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要求を聞き遂げてくれるかどうかは、良くて五分五分か……それとも、彼の地雷を踏み抜いてしまうだろうか。
「誤解しないで聞いて欲しいんだが……」
「言い淀もうと、言葉を尽くそうと、結果は変わらぬ。濁さずに話すのだな」
「……そうか。そうだな。実は、魔王になりたいんだ。どうやったら魔王になるのか分からないんだが、それは可能か?」
――やばい。
言った瞬間、一気にこいつの雰囲気が変わった。殺気……いや、それ以上の怒りか。
「笑止。無知ゆえの問いとして聞き流してやるが、次にその無礼を吐けば許さぬぞ」
俺を見ているだろう二つの暗い虚空が、より鮮明な黒へと塗り変わっていく。
明らかな敵意。そして、同じことをもう一度言えば、本当に襲い掛かってくるだろう。
「お、おぉ……悪い。だが、象徴というか、称号を貸してもらうだけでもいいんだ。考えてみれば、勝手に名乗ればいいのかもしれんが。おっと! 怒らないでくれよ? つまりはあれだ。魔王代理みたいなポジションでもいいんだ」
「……愚か者の考えは、よく分からぬ。だが、魔王様の名を用いるのでなければ、好きに名乗るがいい。誰も気様を認めはすまいが」
魔王の名前そのものを使うと思ったのか。セーフゾーンがどこにあるのか掴みきれん。
後でうっかり口にしないように、魔王の名を聞くことを覚えておこう。
「そこを何とか、力を貸して欲しい。一応の理由ってのがさ、人間同士の戦争を止めたいんだよ。称号としてでも魔王を名乗って宣戦布告すれば、少なくとも人同士の戦争は止められるだろ? たぶん」
「……安直ではあるが、試す価値はあろう。が、あえて魔王という称号を用いる意味などあるのか。我等としては、あまり気の乗らぬ話よ」
ようやく、ファントム・ドランの声の凄みが治まってきた。
スティアは終始、俺の後ろで震えているが……。リグレザはやたらと警戒しているらしい。今までにない静けさで気配を消している。
「そりゃあネームバリューだよ。魔王だと言えば誰でも分かる。強大で恐ろしい相手が復活したんだと、一瞬で理解する。俺が自分の名前で宣戦布告しても、誰だお前? ってなるだろ?」
「ふっ。ふはははははは! 確かに滑稽だ! ハハハハハハ!」
「あ、お前もそんな風に笑うんだな……いや笑うなよ」
「ハハハハハ! だがな、人間の成れの果てよ。弱小な者には、たとえ称号であろうと、魔王を名乗ることは許せぬ。分かるだろう?」
俺たちを矮小と呼んでいたのに、弱小と言った。この意味は、間違いない――。
「あ~……。そういう流れになるか」
「そういうことだ。まぁ、よい暇つぶしではあった。礼として、苦しまぬように滅してやろう」
――って、試合うだけじゃねーのかよ!
滅したいくらいイラついていたのか。
「穏便にいきたかったんだがなぁ。しゃーねぇか。だがよ、こいつらは見逃してくれよ。相手すんのは俺だけだ。いいだろ? 強き者ならさ」
「ふっ。よかろう。無礼を吐いたのは貴様だけだからな。約束しよう」
「助かるぜ。よし、二人は離れてろ。絶対に手出しすんなよ?」
――霊体同士なら、ソウルペインが滅茶苦茶効くだろう。
先手を取られなければ、たぶん負けはしない。が、手伝って欲しいのであって、ズタボロにしたいわけじゃないからな……。
手加減して勝てるだろうか?
