僕は砂浜に立ち、ぼんやりと日が沈んでいくのを眺めていた。
夕日で海は眩しいほど輝いている。
写真に収めようかとスマホを手に取ったが、 カメラには何も映らかった。
「壊れたのかな」
仕方なくポケットにしまい、また海を眺める。
だんだんと夕日は沈み、世界がだんだんと暗闇に包まれていく。
「帰らないと」
そう思い、歩き出す。
街は不気味なほど静まり返っていた。
まるで、ここには誰もいないかのように。
「ただいま。海、いる? 」
帰宅するなりそう言ったが、返事はなくただ静かだった。
その日はいつも通りに過ごした。
1人ベッドに入り眠りにつく。
寝返りをうとうとして何かにぶつかり、目を擦る。
「なんだ、海か」
時刻は6時25分を指していてまだ起きる時間じゃないのに、目が覚めてしまった。
昨日は人の気配を感じない街に違和感を覚えたが、今は海が隣にいる。
安心と、ただ単純に傍にいるのが嬉しい。
海の髪に触れる。海の黄金色の髪は僕の髪質とは全然違い、柔らかくて少しうねっている。
頬をつまんで引っ張ると、眉を寄せ目を開けた。
僕は笑っておはようと言ったが、
「おやすみ」
海は寝返りをうち僕に背を向けて寝てしまった。
「もう朝だよ」
その言葉に返事はない。でも、多分まだ起きているだろう。
僕は後ろから海を抱きしめ、その胸に触れた。
ほんのイタズラのつもりだったが、あまりにも無反応すぎて火がついた。
「…っ……おい、やめろ」
手を捕まれ、阻止されてしまった。
「やだね」
その手を振りほどき、文句を言おうとするその口を塞いだ。
「ん…」
数分の間、そうしていた。口を離すと唾液が糸を引き、海の呼吸は少し乱れていた。
ここまでくると、海は抵抗をしなくなる。
これは僕の憶測でしかないが、行為自体は好きなんだろう。憶測ではあるが確信している。
海はめちゃくちゃ素直じゃないから一生そんなこと言わなそうだけど。
僕はほぼ無意識に海のズボンを放り投げた。
その陰部に触れると、声は聞こえずとも体がぴくりと反応した。
本当はするつもりなかったし、今日は仕事あるけど……ま、いっか。
後のことは後で考えよう
「…ん…」
あとは欲に溺れていくだけだ。
「結局仕事休んじゃったなー」
ベッドから出て服を着替えながら僕は独り言を呟いた。
「…どこで仕事してんの?」
まだベッドに横になったままの海が、そう問いかけてきた。
いつもの僕なら教えない、とでも言っただろうが今の僕は機嫌が良い。
「カフェだよ。波カフェって名前」
「ああ…なんだ、あそこか」
「知ってんの?」
驚き、僕は視線を向けた。
「隣に雑貨屋があるだろ。店主と友達で、たまにあの店に行くんだ」
確かに僕が働いているカフェの隣には雑貨屋があり、そこは外装から西洋風でとてもオシャレだ。
僕も何度か入ったことがあるし、カフェに来たお客さんもよくあの店に入っていくのを見かける。
「もしかして、海が作ったやつとか売ってんの?そういえば前はよく僕に置物とかくれたじゃん」
「うん。そろそろ俺は寝る」
「まだ会話の途中なんだけど」
「……」
僕の言葉を無視し、海は頭から布団を被った。
分かった。
口を滑らせそうになったから逃げたんだな。
機嫌が良くて情報を吐いてしまったのは海も同じようで、笑ってしまった。
気を取り直し、少し遅めの朝食を作ることにした。
翌日、僕はさっそく仕事に行くついでに雑貨屋に入ってみた。
店内に入った瞬間、正面に飾ってあるひとつの絵に目を奪われた。
海から朝日が昇っている絵が描かれていて、何故かずっと前に見た景色を思い出したのだ。
「その絵が気に入ったのかい?残念だが、その絵は非売品でね」
気がつけば隣に白い髭を生やした老人が立っていた。いかにも職人っぽい見た目をしている。
この人が店主なのは確かだろう。
「この絵は、私の友人が描いてくれたんだ。すごいだろう?」
自慢げに店主は言い、僕は頷く。
「その友人って金髪で緑の目をしてる?」
「なんだ、彼のことを知ってるのか。これは珍しい」
店主は驚いたような顔をしていた。僕もちょっとだけ老人が海を友人と言った事に驚いていた。
確かに気さくなところもあって友達は多そうだけど。
なんとなくまた別の絵が目に止まった。ここに置かれている絵は全て絵柄やタッチが似ていて同じ人が描いたものであるとすぐに分かった。
そのほとんどに青い海が描かれている。
芸術というものはよく分からないが、この絵が凄いことは分かる。
「私は何一つだって彼に勝てなかった」
「…?」
唐突な店主の言葉に首を傾げてしまう。
「私が小さい頃は彼に憧れていたよ。彼が描く世界はとても綺麗で、それでいて私に優しくて、色々な事を教えてくれた。でも、悟ったんだ。私がどれほど努力しても超えることはできないと」
店主は絵を瞳に写していた。過去の情熱がまだ冷めきっていないかのように、名残惜しむかのように。
