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ゆっくり読みたくて遅くなっちゃいました!申し訳ないです…お話最高すぎますよー!どんな感じで来るんだろうって思って楽しみにしてました!そしたらめっちゃ穏やかな感じの青組で癒される〜!ってなりました!もう本当に最高すぎる!🤪くんのそばにいて心配する💎くんも、💎くんの前ではツンデレで恥ずかしがってる🤪くんも良すぎてニヤけが止まりません!リクエストに答えていただいてありがとうございます!
第1話 「ただいま、おかえりの距離」
社会人になって三年目。
会社と家を行き来するだけの毎日に、ひとつだけ確かに存在する光がある。
玄関を開けた瞬間、ふわりと鼻をくすぐる柔らかいシャンプーの匂い。
そして台所から聞こえる、器が触れあう軽やかな音。
「おかえり、いふくん。今日は早かったね」
やさしい標準語が、家全体をほぐすみたいに広がる。
俺は靴を脱ぎながら、胸の奥がじわっと熱くなるのを毎回ごまかしていた。
――家ではツンデレ。
わかってる。わかってるけど、仕方ないねん。こうしてほとけの声を聞くだけで、胸の奥がくすぐったくて、まともに顔を向けられへん。
「……そんなん普通やろ。たまたま仕事終わんの早かっただけやし」
「ふふ。そう言いながら、顔がちょっと嬉しそうだよ?」
「言うなや」
言われた瞬間、耳の先まで熱が走った。
ほとけは、こういうところホンマ鋭い。人の心の隙間にスッと入り込んでくる。
エプロン姿で鍋をかき混ぜながら振り返るほとけの頬にかかる前髪が揺れて、その何気ない仕草さえ胸の奥に刺さってくる。
「今日はね、いふくんの好きな鮭のクリームパスタ作ったよ。ほら、前に“会社の食堂のパスタが微妙や”とか言ってたから」
「……そんな昔のこと覚えとったんか」
「だって、いふくんのことだから」
言い切られて、心臓がドクンと跳ねた。
毎日家に居ると慣れそうなもんなのに、なんでこいつはこんなに簡単に俺の心を揺らしてくるんや。
しばらく台所の手元を眺めていたら、ほとけが少し照れたように目を伏せた。
「……ずっと見られてると、ちょっと恥ずかしいな」
「……見てへん」
「すごく見てたよ?」
「見てへん言うてるやろ!」
「ふふっ」
笑われた。
でも、ほとけの笑みは俺だけが知ってる色をしている。
会社でも、昔の友達の前でも見せへん。
俺にだけ向けられる、すこし甘えているみたいなあの笑顔。
それだけで、今日の疲れなんか全部どこかへ消えていく。
◆
夜ご飯を食べ終え、ほとけが「今日は僕が片付けるよ」と言いながら皿を洗っている間、俺はソファに身体を沈めた。
社会人になってから、帰宅してからのこの数時間が何よりも大事な時間になった。
テレビはついてるけど、ほとけが動く音以外なにも耳に入らへん。
皿同士が触れあう音、指先に水が当たって跳ねる音、ほとけが小さく鼻歌を歌ってる声……全部、心地いい。
「……いふくん?」
「ん?」
皿洗いを終えたほとけがタオルで手を拭きながら、俺の座るソファに歩いてきた。
距離が近い。
この家に引っ越してきてから、俺の心臓は平均して二倍くらい働かされるようになったんちゃうかってくらい、しょっちゅう跳ねてる。
「今日は……どうしたの?」
「なんがや」
「なんとなく、疲れてる顔してるから。大丈夫?」
あぁ……この人はほんまに、俺のちょっとした変化に気づくのが早い。
どれだけ取り繕っても無駄な気がしてくる。
「……大丈夫や。別に」
「ほんとに?無理してない?」
「無理なんか――」
否定しようとした瞬間、ほとけの手が俺の頬に触れた。
ひんやりして、くすぐったくて、心臓が跳ねた。
「僕、いふくんの顔でだいたいわかるよ。今日は頑張りすぎたでしょ?」
「……………」
「ね?」
もう、あかん。
