コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「おっはよー!」
出会って三日目にして、どうしてここまで慣れ親しめるものなのか。
よくもここまで大胆に行動できるものだ。逆に尊敬さえしてしまいそうだ。
そんな彼女に軽く「おはよう」とだけ返して、休日前の授業を復讐するために自ノートに視線を落とした。
残りの時間を有意義に使いたいと思った僕は、結月からの語りかけを全無視してノートに集中し始めると――。
「皆さんおはようございます」
時間より早いけど、海原先生は顔をだしたのだ。
入り口戸を跨いで、手ぶらの状態で教卓まで移動。
予想外な出来事に朝の賑やかな空気は一瞬にして静まり、クラス中の視線は先生に集まっていた。
僕も例外なく先生に視線を向けていると、
「大変急な話ではありますが、本日の全日程の変更をお伝えします。というのも、座学授業はなくなり、実技授業への変更。といった感じです。――内容としましては、休み前に行った合同演習授業になります。準備などがあると思いますので、皆さんが演習場に集合次第始めていこうかと思います」
それだけを言い残して、海原先生は教室を後にした。
いつもの先生の穏やかな雰囲気ではなく、若干の違和感を感じた。抑揚のない淡々と話す様は、まるで焦っているかのように。
数日前同様、クラス中は歓喜の波が起こることはなく静まり返っている。
でも、チラリとみんなの顔を見てみると、気落ちしている人はいない。「どうしたのかな?」「大分急な話よね」、という声はちらほら聞こえるけど、拳をグッと握っていたり深呼吸をしている人が見受けられる。
たぶん、ここ二日で考えることがあったりしたのだと思う。
それは僕も同じで、空想と現実がやっと同じ目線になったような感覚。
これからの授業への意気込みは、みんな今までと違ったものになっているようだ。
◇
――早朝、生徒たちが当校を始めたぐらいの時間、海原先生は学園長室へ呼び出しをされていた。
「――おはようございます。明泰学園長、ご用というのは……」
「おはようおはよう海原先生、用事というのは私というより、こっちがね」
「おはようございます、海原先生。お忙しい中、足をお運びいただきありがとうございます」
「は……はぁ」
海原先生は、軽くその声の方に会釈をした。
明泰学園長の隣席に座していたのは、源藤宰治。
相変わらずビシッと決められた軍服のような服は今日も変わらず、爽やかな笑顔も健在。
「それで、ご用件といいますのは?」
「ええ、折り入ってご相談がありまして。単刀直入に申し上げますと、本日の授業を変更していただけませんか?」
「……可能です。内容によると思いますが」
「そうですね。内容は至って簡単。数日前に観させてもらったような実技授業にしてもらえませんか、といった感じです」
「――なるほど。それだけなら、なんら問題はないと思いますが……実施するにあたって、私からは条件を一つだけ提示させてもらってもかまいませんか?」
海原先生は、なにか――言葉にできない、嫌な予感についそのような提案の意図を申し出していた。
「ええ、どうぞ」
「私のクラス単体ではなく、以前同様に合同授業というのはいかがでしょうか」
源藤さんは、瞼を下ろして少しだけ考え始めた様子。
だけど、ものの数秒で目を開いて、
「それは更に面白そうですね。それでいきましょう、そうしましょう」
「ありがとうございます」
「ああ、でも――もっと面白いことを思いつきました」
源藤さんは、目を輝かせながら左手のひらを皿にして、一度だけ右拳で軽く叩き始めた。
「以前の授業では残念ながら姿を現さなかったアレを、早め……いや、最初から出現させましょうよ。絶対に面白くなりますよっ」
まるで子供の頃に戻ったかのような無邪気な様子を見せ始め、海原先生はその以外でしかない言動に動揺し一歩後退した。
「そ、そうですね。わかりました。では、そろそろみんな当校しているころだと思うので、早速伝えてこようかと思います」
事は急げと、反転して扉に手をかけようとしたところ、
「ああ、先生。わかっているとは思いますけど、くれぐれも内容については生徒たちに情報を渡さないようにしてくださいね」
「……と、言いますと?」
「だってほら、そのほうが面白そうじゃないですか。困難に対して、どのように対処するのか、必死に足掻く姿を見るのが面白いじゃないですか。先生も、そう思うでしょ?」
海原先生は振り返ることができなかった。
振り向かなくてもわかる。源藤さんは今、あのときみせた狩人のような顔をしているに違いない。
それに、今提案されていることは、自分の生徒を危険に合わせてもいいか、という投げかけだ。
誰が自分の生徒を自ら好んで危険にさらさないといけない。拒否したい気持ちが溢れるが――まさに手に汗握る状況。
だけど、拒否権はない。これは実質――強制的な話。
「それに、ほら。授業ですし、死人はでない、でしょ?」
「そ、そうですね……では、私は生徒たちに変更内容を伝えに向かいます――失礼しました」
海原先生は、この時こう思っていたに違いない。
あの人は間違いなく狂っている。自分の欲を満たそうとしている、まさに『狂人』。
部屋を出てから、自分の背中を伝う冷たい汗や、握られた拳のなかがびしょびしょに濡れていることに気づいた。
そして、自分の反論できない無力さに歯を食いしばりながら教室へと足を進めた。