彼、とは本当に海のことなんだろうか。子供の頃と言っていたが店主はもう結構な年に見える。
そう思っていると店主はまた話し出した。
「悔しいんだ。彼が私を選んでくれなかったことが。時の流れが何もかも流してしまったが、想いだけは消えないんだ。」
彼、とは僕の知っている海とは別の人ではないか。そうじゃないと辻褄が合わない。
それに、店主の言い方はちょっと引っかかっる。まるでその人を好きだと言ってるみたいだ。
「私にも永遠の命が欲しかった」
さっきから何を言っているのだろうか。だが、冗談には見えない。
目が合う。
ぼんやりとしていた店主の目が変わった。
「ああ…そうか。お前が 」
肩を捕まれ、店主の顔がグッと近づく。
店主は何故か異様な雰囲気を纏い、その目は真っ黒でただ恐ろしかった。
「あやくん!」
その時、背後から声が聞こえ店主は僕から手を離した。
ほっと息をつき、後ろを向くと男が立っていた。
それは紛れもない僕の兄だった。
「兄、ちゃん……!?」
「そうだよ。久しぶり、あやくん!」
兄が、嬉しそうな顔で固まったままの僕を抱きしめた。
もう状況が上手く読み込めない。
「…あ!すみません」
兄が店主に気がついたのか、僕から離れ軽く頭を下げた。
「お久しぶりです、須藤さん」
「ああ」
僕はこっそりと「知り合いなの?」と兄に聞くと兄が主演の映画の物語を書いた人物、だと教えてくれた。
パチリと、また店主と目が合った。店主は兄に穏やかな表情を向けていたが、こちらを見たかと思うと鋭い目つきをした。
怖っ。
「はやくここから出ようよ」
「え?分かったよ」
不思議そうな顔をした兄を半ば引っ張りながら店を出る。
「なんか僕、あの人に嫌われたかも」
先程の店主の、憎悪に満ちたあの目を思いだし鳥肌が立った。
「それはないんじゃないか?温厚で誰かを嫌ったりする人じゃないけどな」
「いやいや…」
たしかに、兄ちゃんを見ているときは優しそうだったけど。
本当に海はあの店主と友達なんだろうか。
…後で聞いてみよう。
「あ!仕事があるんだった」
僕は時間を大幅遅刻している事に気がついた。
まずい、穂波にしばかれる。
僕は仕事に行くと言うと、兄も仕事に戻ると言っていた。
仕事の合間に会いに来てくれた兄に、今までのことが申し訳なくなった。
午後になり客足がだいぶ減った頃、海が店に来た。
席につき、海は何を頼むかメニューを見て優柔不断になっていたから勝手に僕がカフェオレを注文した。
余裕があったから、サンドイッチもおまけしてあげた。
海の正面に座り、頬杖をつく。
僕はさき程の雑貨屋の話をした。
「なんか目が会ったかと思ったら急に目つき変わったんだよ。兄ちゃんが来たから何もなかったけど、あの目は…」
あの目を、1度だけ過去にも見た事がある。
高校生の頃、道路に僕を突き飛ばしたあの時の高田の目も同じ色をしていた。
「少し、考えさせてくれ」
海はそう言って黙り込んだ。
僕も何も言う気にもなれず、嫌な感じが胸を覆った。
「2人して暗い顔して、どうかしたの?」
コトン、と穂波が僕の前にコーヒーを置いた。
「ありがと。隣の雑貨屋の店主がやばいって話」
「え、須藤さんだよね?すごく優しいよ。たまに意味わかない事言うけど、私が小さい頃から良くしてもらってるもん」
「…僕その人に嫌われてるっぽいんだけど 」
「須藤さんに嫌われたの?あはは!綾くんの顔がカッコイイから怒ったんじゃない?」
「理不尽な。兄ちゃん見ても怒らなかったよ」
僕が穂波に反論していると、海が席を立った。
「分かった」
「え?」
僕と穂波がほぼ同時にそう言うと、海は僕を見て言った。
「店主が綾を嫌う理由がわかった。もうあの店には近づかない方がいい。あいつ、割とヤバいとこあるからな」
そこまで話すとサンドイッチを口に詰め込み、カフェオレを飲み干した海はポケットから1万円札を取り出し机の上に置いた。
「…細かいのを今持ってないんだ。釣りはいらない。それじゃ」
そう言い残し、颯爽と店を出て行ってしまった。店主が僕を嫌う理由が何か聞きたかったが完全にタイミングを逃してしまった。
「綾くん、あの人お金持ちなの?頼んでたのカフェオレだけだよね?320円しかないのに1万円て…」
「さあ…」
それに、財布じゃなくてポケットにそのままお金入れてるみたいだったし。
「謎を減らそうとしたらもっと謎が増えた」
「よくわかんないけど、しっかりしてよね」
穂波が僕の背中を強く叩いた。女の子が出せる力だと到底思えない。
「あははっ。ほら仕事仕事」
穂波につられて僕も笑い、そのまま仕事を再開した。
コメント
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え、待って。永遠の命…?こっちまで考えさせられる…でも、途中良いシーンはあったわ。マジで小説化してほしい