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次の日。
朝。
「あべちゃん」
「何?」
「今日も?」
阿部が笑う。
「今日も」
「めめは?」
「今日も」
二人の薬指。
赤い輪が淡く光る。
いつもの朝。
でも。
今日は少し違う。
目黒が立ち上がる。
「行く?」
「どこに?」
「見回り」
「山?」
「うん」
阿部は少し考える。
前にも。
目黒について行ったことがある。
結界。
川。
雲。
山。
動物。
目黒が毎日何をしているのか。
知りたくて。
後ろを歩いた。
でも今日は。
「行く」
阿部も立ち上がる。
「手伝っていい?」
目黒が見る。
「手伝う?」
「うん」
「俺も神様になったんでしょ」
紺色の神力が柔らかくなる。
「じゃあ一緒にやる」
「うん」
山道。
二人で歩く。
阿部には。
昨日までとは違う景色が見えていた。
木々の中を流れるもの。
地面の下の根。
水。
遠くの動物。
小さな妖怪。
全部。
気配として分かる。
「めめ」
「何?」
「今まで毎日こんなの感じてたの?」
「全部じゃない」
「そうなの?」
「俺は境界の方が分かる」
「境界?」
「ここからここ」
「中と外」
「近いと遠い」
「安全なところと危ないところ」
阿部が頷く。
「俺とは違うんだ」
「うん」
少し歩いて。
目黒が止まる。
「あべちゃん」
「何?」
「ここ」
山道の横。
小さな斜面が崩れ。
根が露出していた。
目黒が手を伸ばす。
紺色の神力。
崩れた場所と。
まだ安定している場所。
その境目が整っていく。
土が止まり。
石も動かなくなる。
でも。
木の根は出たまま。
周りの草も弱っている。
阿部が近付く。
「ここ」
「俺やっていい?」
目黒が頷く。
「うん」
kaede🍁
25,553

908
#mmab
七瀬⛄️
1,551
阿部はしゃがむ。
緑の神力。
細く。
静かに。
露出した根。
乾いた土。
弱った草。
必要なところだけへ。
少しずつ。
土が柔らかくなり。
根が馴染んでいく。
萎れていた草も。
少しだけ顔を上げた。
「できた」
目黒がすぐ言う。
「上手」
阿部が笑う。
「早い」
「本当に上手」
「まだ一個しかやってないよ」
「でも上手」
「褒めすぎ」
「褒めてって言った」
「修行の時ね」
目黒は真剣。
「今も褒めたい」
阿部が吹き出した。
次は川。
水の流れが。
一部だけ滞っている。
目黒が境界を整えると。
ぶつかっていた水が自然に抜けていく。
阿部は川岸の弱った草へ。
ほんの少し神力を流す。
緑。
葉が起き。
根が水を吸う。
それ以上は何もしない。
「あべちゃん」
「何?」
「今止めた」
「うん」
「もっとできるのに」
「できるけど」
阿部は草を見る。
「必要な分だけ」
目黒は少し黙って。
「上手」
阿部が笑う。
「また?」
「うん」
さらに山の奥。
足を引きずった狐。
目黒が近付こうとすると。
少し警戒する。
阿部はしゃがんで。
何もせず待った。
緑の神力が。
ほんの少しだけ周りへ広がる。
狐はゆっくり近付き。
阿部の膝のそばへ伏せた。
「あべちゃん」
「うん」
「すごい」
阿部は狐の傷を見る。
深くはない。
神力で。
少しだけ回復を助ける。
完全には治さない。
自分の身体で治せる分は残す。
狐が阿部の手へ鼻先を寄せた。
「よかった」
目黒はその様子を見ていた。
「何?」
「似合う」
「何が?」
「神様」
阿部が少し目を瞬く。
「そう?」
「うん」
「まだ変な感じだけど」
目黒が阿部の手を取る。
赤い輪。
「でも」
「あべちゃんの仕事」
「ちゃんとある」
阿部は少し笑った。
仕事。
その言葉が。
何だか嬉しい。
ただ目黒のそばにいるだけじゃない。
守られるだけでもない。
自分にもできることがある。
目黒が整えた場所を。
阿部が育てる。
