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ちろりーぬ
164
なーさん。です
200
煮込みうどん
食材の買い出しにスーパーへ来ていた竜一、虎太郎、咲茉。
「…よし。これで全部かな?」
『そうだね。犀川さんに頼まれてたのはもうこれで揃ったと思う』
「じゃあ、虎太郎。お前の好きなの1個買っていいって言われてるから、お菓子コーナーに行こうか」
「う!」
買い物カートを押し、お菓子売り場に向かうと……。
「やだやだやだ!おでこれがいいんだも!!これかわなぎゃやだやだやだやだ!!
もしかしなくてもこれは鷹の声だ。
「うるせえよ。んなもん要らねえだろ、このバカ」
隼の声も聞こえる。
「狼谷。鷹くんも。買い出しか?」
「鹿島。ああ、ババアが風邪引いて寝込んでっから飯は適当に済ませろって言われてな」
「たかちゃ。かみちゃ!」
「こたろー!」
思い掛けないところで会えて、弟たちは嬉しそうだ。
『大変だね。狼谷先生大丈夫?』
後から登場した咲茉に隼の心臓が大きく脈打つ。
「…ひたすら寝て治すっつってたから大丈夫だろ」
「でも…、お粥とか作ってあげたがいいんじゃないか?」
「俺がんなもん作れると思うか?レトルトの買って帰るわ」
「レトルトのお粥ってあるんだ。知らなかった」
『私食べたことあるけど、意外と美味しかったよ。温めなくても食べられていいなって思った』
咲茉の食レポを聞いていた2人。そこで竜一がふと思い出す。
「そういえば、前に俺が風邪引いた時に結城さんが作ってくれたお粥、美味しかったなあ。あと野菜のポタージュも」
『ああ、私がまだひとり暮らししてた時に森ノ宮邸でお世話になってた時期ね』
懐かしいね、と2人で顔を見合わせて笑う。
「えまねえちゃがごはんつくるのか!」
虎太郎と2人でお菓子を眺めていた鷹がいつの間にか高校生3人のところに来ていた。
『えっと、今日はいつも通り犀川さんが作ってくれるよ』
「おできょうはえまねえちゃのごはんたべるじょ!」
『えっ』
鷹が目を輝かせてこちらを見ている。
「おい、鷹何言ってんだ。結城を困らすんじゃ……、ん?」
言いかけて、バイブレーションが鳴ったのを感じた隼がポケットからスマホを取り出し、画面を開いて眉間に皺を寄せる。
「……ババア…!」
「狼谷先生何て?」
「あ?なんか“お粥は味気なくて嫌だからうどん買ってきて”とか言ってきやがった」
『…まあ、食べたいものがあるのはいいことだよ』
咲茉が苦笑いしている。
「おでうどんしゅきだじょ!おでもうどんたべる!」
「そーかよ。ならうどん買いに行くぞ」
「やだ!!」
「あぁ!?」
「かったうどんやだじょ!きょうはえまねえちゃにつくってもらんだも!」
もう鷹の中ではすっかり咲茉にうどんを作ってもらうことになっているらしい。
「んな我が儘言うんじゃねえ」
ごちーん
「びゃあぁぁぁあぁ!!」
毎度おなじみの光景だが、場所が場所なので早く今の状況をどうにかしなければならない。
『あっ、あの…狼谷くん。もし迷惑じゃなかったらおうどんだけ作りに行くよ?』
咲茉の発言に隼が驚く。
「いや、さすがにそれは」
「ほんとか!」
鷹がぴたりと泣き止み、再び目を輝かせる。
「狼谷。鷹くんももうすっかりその気になっちゃってるし、作ってもらったらどうだ?先生だって栄養のあるもの食べたほうが早く治るだろ。結城さんの料理ほんとに美味しいぞ」
「う!こた、おねえちゃごはん、すち」
『あ、ありがとう…』
2人から太鼓判を押されて咲茉が照れたように笑う。
ここでまた断ったりでもしたら、鷹のグズりが振り出しに戻ってしまうだろう。
「…マジでいいのか…?」
『うん、いいよ。鹿島くん、犀川さんとおばあさまに伝えておいてくれるかな?』
「分かった。…じゃあ、虎太郎。俺たちは先に帰ってような」
「う!」
