せずにいた。

「いやあそれにしても、夜海ちゃんのおかげでこんな朝食が食べれるようになって嬉しいねぇ」

「ありがとう、ございます……」

今までの瞳也は朝食にはほとんど気をつかっておらず、時間や用意がなければ朝食抜きで出勤することも珍しくはなかった。

「もうどのぐらいだっけ? 何か思い出せた?」

「…………まだ、何も」

チクリとした胸の痛みを誤魔化すように、夜海は水を飲み干す。

あの日、夜海は雨の中倒れているところを八王寺瞳也に助けられた。

夜海が目を覚ました時にはもう、瞳也の家のベッドの中だった。

「うんまあ、好きなだけいなさいよ。おじさんは全然構わないから」

言いつつあくびをして、瞳也は微笑んで見せる。

その笑顔が辛くて、夜海はすぐに話題を変えた。

「あの……最近は……どう、ですか……? 忙しい……ですか?」

瞳也は仕事の話をほとんど夜海にはしない。こうして尋ねた時、少し話してくれるだけなのだ。

「あー……ちょっとね。色々忙しいかも」

「そう、ですか……」

瞳也がこうして言葉を濁す理由を、夜海はなんとなくわかっている。

今この町で起きている事件は、凄惨なものだ。その話をなるべく夜海に聞かせたくないという気遣いが、夜海にとってはあまりにも苦しい。もっとも、話してもらったところで苦しいことに変わりはない。


