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それから二日後、カイザーバンクが暁から手に入れた十五番街を『聖光教会』に教区として献上したことが『ボルガンズ・レポート』のヨシフ=ボルガンズの耳に入った。
四番街にあるオフィスで情報を受けたボルガンズは笑みを浮かべる。
「あの陰湿メガネ、やりやがったな」
「教区として献上するなんて、カイザーバンクは何を考えているのかしら」
側に控えるステファニーは真意が分からず眉を潜める。そんな彼女を見てボルガンズは上機嫌に口を開いた。
「知ってるか?ステフ。何故かは知らねぇが、聖女様とシャーリィは不仲だって話だ。それをあの陰湿メガネが知らねぇとは思えん。暁から取り上げた戦利品を、聖女様にプレゼントだ」
「良い性格してますね」
ステファニーが不快そうに吐き捨てる。
「それでこそ陰湿メガネさ。これで暁はシェルドハーフェン進出が難しくなった。黄昏に近いのが十六番街と十五番街だからなぁ」
「暁のシェルドハーフェン進出を阻みながら、対立を煽ってる?」
「そうだろうさ。なんであの野郎がシャーリィに目を付けてるのか知らねぇが、コイツは面白い事になる」
「記事にするのですね?」
「当然だろう?こんなに面白そうな展開になってるんだ。観客を楽しませるのがエンターテイメントの真骨頂さ。取り敢えずは……暁じゃ出来なかったことを聖女様が成し遂げたとでも書こうかね」
「悪い人、それを読んだ暁の人達は怒りますよ?」
「だから良いのさ。聖女様も若手のやり手だからな、どちらが生き残るか見てみたい。最高のショーになるぞ!」
翌日発行された『帝国日報』で暁は失策によって十五番街を失い、聖女マリアが救いの手を差しのべたとまるで美談のように報道された。当然事実無根ではあるが、暁が面子を失ったのは事実である。
「ふざけたこと書きやがって!見てみろよ!十五番街を失ったのは俺達が悪いみたいな書き方だぞ!」
黄昏にある領主の館。その執務室へ『帝国日報』片手にルイスが怒鳴り込む。
「落ち着きなさい、ルイ。新聞に何かありましたか?」
政務に励んでいたシャーリィは手を止めて、ルイスから新聞を受け取り中身に目を通す。
「ご機嫌斜めだな、ルイ。随分な書かれ方をしたからか?」
部屋に居たベルモンドがドリンクを差し出しながら問いかけた。
「そうだよ、俺達の苦労をコケにしやがって。しかもなんだ、シャーリィより聖女のほうが優れた統治者だとか出鱈目を!」
怒り心頭のルイスの肩に触れてベルモンドが宥める。
「落ち着け、ルイ。真に受けるなよ。お嬢が劣るとは俺も思わねぇさ。黄昏を見てみりゃ良い。誰かの差し金だ」
「やっぱりボルガンズ・レポートかな?ベルさん」
「かもな。だとしたら厄介な奴らに目を付けられたもんだが」
二人の視線は新聞を読むシャーリィへ向けられる。当の本人は気にすることもなく新聞を畳んだ。
「マリア本人が私を嗤いに来たのなら受けてたちますが、所詮は新聞です。そこまで軽率ではないと思いたいですね」
「シャーリィは気にしねぇのかよ?」
「気にする余裕などありませんよ。今は組織の再編と黄昏の拡大が急務です。それに、命を狙われる刺激的な毎日ですから」
「潜り込んでるネズミは粗方片付けたが、まだ本命は見付かっていない。ラメルの旦那と連携して対処を続けるさ」
シャーリィの言葉にベルモンドが答える。
スネーク・アイの放つ暗殺者達はシャーリィを毒殺することを目論むが失敗。次に実力行使を図るが、それらはラメルの情報部が察知して駆除している。
ただ本命のスネーク・アイが姿を表さず、シャーリィは行動を制限されている。
「ベルさん、まだ掛かりそうか?」
「痺れを切らして乗り込んでくれれば有り難いんだがな、当分はお嬢に不自由な想いをさせる」
「構いませんよ。政務が立て込んでいますので、どのみちしばらくは身動きが取れません。シスターが紹介してくれる人には会いたいのですが」
「シスターの紹介となると、『花園の妖精達』か」
「また大物が出てきたなぁ」
シャーリィが黄昏に引きこもっている影響でカテリナが斡旋した『花園の妖精達』との交渉が頓挫している。
シャーリィとしてはこれからの戦いを考えて味方を増やしたい所ではある。
「まさか呼び寄せるわけにもいきません。危険はありますが、五番街へ赴く必要があります」
「黄昏を出るのかよ?」
「暗殺の可能性は常に付きまとっています。ベル、時期を見て充分な護衛を用意してください」
「本当に行くんだな?」
「はい。あまりお待たせするのも失礼に当たりますから。そうですね、来月に伺うとしましょう」
「お嬢がそう言うなら仕方無いな。それに、引き込もってばかりじゃ外聞も悪い。護衛には充分な戦力を付ける。ついでに日帰りだ。良いな?」
「ベルさん!?」
「ありがとう、ベル。先方にはシスターを通じて連絡します。まあ、状況次第です。今は内政に取り組むとしましょう」
翌日、先ずは内側を固めることを優先したシャーリィは西部との交易方針を策定するため『黄昏商会』本店へ赴いた。
相変わらずピンク一色の建物に圧倒されながらも、二階にある執務室へと招かれた。当然室内の調度品もピンクだらけである。
「あら、シャーリィ。いらっしゃい」
「お邪魔します、マーサさん」
シャーリィが室内に入ると書類を見つめていたマーサが顔を上げて立ち上がり、シャーリィをソファーへ誘う。もちろんピンクである。
「目が痛い」
「あら、良い色じゃない?」
「何事にも節度がありますよ、マーサさん」
「善処するわ。それで、今日はどうしたの?」
「西部との取引について相談しておこうかと思いまして。レイミが書簡を届けましたが、反応は?」
「直ぐに来たわよ。マルテラ商会としてもうちの商品を取り扱いたいみたいだし、船も進呈したでしょう?ヤル気満々よ」
「それはよかった。交易では何を取り扱いますか?」
「農作物とか布が売れるわよ。あと、こちらが試作してる回復薬にも興味を示しているわね」
「回復薬は南方と備蓄が最優先です。数は出せませんよ?」
薬草の栽培は順調ではあるが、回復薬の精製には時間が掛かる。そのため南方との交易と緊急時の備蓄を優先している。
「それについてなんだけど、彼方は書簡のやり取りじゃなくて直接交渉したいみたいよ」
「直接交渉?しかし私は黄昏から出られませんよ?」
「安心しなさい、彼方も事情は理解しているわ。明日黄昏へ来るみたい」
「はい?明日?」
急な来訪の知らせにシャーリィは目を丸くするのだった。