阿部が気付いた命を。
目黒が守る。
違う力。
でも。
一緒に使える。
「めめ」
「何?」
「これ」
「いいね」
「何が?」
阿部は山を見る。
木。
川。
「一緒にやるの」
紺色が一気に柔らかくなる。
「俺も好き」
「うん」
昼過ぎ。
二人は屋敷へ戻った。
阿部は少し疲れていた。
身体ではなく。
頭。
たくさんの命を感じ続けていたから。
「神様も疲れるんだね」
「疲れた?」
「少し」
「抱っこする?」
阿部がすぐ見る。
「しない」
「なんで?」
「歩けるから」
「前はした」
「前は死にかけてたからでしょ」
目黒が少し残念そう。
阿部が笑う。
その時。
庭の端。
見慣れないものがあった。
「……何あれ」
小さい。
木の枝。
石。
葉。
それを積み上げた何か。
阿部が近付く。
「祠?」
本当に小さい。
阿部の膝くらい。
屋根らしきもの。
前には丸い石。
花まで置いてある。
「誰が作ったの?」
目黒が首を傾げる。
「知らない」
その時。
茂みから。
小さな妖怪。
一匹。
また一匹。
数匹出てくる。
みんな。
阿部を見る。
祠を見る。
また阿部を見る。
「……まさか」
阿部がしゃがむ。
「これ」
「俺の?」
妖怪たちは。
一斉に頷いた。
「ええ?」
阿部が困る。
「なんで?」
答えはない。
でも。
一匹が花を持ってきて。
祠の前へ置いた。
阿部が固まる。
目黒は隣で。
すごく嬉しそう。
「めめ」
「何?」
「何で嬉しそうなの」
「祠できた」
「見れば分かるよ」
「俺そんな偉くないんだけど」
目黒が真剣に言う。
「神様だから偉い」
「めめだって神様でしょ」
「うん」
「めめの祠あるの?」
「ない」
阿部が目を丸くする。
「ないの?」
「ない」
少し間。
目黒が祠を見る。
「あべちゃんだけある」
紺色。
少し不満。
阿部が気付く。
「めめ」
「何?」
「もしかして嫉妬してる?」
目黒が少し考える。
「少し」
阿部が吹き出す。
「そこにも嫉妬するの?」
「妖怪が」
「あべちゃんの作った」
「俺のじゃないよ」
「でも」
目黒は祠を見る。
「俺も作る」
「何を?」
「あべちゃんの祠」
「増やさなくていい!」
「もっと大きいの作れる」
「いらないって」
「山の上にすごいの」
「絶対やめて」
阿部が目黒の腕を掴む。
「あべちゃんのため」
「でもいらない」
「金色にする?」
「もっといらない」
阿部は笑いながら止めた。
そこへ。
「何してんの?」
深澤。
照もいる。
深澤が祠を見る。
数秒。
そして大笑い。
「あはは!」
「あべちゃん祠できてる!」
阿部が顔を覆う。
「笑わないでよ」
「早くない?」
「俺もそう思う」
深澤がしゃがむ。
小さな祠。
妖怪たち。
花。
木の実。
綺麗な石。
供え物まで増えている。
「あべちゃん」
「完全に好かれてるね」
「困るんだけど」
照が少し笑う。
「別にいいんじゃない?」
「いいの?」
「神様なんだから」
阿部は祠を見る。
まだ。
実感がない。
祀られる。
そんなこと。
考えたこともなかった。
村では一人だった。
誰にも必要とされていないと。
思っていた。
最後は生贄にされた。
でも今。
小さな妖怪たちが。
自分のために。
一生懸命これを作った。
阿部の表情が柔らかくなる。
「……ありがとう」
妖怪たちが嬉しそうに跳ねる。
その瞬間。
緑の神力が。
ほんの少し広がる。
祠の周り。
小さな花。
一輪。
二輪。
自然に咲いた。
阿部が慌てる。
「ごめん」
深澤が笑う。
「いいじゃん」
照も頷く。
「暴走じゃないよ」
阿部は花を見る。
ちゃんと。
ここだけ。
必要な分だけ。
「そっか」
少し笑った。
目黒が隣へ来る。
「俺も」
「何?」
「花置く」
「めめも?」
「うん」
「なんで?」
目黒が普通に言う。
「あべちゃんの神様だから」
阿部が固まる。
「……何それ」
「祀る」
