テラーノベル
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冷蔵庫の明かりが眩しくて、目を細める。水でも飲もうかとキッチンに出たら、ソファにうずくまっている遥の姿が視界に入った。
「……まだ起きてんの」
呆れた声が自然と出た。
返事はない。ただのうつむいた影。
ほんと、よく飽きないな──と、心のどこかで思う。毎晩、誰かに殴られて、それでも潰れない。
だけど、それが腹立つのだ。
「……いい身分じゃん。深夜にソファでくつろいで、水まで飲んで」
背後から声をかけると、遥の肩がわずかに震えるのが見えた。
ああ、わかってる。おまえ、もう全部、知ってるんだよね。誰がどこをどう殴ったか、どこに力が入らないか、誰の靴の跡がどこにあるか──
それでも、反抗しない。いや、できないふりをしてるだけ。
「晃司? それとも父さん? ……どっちでもいいか。あんた、毎晩やられてるもんね」
わざとそう言う。舌の奥で笑いがこみ上げる。
それなのに──遥は反応しない。まるで、自分のことじゃないみたいな顔。
「話しかけんな」
低い、掠れた声。
──ああ、ほんとに変わったんだ。
あたしの知らないとこで、勝手に変わって。
誰にも喋れなかったくせに。泣きもせずに耐えてたくせに。
なのに今は、喋るし、目を逸らさないし、たまに睨み返してくる。
「中学までは犬みたいに黙ってたくせに」
冷蔵庫の中に置いてあった缶コーヒーを乱暴に開けて、一口飲んだ。
甘すぎて吐きそうだった。
……スマホが震えた。
ポケットに手を突っ込んで取り出す。
通知には、見慣れた名前。
〈日下部〉:今夜も殴られてる? “また”か。
ため息が漏れる。
どうせ軽口。全部見てるくせに、あいつは自分じゃ手を汚さない。
玲央菜が少しでも隙を見せたら、あいつは喜んで付け入ってくる。
〈玲央菜〉:なに、ヒマ?
〈日下部〉:ちょっと気になっただけ。
〈玲央菜〉:見てりゃわかるでしょ。あんた、そういうの得意じゃん。
〈日下部〉:あいつ、また喋った?
その一文に、眉がわずかに動く。
──やっぱり、見てたんだ。
スマホを裏返しにして、テーブルに置く。
今、返事を返す気分じゃない。
目の前の“弟”に向き直る。
「ほんと、つくづくムカつく」
吐き捨てるように言って、近づく。
「この程度で泣くなよ。……あんたのくせに、みっともない」
足音も立てずにその場を離れ、部屋へ戻る途中。
またスマホが震えた。
〈日下部〉:で、“どうする”?
玲央菜は立ち止まり、返事は打たなかった。
けれど──考えていた。
このまま黙ってて、何になる?
全部バラして、何か変わる?
部屋のドアを閉めた瞬間、舌打ちがこぼれた。
遥が壊れようが、反抗しようが、言葉を持とうが。
それを“誰が”一番知っているか、日下部は知っている。
でも──あたしは、それをどうしたいんだ?
わからないのが、いちばん腹が立つ。