「結城さん、また後でね」
『うん、またお家でね』
鹿島兄弟と別れ、狼谷兄弟とその場に残る咲茉。
「…わりいな。急にこんな……」
『気にしないで。私だって狼谷先生に早く元気になってほしいもん』
「…助かるわ」
隼が冷蔵庫や野菜室の中身を把握している筈がないので、とりあえず人参、じゃがいも、玉葱、卵等、わりと何のメニューにも使える食材と、うどんの麺を買って狼谷宅へ。
『お邪魔します…』
「かーぢゃ!たらいま!」
「…あー、おがえり…。ゆうぎさん、ごべんなさいね。はやどがらぎいだのよ」
パジャマにカーディガンを羽織った姿の狼谷母が出てきた。まだかなりしんどそうだ。
「だがが無理言っだっでぎいで。嫌じゃだげでばついでに一緒にお夕飯食べでいっでね」
『はい。急に押しかけてすみません。先生大丈夫ですか?鼻声で、しかも大分枯れてますね…』
「大丈夫よ。ねででばだおるわ」
「なら大人しく寝てろよ」
熱冷ましシートを貼った狼谷母は隼に促され、そのまま寝室へと消えていった。
『…それじゃ、早速作ろうかな』
「ああ。頼む。使えそうなのあったら冷蔵庫とか勝手に開けて使ってもらっていいから。調理器具も」
『分かった』
隼が持ってきてくれた母のエプロンを借りてキッチンに立つ咲茉。
「えまねえちゃ!おでやじゃいはたべないじょ!」
『ありゃ』
「お前の我が儘で無理言って作ってもらってんのに何言ってんだ馬鹿野郎」
ごちーん
「うぁあぁああ!だっでおで#@&∆%$‡£!!」
『鷹くん、苦手でもいいからほんの一口だけ食べてくれると嬉しいな。そしたらヒーローにまた近付けるかもしれないし』
「ひぐっ…、やじゃいだべだら、おで、ひーろーになれる?」
『すぐには難しいけど、頑張れば1歩近付く筈だよ』
「うん!おでやじゃいたべる!」
咲茉の言葉で鷹が簡単に機嫌を直した。そして頑張って野菜を一口食べると約束までしていた。
「…ほんとわりいな。うちの馬鹿が迷惑掛けて」
『ううん。気にしないで。私の料理食べたいって言ってもらえるの、嬉しいから。お口に合うかどうかは別だけど』
「鹿島も虎太郎も結城の料理美味いって言ってたろ」
『そうだけど、あんまり期待はしないでね』
手際よくピーラーで野菜の皮を剥きながら、咲茉が笑った。
「…何かあったら呼んでくれ。俺はこっちで洗濯物畳んでるから」
『うん』
咲茉のエプロン姿なんて保育ルームで散々見ているのに、どうしてこんなにも胸が高鳴るのか。隼はドキドキ鳴る心臓を落ち着かせようと努めながら、取り込んだ洗濯物をリビングで畳み始めた。鷹はテレビの子ども番組に夢中だ。
ざくっ、ざくっ…
トントントントントン…
シャッシャッシャッ…
ぐつぐつ……
ジュウウゥゥゥ……
キッチンから聞こえてくる様々な音。貸した母のエプロンを着けた咲茉の後ろ姿。鼻歌なんか歌いながらテキパキと調理を進めていっている。
ブゥ〜〜ン……
ガガガガガガ……
こんな音のする調理器具なんて、我が家にあっただろうか?隼は一旦手を止めて咲茉のもとに行った。
「それ何だ?」
『ハンドブレンダーだよ。お借りしちゃった』
「こんなのあったんだな。初めて見たわ」
さっきの音はこれだったらしい。
『やってみる?』
「…ああ」
咲茉からブレンダーを受け取り、スイッチを入れて鍋の中を掻き混ぜる。結構な振動が手に伝わってくる。
『これであっという間にペースト状にできるの』
「いいな」
『お腹空いたよね。もう少しでできるから待っててね』
「ああ。ありがとな」
ブレンダーを咲茉に返して洗濯物畳みに戻る隼。
そこで、ふと気が付いた。今家に上げているのは、自分が好きになった相手だということに。しかも手料理を振る舞ってもらうというベタな展開。見慣れたエプロン姿に心臓が大暴れしていたのも、きっとこの状況のせいだろう。
少し経ち、キッチンからいい香りがしてきた。出汁と、玉子と香りだ。そこに醤油の香りも混ざっている。
