テラーノベル
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第1話:「赤いコートの右腕」 イタリア・ヴァルセーノ。 観光都市と呼ぶには、路地裏に血と煙の匂いが染みつきすぎている。
俺はその日も地下カジノで、最後の500ユーロ札を賭けていた。
テーブルの向こうには、赤いコートを羽織った男が座っていた。
——Get。
ロングの金髪に、西洋の彫刻みたいな横顔。
赤いフェドラ帽を軽く傾け、黒いスーツの袖に指輪を滑らせている。
サングラス越しでもわかる。こいつは何かを“見て”いた。
「お前、ずいぶん無茶な賭け方するんだな」
そう言った彼の声は、思ったより優しかった。
だが俺の手札は……クソだった。
「どうせ俺の命、安くねえしな」
カードが配られ、勝負は数秒で決した。
俺の負け。財布は空、命の値段も底を突いた。
だがそのとき、Getはゆっくりと立ち上がると、俺の肩に手を置いた。
「命の代わりに、一つだけ選ばせてやる」
振り返ると、彼は笑っていた。
その笑みは慈悲か、それとも地獄の招待状か——わからない。
「使い道、あると思うんだよ。お前には」
◆
その日、俺はカジノから連れ出され、真夜中の屋敷に連れて行かれた。
古びた大理石の廊下、冷たい空気。
中庭には銃声も聞こえたが、誰も慌てない。
「着いたよ、“アルタリア”へようこそ」
Getが案内した先には、一人の男が立っていた。
黒いロングコートに、赤い糸で目を縫ったサングラスの男——Town。
「彼はボスだ」
Townは何も言わなかった。ただ、俺の前でじっと立っていた。
目が見えていないはずなのに、まるで心の奥を覗き込まれているようだった。
彼のそばには、もう一人。フェドラ帽に丸ぶちの青サングラスの男——Dill。
静かに言葉を挟んだ。
「拾い犬か。……なら、鎖をつける前に“牙”は確かめるべきですね」
「言いすぎだよ、Dill。こいつには……俺が興味あるだけだ」
Getがそう言うと、Townが小さく頷いた。
「……面白い」
その一言で、俺の命の値段は変わった。
ギャンブラーから、マフィアの“飼い犬”へ。
◆
その夜、部屋に戻ろうとすると、廊下で小柄な男とすれ違った。
帽子のつばを深くかぶり、白い手袋をしている。
「君、ボスと会った?」
「ああ」
「……そう」
男は鼻をすんと鳴らし、俺のジャケットをじっと見た。
その視線の理由がわかったのは、翌日——
自分のジャケットから、かすかにタウンの香水が移っていたことに気づいた時だった。
彼の名前はMiri。
可愛らしい見た目とは裏腹に、「ボスの匂いがついたもの」に異常な執着を見せる狂信者だった。
◆
あの日から、俺の命は“計算”で生かされ、
“嗜好”で観察され、
“好奇心”で抱えられた。
Getは今でも言う。
「なあ、恋人じゃない。けど……お前がいないとつまらないんだよ、俺」
どこまでも曖昧で、どこまでも濃厚な世界。
ここはアルタリア。
沈黙と猥談で支配された国。
今の俺はその中で、ただ、まだ“使い道”を探されているだけ。
——【第1話・了】——
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Dr.発見