「やめてよ」
「毎日来る」
「毎日一緒にいるじゃん!」
深澤がまた笑う。
照も少し肩を揺らしている。
阿部は恥ずかしくなって。
目黒の腕を引いた。
「帰るよ」
「祠は?」
「そのまま!」
「大きくしない?」
「しない!」
「少しだけ」
「駄目!」
二人の後ろ。
小さな祠。
妖怪たち。
その周りに咲いた花。
新しい神様。
まだ。
その呼び名には慣れない。
でも。
山の命たちは。
もう阿部を。
そう思っている。
そして。
その隣には。
今日も目黒がいた。
次の日。
朝。
「あべちゃん」
「何?」
「今日も?」
阿部が笑う。
「今日も」
「めめは?」
「今日も」
薬指。
赤い輪。
いつものように淡く光る。
朝餉を終えて。
阿部は庭へ出た。
昨日。
妖怪たちが作った小さな祠。
気になっていた。
「見に行く?」
目黒が聞く。
「うん」
二人で庭の端へ向かう。
そして。
阿部が止まった。
「……増えてる」
昨日より明らかに。
花。
木の実。
綺麗な石。
丸い葉っぱ。
枝。
小さな松ぼっくり。
それから。
「これ何?」
阿部が一つ拾う。
黒くて丸い。
少し硬い。
目黒が見る。
「分かんない」
「めめも知らないの?」
「知らない」
茂みの奥。
小さな妖怪たちがこちらを見ている。
阿部が黒いものを見せる。
「これくれたの誰?」
一匹が。
おそるおそる手を上げた。
「あ、君?」
妖怪が頷く。
「ありがとう」
嬉しそうに跳ねる。
「でもこれ何?」
妖怪が一生懸命身振りをする。
転がす。
拾う。
また転がす。
阿部が首を傾げる。
「遊ぶやつ?」
激しく頷く。
阿部が笑った。
「そっか」
「じゃあ大事なものくれたんだね」
妖怪がまた嬉しそうに跳ねる。
その様子を。
目黒がじっと見ていた。
「めめ」
「何?」
「また嫉妬してる?」
「少し」
「何に?」
目黒が供え物を見る。
「みんな」
「あべちゃんにいっぱいあげてる」
阿部が笑う。
「祠だからね」
目黒は少し考えて。
「俺も」
「何?」
「何か置く」
阿部が目を丸くする。
「めめも?」
「うん」
「別にいいよ」
「嫌?」
「嫌じゃないけど」
目黒はもう真剣に祠を見ている。
「何がいい?」
「俺に聞くの?」
「うん」
「供え物って普通」
「本人に聞かないんじゃない?」
目黒が首を傾げる。
「なんで?」
阿部も少し考える。
「……確かに」
分からなくなった。
「あべちゃん何欲しい?」
「別に何も」
「花?」
阿部が少し笑う。
「花は好き」
目黒がすぐ立ち上がる。
「待ってて」
「今行くの?」
「うん」
そのまま庭の向こうへ消えた。
阿部は祠を見る。
小さい。
不格好。
屋根も少し曲がっている。
でも。
一生懸命作ったのが分かる。
胸が少し温かくなった。
しばらくして。
目黒が戻ってくる。
手には白い花。
何本も。
「そんなに?」
「いっぱいあった」
「全部取った?」
「少し残した」
「よかった」
目黒は祠の前へしゃがむ。
でも。
どう置けばいいか分からないらしい。
花を持ったまま止まっている。
阿部が笑う。
「貸して」
「俺が置きたい」
「じゃあここ」
阿部が場所を指す。
目黒はそこへ。
そっと花を置いた。
小さな祠が少し華やかになる。
「どう?」
「綺麗」
「好き?」
「うん」
「よかった」
紺色がふわっと柔らかくなる。
阿部も笑った。
「めめ」
「何?」
「ありがとう」
それから。
二人で祠の前に座る。
妖怪たちは少し離れたところで遊んでいた。
平和。
そんな言葉が似合う朝。
阿部がぼんやり祠を見る。
その時。
「……え?」
声。
聞こえた気がした。
「あべちゃん?」
「今」
「誰かいた?」
目黒が周りを見る。
「いない」
「本当に?」
「うん」
妖怪。
鳥。
風。
それだけ。
でも。
もう一度。
小さな声。
――元気になりますように。
阿部が固まる。