『狼谷くん、鷹くん、お待たせ。できたよ』
「やった!おでえまねえちゃのとなりでたべるじょ!」
「先に手ぇ洗ってこい」
鷹が洗面所へと駆けていった。
『狼谷くん、どのくらい食べる?』
「…あー、自分でよそうわ」
『そっか。それがいいよね』
隼が食器棚から丼を3つ取り出す。そして鷹用の浅くて広い皿も。
「…いい匂いだな」
『うん。味はどうか分かんないけど』
4人分よそい、隼がそのうちの1つをお盆に乗せて母の寝室へ持って行った。
「にいぢゃ!はやくたべるじょ!」
「分かったから座れ。……ん、結城。箸」
『ありがとう。鷹くん、熱いからふーふーして食べてね』
3人で手を合わせる。
「『いただきます』」
「いただぎましゅ!」
くたくたに煮込まれたうどん。玉子を纏った人参と大根はぺらぺらだ。
「この切り方食べやすくていいな」
『うん。へろへろ人参と大根、お箸で掴みやすいよね。皮を剥いてそのままピーラーで削るの』
いいことを教えてもらった。ピーラーは皮を剥くだけではないのだと学んだ隼。
うどんに数回息を吹き掛けて口に運ぶ。
「!」
玉子のまろやかさと出汁の香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
「めちゃくちゃ美味い」
「おいじいじょ!」
『ほんと?よかった〜!』
咲茉が嬉しそうに笑った。鷹は苦手な人参もうどんと一緒に食べられている。
「これ、味付けは何使ったんだ?」
『ベースに、ニシマルのうどんスープ使って、あとはお砂糖とお醤油と味醂と、ちょっとだけ摺り下ろし生姜で味付けたよ 』
「へぇ」
言われてみると確かに、生姜の香りもする。
「マジで美味い。ありがとな」
『お口に合ってよかった』
向かいに座った咲茉が顔を綻ばせる。隼の心臓がまた大きく跳ねると同時に、胸の奥から温かいものが拡がっていくのを感じた。
隼と咲茉で後片付けをする。シンクに並んで食器を洗って、ふきんで拭いて、棚に仕舞う。
「うどん美味かった。ありがとな」
『よかった。こちらこそ残さず食べてくれてありがとう』
「いつから料理してたんだ?」
『施設に入ってからだね。私がいた所は、土日はお当番制でみんなのごはんを作ることになってたんだ。4人か5人のグループだったよ。始めはお兄ちゃんお姉ちゃんがいて色々教わってたけど、いつの間にか自分が下の子たちに教える立場になってた』
「そうか」
施設に入ってから、ということは6歳から料理をしていたということになる。あの手際のよさも納得だ。
「…料理するの、好きか?」
『うん、大好き。誰かの為に作るのも楽しいし、自分が作ったごはんを食べて、相手が“美味しい”って言ってくれるのが何より嬉しいの』
さすがに犀川さんみたいな豪華なのは作れないけどね、と咲茉が笑う。
『狼谷くん』
「ん?」
『これ、明日の朝にでも飲んでね』
見ると、小さめの鍋に作られたスープだった。隼はそこで、さっき少しだけブレンダーを使って鍋の中を掻き混ぜたのを思い出した。
『人参とじゃがいもと玉葱とかぼちゃと、あとベーコンも入ってるの。コンソメで味付けしてるけど、もし物足りなかったら追加で入れてね』
「さんきゅ。…今ちょっと飲んでみていいか?」
『うん』
小さい皿によそって口を付ける。
「…美味っ」
ついそんな言葉が出るくらい、美味しい野菜ポタージュだった。
『よかった。人参もかぼちゃも、免疫力を高める効果があるらしいから。狼谷先生にも飲ませてあげてね』
「分かった。…けど、美味すぎて味見でなくなりそうだ」
『ふふふ。それは大変』
「かーちゃ!」
鷹の声で振り向くと、食べ終えた食器の乗ったお盆を手にした母がダイニングに来ていた。
『あっ、先生。具合はどうですか?』
「うん、大分いいわ。ゆうぎさんのうどん、ほんどに美味じがっだ」
まだ声は枯れているし鼻声だが、食事前に比べると随分と顔色がよくなっている。