事件の元凶の一人は、夜海自身なのだから。


結局、どんな話題を振ったって夜海は勝手に苦しむのだ。

そもそもこんな温かい場所にいること自体が間違いだ。夜海は本来、こんな場所にいて良いハズがない。そして元々は、こんなものを望んでいたハズではなかった。

全て壊して、汚して、滅茶苦茶にしてしまいたかったハズなのに。今は何も壊したくない。満たされてしまっている。

だからこそ理解する。

自分が今まで壊そうとしてきたもの、壊してきたものが何だったのかを。

「……さて、そろそろ準備しますか。朝飯、おいしかったよ~」

「……はい」

こんな何気ない幸福な誰かの朝を、きっと夜海はいくつも壊してきた。

それが今更苦しいなんて、おかしな話だ。



***



「浸さん、あっちの方から気配がします」

夜の住宅街で、和葉が右を指差して言うと、浸は返事するよりも先に足を動かしてその方角へ向かう。

辿り着いたのは一軒の民家だ。見れば、一体の悪霊が二階の窓に向かって浮上しているのが見えた。

浸は更に加速し、高く跳び上がると腰の鞘から青竜刀を引き抜く。

「――――!?」

悪霊はすぐに浸に気がついたが、その時には既に遅い。

「アディオス……良い旅を」

住人の眠りを妨げぬよう、浸は囁くような声音で呟き、一気に青竜刀を振り下ろす。

両断された悪霊の霊魂はすぐさまその場で雲散霧消していく。

浸がこの夜祓った悪霊は、これで十体目だ。

庭に着地した後、浸はなるべく足音を立てぬように敷地から出ていく。

「……お疲れ様です」

「ありがとうございます」

駆け寄ってきた和葉にそう答え、浸は額の汗を拭う。

「数、多いですね……」

「ええ。この地区だけでもこの数とは……」

現在院須磨町では、カシマレイコ化した悪霊が頻繁に現れている。

その姿は何度も一般市民に目撃されており、それが更に噂を広める形になっていた。

院須磨町、及び近隣の霊滅師、ゴーストハンターは毎晩その対処にあたっている。数人が地区ごとに分かれ、夜な夜な出現するカシマレイコを祓って回っている。

「……でもどうして夜しか現れないんでしょうか?」

「噂によって変質した悪霊ですからね……噂通りのパターンで行動するのだと思います」

だが夜にしか現れないのはカシマレイコ化した悪霊だけだ。

日中は依然としてトンカラトン等、前から出没していた悪霊が出没している。

とにかく今は人手が足りない。霊滅師とゴーストハンターが協力し、一丸となって対応するしかない。

「……つゆちゃん、大丈夫でしょうか」

ポツリと。和葉はそう漏らす。

「……朝宮露子は強い人です。大丈夫ですよ。早坂和葉こそ、あまり無理をしてはいけませんよ」

今、露子は別の地区でカシマレイコ化した悪霊を祓っているハズだ。

口数は少なくなったが、前には進み続けようとしている。

「そ、それを言うなら浸さんだって……!」

「…………ですが、立ち止まっているわけにはいきませんからね」

胸に空いた穴は大きい。

その隙間を埋めるためには長い時間が必要だ。本当は埋めることなんて出来なくて、隙間風に耐えられるようになるまでに時間が必要なのかも知れない。

とにかく今は、進み続けるしかない。

そんな話をしていると、不意に浸の携帯が振動する。

慌てて取ると、同じ地区を担当している霊滅師からの連絡だった。

『すまない! 至急応援頼む! ”奴”が現れた!』

「――――わかりました。至急向かいます」

霊滅師から場所を聞くと、浸はすぐに和葉と共に向かった。



***



浸と和葉が向かった先は、アパートの駐車場だ。

少し近づいただけで、和葉はすぐに強力な霊力を感じ取った。

広い駐車場の中で、二人の霊滅師が一体の悪霊と対峙していた。

その悪霊は女の姿をしており、一見今までのカシマレイコと同じに見えたが、浸でもハッキリとわかる程に霊力の格が違った。

その悪霊には両足がなく、宙に浮いている。悪霊が右腕を薙ぐと、そこから霊力が放たれ、二人の霊滅師を吹き飛ばした。

そして倒れた一人に悪霊が急接近したところで、辿り着いた浸が割って入る。

鋭い鉤爪のついた手を青竜刀でどうにか防ぎ、浸は振り向かずに倒れている霊滅師に声をかけた。

「大丈夫ですか!?」

「あ、ああ……! だが気をつけろ、霊壁だ!」

「やはり……!」

浸に、悪霊の左手が迫る。

浸は即座にそれを青竜刀で弾くと、その場に青竜刀を投げ捨て、極刀鬼彩覇を抜刀した。

瞬間、鬼彩覇の霊力が解放され、周囲にわずかな霊力の波が発生する。悪霊はそれに気圧され、歩幅にして二歩分程後退した。

「なんだあの霊具は……!?」

驚嘆する霊滅師の男を背に、浸は鬼彩覇を構え――――

「!?」

悪霊の顔を見て驚愕する。

「真島冥子……!」

勿論、この悪霊は真島冥子ではない。

だがその顔立ちは驚く程真島冥子と似通っている。

(……この悪霊が、朝宮露子の言っていた悪霊で間違いありませんね……!)

以前からしばしば目撃されていた黒いモヤの話は、浸も聞いている。

露子の話によれば、あの黒いモヤが目の前でこの悪霊に変化したという話だ。

この外見的特徴と感じられる霊力から考えて、同一のものだと考えても良いだろう。

「足、いるか……?」

露子の話だと、この悪霊には右腕しかなかったハズだ。だが今は、左腕も持っている。

変化したのか、それとも二体以上存在するのか。

どちらにせよ、厄介なことに変わりはない。

浸はすぐに鬼彩覇の霊力を更に解放する。刀身から漏れ出した霊力が薄っすらと赤い光を放った。

悪霊はすぐに、浸目掛けて霊力を放つ。だが浸は一切臆さず、避けるどころか突っ込んでいく。

「――――はっ!」

そして一閃。

浸の薙いだ鬼彩覇は悪霊の放った霊力を切り裂き、そのまま悪霊の霊壁を粉砕する。

その衝撃でのけぞる悪霊に、浸の二撃目を回避する猶予などない。

鬼彩覇の強大な霊力が、悪霊の霊魂を斬り裂く――――が、浸はすぐに違和感に気づいた。

「馬鹿な……!」

悪霊の霊魂は祓われていない。斬り裂かれた悪霊は、すぐにその場から後退する。

「ァ……アァ……」

苦悶の声を上げているが、斬り裂かれた部分が徐々に再生を始めている。その様子に、浸だけでなくその場にいた全員が驚愕を隠せなかった。

「――――待ちなさい!」

悪霊はすぐに、その場から立ち去っていく。

浸は追いかけようとしたが、宙に高く浮いて飛び去っていく悪霊を追いかける術はなかった。

「くっ……!」

「ひ、浸さん!」

仕留め損ねたことを悔やむ浸だったが、悔やむ時間は与えられなかった。

和葉の指差す先で、アパートの陰から一人の女がこちらを覗いているのが見えた。

「あ、あれは……!」

その女は、浸達に気づくとすぐに走り去っていく。

「追いかけましょう!」

「はい!」

見覚えのあるその女を追いかけて、浸と和葉は駆け出す。

あの顔は間違いなく、真島冥子と手を組んでいた半霊の女――――夜海だった。

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