「わ、わたしも旦那さまと一緒に戦う!」
「スティア。この流れでそれを言うなって。いいから下がってろ。リグレザ!」
「分かりました。ほらスティア。言うことをききなさい」
「うぅ……。ファ、ファントムさん! 戦ってもいいけど、旦那さまを完全に滅したりしないで! おねがい!」
「興が削がれるぞ。失せよ」
この虚空の目。どうなってるのか分からんが、視線がどこを向いているのかは、はっきりと分かる。
「おい、スティアを睨んでくれるな。だがスティア、そういうこった。てか、俺がやられる前提かよ」
「スティア。これ以上はラースウェイトに嫌われますよ?」
「うぅぅ! 旦那さまのばかぁ!」
スティアめ、なんつぅエールだよ。
「五月蠅い小娘だ。免じてやるのはここまで。次に騒げば、貴様から滅する」
「ファントム・ドラン! ……場所を変えようぜ。もっと上に行こう」
スティアたちに流れ弾が行っても嫌だし、そもこんな綺麗なところじゃ、こっちも何かやりにくいしな。
「我に命ずるな。だが、提案として受けてやろう。この場を貴様の穢れた魂で汚したくはない」
――言ってくれるぜ。
「……助かるよ。んじゃ、移動するぜ?」
しっかし、どんだけガマンして俺と話してたんだ?
というか……やっぱ、魔王を口にしたところからだよなぁ。
ドジ踏んだぜ。いやでも、このワードを出さずには話せねーよ。最初から詰んでたやつかこれ……。
「山脈の上くらいの高度には来たか。ここらでいいよな?」
「ああ。十分だろう。貴様が逃げたりせねばな」
「生憎と、俺にゃ逃げ場なんてないのよ。じゃあ…………始めようか!」
「ソウルバインド!」
先制あるのみ!
生の魂じゃないから、効きは悪かろうが足止めは基本だぜ。
「ほぅ……ただの亡者ではないか」
そう言いながら奴は指を鳴らした。
ただそれだけで、俺の呪縛を消し飛ばす。
追撃のソウルペインをかけようと――接近したのはマズったかもしれん!
「星屑の魔法剣」
青白く霞む半透明の剣が、奴の手に出現した。そして即座に、切っ先を突き込んで来る。
ソウルペインを加減するために、懐まで飛び込んだせいで完全に捉えられてしまった。
――さすがにこれは、霊体を攻撃するための剣だよなぁ?
だが、もう避け切れない!
「ホーリーシールド!」
喉元まで切っ先が届いたかというところで、盾が俺の身を守ってくれた。
きぃぃぃぃぃ、という鋭く耳に残る音を立てて、今にも割れそうではあるが。
「神聖魔法、だと? 小癪《こしゃく》な。デモンズランス」
仰け反った体勢の俺に、さらに追い打つファントム・ドラン。
禍々しい黒い霧を纏《まと》った円錐型の槍に、ずらりと取り囲まれてしまった。
「一気に何十本出すんだよ! ずりーぞ!」
「滅びよ。天界の眷属よ。だが、我が前に立った愚かさを、悔いる時間をやろう」
その円錐の槍たちは、ホーリーシールドに阻まれてはいるものの、まるでウニのように全周囲から突き刺し盾を破ろうとしている。
――まだ、割れないでくれよ!
「大した余裕じゃねーか。だが傲《おご》りは良くないぜ? ソウルペイン!」
初手で手加減を考えた俺にも、胸に刺さる言葉ではあるが。
「ぐっ! ぐぉぉぉぉぉぉぉ!」
本気で使わせてもらったぞ。消滅はしないが、魂は無事では済まないだろう……。
俺を囲んでいたデモンズランスどもは、魔力が途絶えたせいで霧散していく。
奴がしつこく差し込もうとしていたアストラルソードも、同じように消えた。
「――ペイン解除。もういいだろう」
いびつな形になったまま、硬縮してしまったように動かないファントム・ドラン。
そのローブも揺らいで、端から徐々に消えていく。
「そうか、服もイメージで作っているのは、お前も同じなんだな」
……大男かと思っていたが、なかなか手足が出て来ない。
もしかして、体ごと消滅しているのか。
「……すまん。手加減できなかった」
魂は消滅させないはずの魔法だったんだが、さすがに苦痛が過ぎたか。
「ぁ……ガ、ァぁ……ぁ」
――いや、声が漏れている!