『よかったです。…先生、おうちの物色々と使わせていただきました』
「いいどよ。ほんどだすがっだわ。ありがどう」
『冷凍庫に、保存袋に入れたおかずがいくつかあるのでごはん作るのがきつい時は使ってくださいね。狼谷くんと鷹くんも好きな時に食べてね』
隼は冷凍庫を開けて驚いた。そこには5種類程の作り置きおかずが。咲茉はあの短い時間にうどんと、ポタージュと、更に別のメニューまで作って保存してくれたのだ。
「ほんっどにありがどう!こんな娘が欲しがっだわ」
体調不良のせいで涙脆くなっているのか、狼谷母が目を潤ませながら咲茉を抱き締めた。咲茉も嬉しそうに腕をまわしている。が、
「おい、風邪が感染んだろうが。離れろ」
と隼が容赦なく母を咲茉から引っぺがす。
『…それじゃ、私はそろそろお暇します』
「まだいだっしゃいね。はやど、おぐっでいっであげださい」
『いえっ、1人で帰れます!』
「危ねえだろ。送ってく。…おい鷹。お前は母さんがちゃんと寝てるか見張っとくんだぞ」
「うん!まかしぇろ!」
『狼谷くん、ありがとう。お邪魔しました』
咲茉と隼は鷹と母に見送られて玄関を後にした。
「今日はほんとにありがとな。マジで助かった。飯も美味かったし、作り置きまで。俺は料理できねえから尊敬するわ」
『お役に立てて何よりだよ』
星を見上げながら、夜道を並んで歩く。
『…あ、そういえば私、男の子のお家にお邪魔したの初めてだったかも』
「!」
洗濯物を畳みながら自分も考えていたことと似たような内容の咲茉の発言に、隼の心臓が大きく脈打ち始めた。
「……俺も、親戚以外で女が家に来たの初めてだった」
『そうなんだ。…楽しかったよ。お料理して一緒に食べて片付けも一緒にできて。多分、それは“狼谷くんと”だったからだと思う』
「!」
隣を歩く咲茉を見ると目が合った。そして照れたように笑っている。
「…それは…、よかった。鹿島ともたまに料理してんだろ。そっちも楽しそうだけど」
『うん、それは…、そうだね』
嬉しさと恥ずかしさを誤魔化すように言った隼の言葉に、咲茉が少し肩を竦めて笑った。
森ノ宮邸の前に着いた。また明日学校で会えるのに、咲茉と別れるのが名残惜しいと感じる隼。
『狼谷くん、送ってくれてありがとう』
「いや、こっちこそ。急に無理言って夕飯作ってもらって。……またゆっくり遊びに来いよ。…その…、鹿島や虎太郎も一緒に」
『うん!』
無意識のうちに、手が動いた。そっと咲茉の頬に触れる。冬の夜道を歩いたせいで冷たくなった白い頬は、想像以上に柔らかくてきめ細やかだった。
『……か…、狼谷くん…?』
「!」
ハッと我に返った隼。
「いや…、何か付いてたから… 」
隼は慌てて、本当は何もない咲茉の頬を指先でちょん、と払う仕草で誤魔化した。
『あ、そうなの?ありがとう』
「ん…」
そして今度は頭に手を置く。柔らかな、色素の薄い細い髪を数回撫でた。
『ふふっ。なんか狼谷くんの手、大きくてあったかくて安心する』
目を細めてふにゃりと笑う咲茉。
「…っ…!」
もうそろそろ心臓がもたない。
「…じゃあ、また明日な」
『うん、また明日ね。気を付けてね』
「ああ」
隼は咲茉が門の中に入ったのを見届けてから、もと来た道を走った。冷たい空気が火照った身体に心地いい。
俺は…、さっき結城に何をしようとした……?
そんな考えを振り払うように、隼は走るスピードを速めて自宅までの道を駆けていった。
つづく
コメント
1件
第25話、めっちゃあったかくなった…!🥺💕 エプロン姿の咲茉ちゃんがキッチンに立って、隼くんのドキドキがこっちまで伝わってきたよ〜!「へろへろ人参」の切り方とか、ハンドブレンダーでポタージュ作って冷凍保存までする神対応、心臓もたんて…😭✨ しかも最後、頬に触れそうになって誤魔化す隼くんの不器用さが尊すぎる…!!!もう次が待ち遠しいよ!!💖