こういう言い方されると、何も言えへんくなる。
ほとけは隣に座り、そっと俺の背中を撫でた。
声は甘いけど、触れ方はすごく優しい。包むような。
大人になってから、こんな風に誰かに甘えさせてもらえるなんて思ってへんかった。
「……ちょっとだけ、しんどかっただけや」
「うん」
「でも、もうええねん。ほとけが居るし」
言った瞬間、ほとけが一瞬固まった。
――しまった。
素で出た。
外ではデレデレのくせに、家ではツンデレを貫いてる俺のルールが一気に崩れた。
「…………」
「……なんや、その顔」
「いふくんのその言葉、すごく嬉しい」
「忘れろ」
「忘れないよ。忘れるわけないじゃん」
ほとけが身体を寄せてきた。
肩が触れ合う距離。
それだけで鼓動が速くなる自分が情けないけど、それでも離れたくなかった。
「いふくんさ……」
「ん?」
「僕ね、いふくんが頑張りすぎるの見ると、胸がぎゅってなる。どうしても助けたくなる」
「……助けてもらわんでも、大丈夫や」
「でも助けたいんだよ。恋人だから」
「……」
その言葉は、耳から心臓へ直で落ちてきた。
「……ほとけ」
「うん?」
「……今日は一緒に寝よや」
「え?いつも一緒に寝てるじゃん」
「ちゃう。そういうことやなくてやな……」
言いかけて、やめた。
この気持ちを言葉にするのはまだ少し気恥ずかしかった。
「……なんでもない」
「もう、いふくん。わかんないよそれじゃ」
ほとけは少し頬をふくらませたが、俺が横目で見たときにはすぐに微笑みに戻っていた。
「でもまあ、いふくんがそう言ってくれた日って、だいたい甘えたい日のやつでしょ?」
「ち、ちゃうっ……!」
「ふふ。嘘つき」
その言い方が、なんか胸を直接撫でられたみたいに温かい。
俺は観念して、小さく息を吐いた。
「……ほとけ」
「うん」
「……ちょっとだけ、抱いてくれへん?」
言った瞬間、部屋の空気がゆっくりと震えた気がした。
ほとけは驚いたように目を見開いて、それからとろけるような表情で俺の肩にもたれた。
「……いふくんがそう言うの、ほんと久しぶりだね」
「うるさい」
「うん。うるさく言わないよ」
ほとけの腕がそっと俺の腰に回り、胸に引き寄せられる。
包まれる感じがして、溶けそうやった。
「……あったか」
「いふくんもあったかいよ」
「……今日は離れんなよ」
「離れるわけないよ」
そんなやり取りをしている間に、心の奥がゆっくり、ゆっくりほどけていく。
誰にも見せられへん弱さも、情けなさも、全部この人の前なら出してええと思える。
「……ほとけ」
「うん?」
「……好きやで」
言った瞬間、ほとけの呼吸が止まった。
俺の胸の中で小さく震えている。
「……いふくん……もう一回言って」
「嫌や」
「お願い」
「もう言わへん」
「……ずるいよ」
そう言いながらも、ほとけの腕は俺を離そうとしなかった。
肩に額を押し当て、震える声で呟く。
「……僕も好き。すごく、好き」
その瞬間、胸の奥がじんわり熱く満たされた。
こうやってお互いが素直になれる夜が、社会人の忙しい毎日の中で、何よりの救いやった。
◆
ベッドに入ると、ほとけは当たり前みたいに俺の腕に絡んでくる。
「いふくん、今日はこっち向いて寝て?」
「……せわしないやっちゃなぁ」
「いいでしょ?恋人なんだから」
「はいはい」
向かうと、ほとけが嬉しそうに笑った。
暗い部屋でも、その笑顔はわかる。
「……ほとけ」
「なぁに」
「明日も仕事や。起きれへんかったら怒るからな」
「怒られる前に起こすよ」
「うるさい」
「ふふ。おやすみ、いふくん」
「……おやすみ」
静かな夜の中で、ほとけの呼吸がゆっくり規則的になり、それが眠りの合図みたいやった。
俺も目を閉じる。
――この温度がずっと続けばええのにな。
そんな甘ったるいことを思いながら、眠りに落ちた。