「お、おい! 生きてるか! いや……霊体には何て言えばいいんだ?」
「ゥぅ……ぁ」
徐々に散り続けるローブと体。やっぱりどうしようもないか……。
「すまない。ソウルペインを使って傷付いた魂は、たぶんもう、元には……」
――と、思ったが、体は消えていないようだった。
やっとローブの下から出てきた手足は、随分と細いし、女性のようなしなやかなものに見える。
大きく見せて、恐怖を煽っていたのか。
「ゥぁ……あ、あ。あ。あぁぁぁぁぁ!」
「おぉっ? びっくりした。生きてたか? 声……出せるのか? あのさ、もう攻撃しないでくれよ?」
こいつの攻撃は、たぶんまともに食らったら死ぬ。
死ぬと言うか、消滅しそうな気がする。
「ぁぁァああアあああ! あぁもう! なんと酷いことを!」
――うん?
さっきまでとは全く別の、高い声。
「なんかお前。声、ちがくないか?」
いきなり反撃されないかとビクビクしているうちに、ローブもフードも、ほとんどが消えていた。
その透き通った本来の霊体を、改めて見ると――。
「え。おんな?」
半透明の、素の霊体のせいではっきりとは見えにくい。
が、片腕で隠しきれない明らかな胸のふくらみに、細い腰、もう片方の手で隠してはいるものの、頼りない感じの鼠径部は……女だ。
「貴様……。なんというえげつない。極悪非道な魔法を! 我は……我はこれほど、恐怖と苦痛に泣いたことは……無い!」
「お、おぉ……。だよなぁ」
「はぁぁ? だよなぁ、だと? あ、あやまれ! 我に謝れ!」
「す、すまん。ていうか、キャラもちがくねぇ?」
「お、お前のような、恐ろしいやつ! 我は知らぬ!」
必死で文句を言おうとしているが、綺麗な顔立ちとたどたどしい言葉のギャップのせいで、可愛い感じになってしまっている。
「いやでも、俺のこと消滅させようとしたしさぁ……」
「う、うるさい! ふ、服を持て! このまま辱《はずかし》めるつもりか!」
――半透明だし、見なきゃ見えないさ。なんて言うと、もっと怒られそうだ。
「霊体に効くかは分からんが、ホーリーヒール」
それに、霊体に効いたとしても、傷付いた魂までは……。
「――お、おぉ。まぁ、良い感じではある。ろ、ローブも出せた。少しは許してやる」
やっぱり、魂が損傷したせいで、なんか残念な感じになってやがる。
「とにかくさ。俺の勝ちでいいよな? 力は示したってことで協力してくれよ。頼む」
「……げせぬ」
「じゃ、どーすればいいんだよ。そも、俺は戦いたくなかったんだぜ」
「……城で、考えさせよ。すぐには……決められぬ」
「あぁ、まぁ、そうだな。考えて、良い返事をくれよ」
「し、知るものか。我は……お前が、恐ろしい」
――いや、ごめんて。
でも一応、ソウルペインの恐ろしさは俺も体験済みだからさ。
「ほら、手を引いてやるから。とにかく下りようぜ」
「我が……負ける、など……」
「うん? 何か言ったか?」
小声過ぎて聞こえなかった。
はぁ。勝つには勝ったが、協力してもらえないと辛いなぁ。
魔王という称号を使う分には、許可してもうとしても……。
手勢が居なきゃ、やっぱり締まらないんだよな。
大軍に見せるとか、たった一人の部下でも恐ろしい破壊魔法が使えてそれを見せつけるとか、そういうのが無いと。
――キャラ変わったとはいえ、こいつは許してくれそうにないよな。
手を引かれながらも何かをぶつぶつと言っているくらいだから、恨みを買ったに違いない。
「やっぱ、前途多難か……」