テラーノベル
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「大きな番犬」
🟦🏺:付き合ってる
青井は本署の駐車場で所在なく歩き回っていた。こんなときでも多動が勝って、足が勝手に動いてしまう。
今日はつぼ浦と一緒に愛しの我が家へ帰宅するつもりだった。しかし待てど暮らせどつぼ浦が来ない。
あの厄介ごとの塊がまたどこかでなにかやらかしているのかもしれない。青井はマップを見てつぼ浦のシグナルを探した。幸い、本署の裏口の近くに反応があった。またどんな悪さをしているのか、と青井はひょこひょこ歩いて見に行くことにした。
「……っだから、知らねぇって!!」
曲がり角の向こうからがなるような大声が響いてきた。つぼ浦は誰かと話をしているようだった。邪魔をしちゃいけないかな、と青井が歩みを止めた直後、聞こえてきたのは黄色い声だった。
「……は?」
ギリッ、と青井は無意識に唇を噛んでいた。鬼のヘルメットを片手で乱暴に脱ぎ捨てて、素晴らしく人のいい笑顔を作って角から飛び出した。
「こんにちは~どうしましたぁ?」
青井の声でつぼ浦がギクッとしたような顔でうろたえた。そして先程までつぼ浦に話しかけていた人影、若い女性が驚いたように振り向いた。
「あの、ええっと……」
「仕事なんでぇ、こいつこれでも警察官なんですよ」
驚く女性を押しのけて、青井はつぼ浦の腕を掴んだ。熱い肌がビクッと跳ねる。その筋肉質な腕に手を這わせ、そのまま腕を絡めた。
「忙しいんでー、失礼しますね」
わざとらしくゴキゲンなアロハシャツに身体をもたれかけ、あっけにとられる女性を置いて青井はつぼ浦を引きずるようにその場をあとにした。
角を曲がってしばらくの間、青井は腕を絡ませたままで、つぼ浦も口ではモニョモニョ言っていたが言葉になっていなかった。本署の裏口の門を越えたところでやっと自分のテリトリーに帰ってきて気が抜けたのか、つぼ浦から大きなため息が溢れた。
「アオセェン……」
「どしたの、なんで声かけられてたの」
あの威勢の塊のつぼ浦がシワシワのピカチュウみたいな顔になっている。つい出そうになるお叱りの言葉を飲み込んで、青井はその顔を覗き込む。
「レギオンにいたら道案内、頼まれてよォ」
「うんうん」
「金がなくて腹減ったって言うからホットドッグ買ってやったんだぜ。そしたらなんかついてきやがったんだよ」
「へぇー……?ずいぶん優しいじゃん、つぼ浦のくせに女にさぁ」
「アァ?!俺のことなんだと思ってんだ?そりゃアオセンは心無きだろうけどよ、」
ギャンギャン噛みつこうとしたつぼ浦の顔が途中で固まる。自分の話を聞いてくれている青井の顔が、思った以上に笑っていなかったからだ。声色だけ聞くと理解のある彼くんの「どしたん、話聞こか?」状態、しかし実際つぼ浦がされているのは調査であり詰問だ。
思ったより青井が不機嫌になっていることに気づいて、つぼ浦はまたシワシワになってしまった。
「新規住民だって言うから話を聞いてやってたらよォ……」
「ああ、そういうことね。新しい人なら仕方ないか」
やっと納得がいって、青井はへらっと笑った。しおれているつぼ浦の背中をポンポン撫でてやる。
「お前、ふとした人の良さが心にしみやすいんだよ。不良が子猫拾うアレで」
新規住民なら特殊刑事課、そしてつぼ浦匠の悪名を知らなくても仕方がない。そうでなくてもこの男は本質的には善なのだ。歯にしみるほどのピカピカの善だけを浴びてしまえば、つぼ浦が掛け値なしの善人だと思い込んで頼ってしまうこともあるだろう。
青井は内心でめちゃくちゃ安堵していた。あの女はつぼ浦のただ一部のいいところを見ただけだった。しかし当のつぼ浦は怪訝な顔をしている。
「ああ?猫なんか拾ってないぞ」
「たとえだっての。見た目が怖そうだから、優しくされるとギャップにやられちゃうんじゃない?」
「やられるってなんだ?聞こえが悪いな、アオセンじゃねぇんだから女をぶん殴ったりしてねぇぞ」
「やめてよね、心無きしか殴らないよ!」
「心無きでも殴んなよ!!チクショウ、暴力犯罪者め……で?さっきから何の話だ?」
「だーかーらー、つぼ浦のそういうところにクラっと来ちゃうってこと」
