「さて、めでたく愛人関係になった俺たちだが」
愛人って、『愛人にするぞ』『そうですか』と言い合っただけでなれるものなんですかね?
お互いのことをまだよく知らないし。
頬にキスした程度なのに。
いや、それ以上のことをされても困るんだが……と唯由が思ったとき、蓮太郎が言ってきた。
「此処らで少し、お互いのことを知り合うべきなんじゃないだろうか」
……王様がずいぶんまともなことを、と思う間もなく、蓮太郎は、
「蓮形寺、スマホを貸せ」
と言う。
「いや、何故ですか」
「別にお前の秘密を探ろうとか、プライベートにズカズカ踏み込もうというわけではない」
それはありがたいですが。
愛人の秘密を放置し、プライベートはどうでもいいって言うのも問題あるような……、
と思い見つめる唯由に、蓮太郎は言う。
「リラクゼーションルームの雑誌に書いてあったんだ。
スマホの予測変換でその人間の人となりがわかると」
「あー、まあ、よく使う単語はわかりますよね」
いいですよ、と唯由はロックを外し、スマホを渡した。
「……あっさりだな」
「人に見られても特になにもないので。
私もちょっと興味ありますしね。
自分のスマホの予測変換。
注意して見たことないので」
「そうか。
ああ、先にお前のを見たら悪いな。
俺のを見せてやろう」
「結構です」
「何故だ。
見せてやろう」
「結構です」
「俺に興味がないのか」
「結構です」
見せてやる、と望んでもいないのに、蓮太郎はスマホで予測変換を見せてくれる。
だが、仕事で思いついたことをメモに書き溜めているらしく。
そのせいか、仕事関係の小難しい単語ばかり候補に出てくる。
「……面白くないです」
スマホの画面を見ながら、唯由は眉をひそめた。
「俺という人間が面白くないと言うのかっ」
「いや、スマホの変換がですよ」
っていうか、意外に真面目な人なんだな、というのはよくわかりました、と唯由は思っていた。
「よし、いよいよ、お前のだな。
……お前のものすごい秘密がわかって、命を狙われたら、どうしたらいいんだろうな?」
とちょっと緊張した面持ちの蓮太郎に唯由は言う。
「そんな秘密があるのなら、今この瞬間にあなたを殺ってますよ」
冗談のつもりだったのだが、なんの迫力があったのか、王様に怯えられてしまった。
唯由が新規のメモを開き、そこに蓮太郎が文字を打ち込むことになった。
『で』
何故、いきなり、濁音系……。
『デルモンテ』
『さ』
『殺人』
「ケチャップでかっ!」
と蓮太郎が声を上げる。
「続けて読まないでください……」
『い』
『一攫千金』
蓮太郎が鼻で笑った。
いや、それ、入れた覚えはないんで、スマホ側の問題では……。
『ふ』
『浮遊霊』
「お前のスマホ、まともな言葉出ないぞっ」
「スマホの予測変換作った人に聞いてくださいっ」
『れ』
『れんこん』
「あ、よかった。
まともな変換……」
と唯由は、ホッとしかけたが、蓮太郎は、
「なんで、蓮太郎じゃないっ」
と憤る。
「じゃあ、あなたのスマホ、『い』で『唯由』って出るんですか?」
「待て。
今、覚えさせるから」
と蓮太郎はおのれのスマホのメモに『唯由』と連打しはじめた。
唯由唯由唯由唯由唯由唯由唯由
唯由唯由唯由唯由唯由唯由唯由
唯由唯由唯由唯由唯由唯由唯由
唯由唯由唯由唯由唯由唯由唯由
唯由唯由唯由唯由唯由唯由唯由
唯由唯由唯由唯由……
「なにかの呪いみたいなんでやめてください……」
などとやっているうちに夜も更け、
「じゃあ、明日までにお前のスマホで蓮太郎って出るようにしとけ」
と蓮太郎は立ち上がった。
「おやすみ」
あっさり靴を履く蓮太郎に、ホッとしたが、振り向いた蓮太郎は唯由の肩をつかみ、唇に触れてこようとする。
「いや、王様、なに調子に乗ってるんですかーっ」
押し返す唯由に向かい、蓮太郎が主張してくる。
「額にもキスして、頬にキスした。
あと何処にしろと言うんだ、手か。
ひざまずいてか。
俺がしもべか」
蓮太郎は唯由の右手を取り、軽くその甲にキスして見せる。
「ホストか」
と睨まれた。
いや、誰もやれなんて言ってません……。
「じゃあ、帰る」
帰るんだ……。
「お疲れ様でした」
いろんな意味で、と思いながら、一応、外に出て見送ろうとしたのだが、押し返される。
「こんな時間に外に出たら物騒だろ。
家に帰れたろうかと不安になるから見送るな」
蓮太郎が、
「着いたら、お前が無事か確認の連絡を入れる」
と言うので、いや、逆では……と思ったのだが、
「今、一瞬、俺を送りに出ようとしたお前を見た男がいるかもしれん。
男が出て行った今、一人に違いない、しめしめとアパートに侵入しようとするかもしれないだろ?」
と言う。
「いや、なんで、一瞬、外に出ただけで、そんな事態になるんですか」
「だって、お前、すごく可愛いじゃないか。
大抵の男は夢中になると思うぞ。
俺は違うけどな」
じゃあな、と言って蓮太郎は帰っていく。
見送るなというので、閉まった扉をそのまま唯由は見ていた。
いやあの……俺は違うけどなって。
今まで出会った男の人の中で、あなたの評価が一番高いようなのですが、と思いながら。
しかし、予測変換楽しかったな。
さっき、蓮太郎と入れた文字がまだ、そのまま残っていた。
デルモンテ
殺人
一攫千金
浮遊霊
れんこん
『デルモンテ』
『殺人』
『一攫千金』
『浮遊霊』
『れんこん』
確かにあまりまともな言葉が出てこないな。
いや、デルモンテは殺人とくっつけて読んだからおかしかっただけだよな……。
『秘書』
『盗賊』
『肉』
肉は、買い物メモのせいだろうな。
『蘇』
古代のチーズ。
買った覚えはない。
『のび太』
買った覚えはない……。
『月子』
その文字を見た唯由はスマホを切った。
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