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一週間後、シェルドハーフェン一番街にある教会。マリア達の活動拠点として『カイザーバンク』が建設したものであり、礼拝堂は小さい。
その代わり支援のための大きなホールが備えられていた。その小さな礼拝堂でセダールとマリアが面会していた。
「十五番街を私に!?そんな、困ります!」
十五番街を引き渡すと言う提案を受けてマリアは驚愕した。弱者救済活動の日々でそんな余裕がないことは明白なのだ。
「あの区画を新たな教区として提供するとお伝えしましたら、教皇猊下は大層お慶びになられました。また教区の管理者を聖女様にお任せしたいと。此方が書状にございます」
セダールが恭しく差し出した書状を受け取り中身に目を通す。
そこにはシェルドハーフェン十五番街を新たな教区とし、責任者を聖女マリアに一任したいと記されていた。
「これは……確かに教皇猊下の印字ですね……」
「聖光教会に対する我々の誠意としてご笑納頂ければ幸いです」
「しかし、今の私にそんな余裕は……」
戸惑うマリアを見てセダールは薄く笑みを浮かべた。まるで品定めをするように。
「聖女様の活動で、この辺りは救済が成りました。今最も救いの手を求めているのは、十五番街の民です。暁と血塗られた戦旗の抗争で町は荒れ果て、民は困窮しています。今こそ聖女様のお力が必要なのです」
「暁……」
暁の名に反応を示すマリア。セダールの策略により暁の蛮行を知ることになったマリアは、暁に、シャーリィに強い不信感を抱いていた。
「無論、聖女様のお手を煩わせるつもりはございません。引き続き充分な支援は行わせていただきますし、統治についても我々が政務官を必要なだけ派遣しましょう。聖女様には弱者救済の活動に尽力して頂ければと思います」
「……分かりました。教皇猊下の意向であるならば、否やはありません。救いを求める人が居るならば、其方へ向かいます。ただ、一番街での活動も継続したい」
「其方は我々にお任せを。責任を持って引き継がせていただきます」
会談を終えたマリアは支持者達に事の次第を伝えて移動準備を開始するように指示を出した。
それを聞き皆が準備を開始する最中、マリアを慕う魔族達も反応を示した。
「貴公らはこの動きをどう見る?」
教会にある倉庫でマリアの四天王と呼ばれるデュラハンのゼピス、グリフィンのダンバート、オークチャンピオンのロイスの三者が密議を交わす。ダンバートは人間に擬態し、ロイスも見た目は緑の肌を持つ大男であり人間達に溶け込むのは容易い。
ゼピスの問い掛けに二人が答えた。
「お嬢様が領地を得られたことは嬉しいけど、状況を考えたら素直に喜べないんだよねぇ」
「俺も作為を感じる。いや、あのセダールとか言う人間はお嬢様の善意を利用している。許されるなら今すぐにでも八つ裂きにしてやりたいが」
「やはり貴公らも同じ考えか」
「ゼピスもかい?」
「我もお嬢様の崇高なる願いを悪用しているようにしか見えぬ。そも、抗争を煽ったのはカイザーバンクなのだろう?」
「うちの子達が調べた限りだとね」
「気に入らんな、策を弄する輩は好かん」
「貴公の趣向は別としても、素直に喜べぬのは皆同じだ。しかし」
ゼピスの懸念にダンバートは肩を竦めて、ロイスは苛立たしく口を開く。
「お嬢様は受け入れた。まあ、助けを求める人間は大勢居るからね」
「だが、それではキリがないぞ。お嬢様にも限界がある。いや、既に限界を迎えていると言えるはずだ」
「それでもお嬢様は歩みを止めぬ。魔王様の生まれ代わりであると改めて感服するが……」
「良い面もあるよ。彼処は人間の数が此処に比べたら少ない」
「つまり、俺達が動きやすいか」
「人間に近い身形をしてれば、簡単に溶け込めるはずさ」
「今まで以上にお嬢様の手助けが出来るのだな」
「我はどうにもならんが、貴公らが大手を振って振る舞えるならば喜ばしい」
首無しの鎧騎士であるゼピスはどうしても目立ってしまう。顔を付けたとしても、今のご時世鎧は用いられていない。
「更に、十五番街を任されたのならメリットもあるよ。チェルシーの手を借りれる」
「あの女のか?」
「そうだよ、ロイス。チェルシーがマルテラ商会の支店をシェルドハーフェンに作りたいって話しててね」
「一番街では出来なかったのか?」
「カイザーバンクの支配地だから、自由にはやれないみたいだよ。それだと利益が無い」
「ふむ、すっかり商人気質だな。して、十五番街ならばそれが叶うと?」
「邪魔が入らないからね。どうだい?」
ダンバートが二人へ視線を向ける。
「我に否やは無い。お嬢様も心強いだろう」
「俺も文句はないな。チェルシーもお嬢様との繋がりを持てれば励みとなるだろう」
「懸念があるとするならば、勇者だ」
「あの小娘か」
「出来れば相対したくは無いんだけど、難しいだろうね。中心部だから良かったけど、十五番街はねぇ」
「今ならばまだ容易い。先に消しておくか?」
「待て、友よ。お嬢様の承諾無しに動いてはならん。過去の過ちを繰り返す羽目となる」
「むぅ」
「その辺りは様子見かな。監視は強めておくよ」
魔族達が密議を交わしている頃、マリアも私兵である蒼光騎士団を率いる腹心のラインハルトを呼び寄せていた。
「人員の増強は順調だと言うことね」
「聖女様の慈悲に心酔する者達が増えております。厳選した上で受け入れておりますが、それなりの人数となりました」
弱者救済活動は決して無駄とはならず、マリアを崇拝する者達が帝国各地から集まり、蒼光騎士団へと迎えられている。
半年前には百人前後であったが、既に五百人を越える規模になりつつある。
「訓練と装備の充実を最優先に。間違いなく荒事が起きるわ」
「聖女様の御心を乱すモノは我々が排除致します。どうかご安心を」
「ええ、信じているわ。資金面の問題は気にしないで。こう見えて侯爵令嬢なんだから。お父様から支援もあるし」
フロウベル侯爵家はマリアの活躍を受けて隆盛を極めている。
マリアは父の権勢を敢えて無視し、代わりに膨大な資金提供を受けて蒼光騎士団の装備の充実と弱者救済活動に活用している。
「御意のままに。ライデン社との交渉に取り掛かります」
「必要ないわ。以後はマルテラ商会に任せる」
「西部最大の商会と懇意になさっておられるのですね」
「そんなところよ。来年までにある程度の錬度を確保して。出来る?」
マリアの問い掛けに直立不動であったラインハルトは膝をつく。
「ただやれとご命令ください。聖女様の願いは我らの願いでございます」
「ありがとう。これから忙しくなるわね」
腹心と語らいつつ、とんでもない面倒事を抱える羽目になり頭を悩ませるマリア。
だが、十五番街ではそんな彼女にも新たな出会いが待っていた。