「ん?つまり違法薬物か?チクショウ、警察官につきまとうなんて怪しいと思ったんだぜ!!」
「あーもう、らちあかモードにならないでよ!だからぁ、お前が思ったより優しかったからさっきの女の子がお前のこと好きになっちゃってこと!」
言おうかどうか迷っていたことを青井は勢いで全部言ってしまった。つぼ浦は口をイの形に歪めたまま、青井を見ている。その顔がどんどんのぼせ上がっていき、口がアの形になって声にならないうめきが漏れてくる。
「す、す、す、す……」
「そうだよ、優しくするのは悪いことじゃないしお前のいいところだけど、こういうことにもなるから気をつけようねって話」
「気をつけ……って、じゃあどうすりゃいいんだよ、ゆ、指バキバキ鳴らしたらいいか?そ、それともお花でも育てるか?」
「なんでだよ、指もダメだけど花はもっと意味わからんだろ」
青井は乾いたため息をついた。そんな小手先のことでつぼ浦の善性が曇ったりするわけがない。犯罪者の車を爆破し、上司を轢き殺し、1の火種を100の爆発に変えても驚くことに奥底の善が揺らいだことはない。
しかし、それをつぼ浦は理解していない。青井の目の前で泳げる全開まで目を泳がせている。
「お……」
「なに?」
「……おれのこと好きになるやつなんてアオセン以外にいるわけねぇ」
時間をかけて絞り出された言葉がそれだった。青井は渾身の「は?」一文字を吐き出した。
「いやお前、さぁ……」
「だ、から、安心しろよな」
「いやなにを安心しろっての、それ本気で言ってる?」
青井は奥歯を音を立てて噛み締めた。自分でも信じられないほどに白い目でつぼ浦を見上げた。
つぼ浦はわかっていない。自分がどれだけの人間に好かれているか。
キャップはもちろん、署長に成瀬、人見知りのマンゴーさえも好いている。ギャングからは蛇蝎のごとく嫌われているが、憎しみは愛情の裏返しだ。
「ねぇ、俺じゃ駄目だった?」
「な、なにがだよ」
「……なんでもない」
無粋なことを聞きそうになって青井は口を閉ざした。つぼ浦を誰にも渡したくなくて歯を食いしばって追い払っているのに、いやむしろ追い払いすぎたせいだろうか。当のつぼ浦にはうまく伝わっていなかったようだった。
青井が人前で恥も外聞もなく腕を絡ませたりするのは、虫よけだ。できれば見せたくない素顔を晒すのも、醜いくらいに嫉妬に燃える顔を見せつけるためだ。
つぼ浦を好きになるようなやつは曲者しかいない。例えば仲良しめの知り合いのキミトスはもちろん、泣く子も黙るヴァンダーマーもつぼ浦の前ではただのワクワクセクハラおじさんだ。曲者たちはその気になったら簡単に青井の手元からつぼ浦を奪えるかもしれない。だからこそ独占欲の唸り声が止まることはないのだった。
「ちゃんときっぱり断るんだよ?声をかけるのが難しかったら俺を呼んでね」
「んだよ、ガキ扱いすんなよ、保護者じゃねぇんだから」
「わかったー?保護者に出てきてほしくなかったら、自分で断るんだよ」
一歩前に出て青井は凄む。その目は全く笑っていない。あまりの威圧感にまだブツクサ言いかけていたつぼ浦も口を閉ざした。
今起きている事件は「目の前で恋人をナンパされ、それにブチ切れている彼氏」という典型的な構図だった。そのことにようやく気づいてつぼ浦は頭を掻いた。
青井の執着心についてはつぼ浦も知っていた。しかしここまで目に見えて嫉妬と独占欲を露わにされることはあまりない。つぼ浦とていたずらに恋人を不安がらせたいわけではない。無言で何度も頷いて、青井の腕をポンポンと叩いた。
「……悪かった」
「わかってくれたぁ?ならいいけど……あーそうだ、じゃあさつぼ浦、もし俺がナンパされてたらお前はどうするの?」
しょげるつぼ浦の前で青井は意地悪そうに笑っている。急に矛先が変わり、つぼ浦は返答に迷う。
「ア?……んな物好きいねぇだろ」
「もしもの話だっつってんだろ、俺が女に逆ナンされてたらどうする?」
「そっすね……ぶん殴るぜ」
「え、お前女の人殴れるの?」
心底意外そうな声を上げる青井の前で、つぼ浦は顔をしかめて指を突きつけた。
「ちげぇよ、ぶん殴るのはアオセンだぜ!」
「え!?なんで俺!?」