――どうか。
――この子が。
――元気になりますように。
「あべちゃん」
目黒の声が遠く感じる。
阿部は祠を見る。
そこから聞こえる気がした。
「めめ」
「何?」
「聞こえる」
「何が?」
阿部は戸惑いながら。
祠へ手を伸ばす。
触れた瞬間。
見えた。
ほんの一瞬。
知らない人間。
山道。
小さな子どもを背負っている。
苦しそうな呼吸。
その人が祠の前にしゃがみ。
手を合わせる。
――どうか。
――元気になりますように。
映像が消えた。
阿部が息を呑む。
目黒がすぐ肩へ手を置く。
「あべちゃん」
「大丈夫?」
「うん」
でも。
阿部はまだ祠を見ている。
「人間」
「人間?」
「ここに来た」
目黒の表情が変わる。
「いつ?」
「分かんない」
声。
まだ微かに残っている。
願い。
そう思った。
「めめ」
「何?」
「神様って」
少し迷う。
「こういうの」
「聞こえるの?」
目黒が祠を見る。
「願い?」
「多分」
「聞こえる時ある」
「全部?」
「全部じゃない」
「じゃあ」
阿部が目黒を見る。
「聞こえたらどうするの?」
目黒は少し考える。
「できることならする」
「できないことは?」
「しない」
阿部が目を瞬く。
「しないの?」
「うん」
「神様なのに?」
目黒は普通に答えた。
「全部叶えたら」
「おかしくなる」
「死ぬ命を全部死なないようにしたら」
「増えすぎる」
「雨を降らせたら」
「どこかから雲がなくなる」
「誰かを助けたら」
「別のところで何か起きることもある」
以前。
涼太にも教えてもらった。
神様は。
何でもできるわけではない。
何かを変えれば。
どこかが変わる。
だから。
強い力ほど慎重に使わなければならない。
阿部はもう一度。
願いを思い出す。
――この子が。
――元気になりますように。
胸が少し苦しくなる。
「でも」
目黒が阿部を見る。
「何?」
「助けたい?」
阿部はすぐには答えなかった。
知らない人。
知らない子ども。
会ったこともない。
でも。
願いを聞いてしまった。
「……うん」
小さく答える。
「できるなら」
目黒が頷く。
「じゃあ」
「できること探す」
阿部が見る。
「一緒に?」
「うん」
当然のように答える。
「あべちゃんの初めての願いだから」
胸が少し軽くなる。
「めめ」
「何?」
「全部叶えなくてもいいんだよね」
「うん」
「俺にできることだけ?」
「うん」
阿部は祠を見る。
目黒が置いた白い花。
妖怪たちの木の実。
綺麗な石。
大切なおもちゃ。
その奥に。
初めて届いた。
人間の願い。
そっと祠へ手を触れる。
緑の神力。
ほんの少し。
でも。
どこへ流せばいいか。
まだ分からない。
だから。
無理には動かさない。
ただ。
聞く。
願いの向こうに。
何があるのか。
「あべちゃん」
目黒が隣で呼ぶ。
「うん」
「急がなくていい」
阿部は少し笑う。
「分かってる」
前なら。
何とかしなきゃ。
すぐ変えなきゃ。
そう急いでいた。
でも今は。
聞く。
考える。
できることを探す。
それが。
神様としての。
最初の仕事なのかもしれない。
阿部はもう一度。
目を閉じる。
祠の向こう。
微かな声。
――どうか。
その願いを。
今度は。
怖がらずに受け取った。
コメント
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みらさん、第21話読ませていただきました!阿部くんが目黒くんと一緒に見回りをする場面、本当に優しくて沁みました…。二人の力が違うからこそ補い合えるという感じがして、「一緒にやるの、いいね」って阿部くんが言ったところが特に好きです。祠に願いが届いたところでは、神様としての一歩を踏み出したようで胸が熱くなりました。二人の穏やかな空気が変わらず続いていて、読んでいてほっとします。続きが楽しみです🤍