「アンタならすぐ振り払えるだろ?そうしないってことは、それを見て動揺する俺を見たくてたまらないんだろうから助走つけてぶん殴るぜ」
完全に図星を突かれて青井は息を飲んだ。それから恨むような目で見てくるつぼ浦を見て思わず吹き出してしまった。
「え〜だって嫉妬するつぼ浦見てみたいしー」
「ッ……!こっちの気も知らねぇでよォ!!」
乱暴に手を下ろしてつぼ浦は大きな舌打ちをした。
以前にも似たようなことが何度かあり、青井はわざわざ素顔になって割り込んできた。青井からすると牽制だが、つぼ浦にとっては自分以外に容易に素顔を見せることが悔しかった。
素顔の青井はそこそこの頻度で声をかけられやすい。そのたびにこの人の顔の良さに気づいたのが自分だけではないことを見せつけられて歯がゆい思いをしていた。
つぼ浦は青井の内面の良し悪しもすべて知っている。そのうえで愛しているのに、顔の良さだけで声をかけてくる輩の軽薄さは筆舌に尽くしがたい。しかし、それはそれとして実際に青井は顔がいいので始末に置けない。
青井を好いている人間は何人もいる。背中には数え切れないほどの好意の矢が向いている。そのうちの何本かが背中に突き刺さっていることに気づかずに、青井はつぼ浦のことしか見ていない。
その矢がいつか青井の心臓を射止めてしまうことをつぼ浦はずっと恐れていた。
「俺だって、…………」
うまく言葉にできない黒っぽい感情が腹の中に転がった。声にできない思いを乗せて、つぼ浦はただ青井のことを睨みつけた。
自分だって不安で悔しくて憎らしいのに、青井の強烈な愛情の前ではその感情すらも霞んでしまう。唇を噛んでつぼ浦は青井に問うた。
「じゃあ、じゃあ逆ならどうすんだよ。今回はこうだったけど、また俺が声かけられてたら……」
じっとりとした目が青井を睨んでいた。それに少しだけ驚いて、青井はすぐに悪そうな笑顔になった。
「ん?女の人に絡まれてドギマギしてるお前を観察したいからしばらく放っておくかな」
「は、はァ?!」
「可愛いんだよねー、童さんぽくて」
手握ったことないでしょー、とからかってくる青井の前でつぼ浦の顔がまたしてもゆでダコのように真っ赤になる。
「チクショウ、なんかの犯罪に問えねぇのかコイツ!心の暴行罪だぜ!!」
「助けてほしかったら呼んでね、すぐ行くから」
「ぜってぇ呼ばねぇ!!」
「じゃあウブなつぼ浦観察し放題ってこと?」
「見んな!こ、公務執行妨害で罰金だ!!」
「そっか、非番の時ならいいの?」
「アオセンのくせに水掛け論かよ、埒が明かねぇなァ!!」
議論がグチャグチャになったときの決め台詞が飛び出して、青井は手を叩いて笑っている。
しかしつぼ浦はわかっていた。そう言いながらもデート中に知らない人が話しかけてくるだけで信じられないほど警戒心をあらわにする青井のことを。
青井はつぼ浦だけを見つめている。そのつぼ浦を守るためにどれほど周囲に吠え立てているかを。
この番犬に待てができるわけがない。すぐロケランを取り出す自分よりもずっとたちが悪いのではないか、と。
「まぁ、次はねぇよ」
「そうだね、次はないね」
「次」の意味は二人の中でどちらも違っていた。
二人とも相手の背後に迫る別のなにかに吠えているのに、つぼ浦の必死の吠え声はあまりにも露骨で大きな青井の咆哮にかき消されてしまうのだった。
ーーーーーーーーーー
続きます
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コメント
4件
マジで大好きです… 理想的すぎる🟦🏺、毎度五体投地しながら読ませて頂いています…
コメント失礼します。 🏺の「アオセン以外自分を好いている人がいるわけがない」というセリフがメチャクチャ好きです。つぼ浦の自己肯定感の低さとかが現れているのがいいですね… 相変わらず重い🟦も大好きです。ごちそうさまでした。
あー、これめっちゃ好きだわ。つぼ浦の「おれのこと好きになるやつなんてアオセン以外にいるわけねぇ」が完全にクリティカルヒット。青井が必死に虫除けしてるのに肝心のつぼ浦には伝わってなくて、でもつぼ浦もつぼ浦で青井の顔の良さにビクビクしてて…お互い「相手を奪われる不安」で吠え合ってる大型犬と小型犬みたいで微笑ましいし切ない。続きめっちゃ気になる🔥