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流石に持っている霊力のケタが違う。
ワシは祈祷で長時間家族と接しておったから気付けたのだが、時雨は出て来た途端に、目測で旦那の雨量を見切りおった。
ワシが、「では、治療は控え室で…」と別室での治療を勧めたが、時雨は「ここで大丈夫です」と言ったので驚いた。
雨祓いの外道だとは聞いておったが、それでも、白川流霊枢治療の雨祓いが門外不出の秘伝で有ることに変わりはない。
それを、人前で行うというのか…
白川流の宗家、白川驟雨が聞けば仰天するような行いであろう。
すると時雨は、ワシの驚きを無視して、胡床に腰掛けた妻の着物の衿をサッと抜き、うなじを大きく広げたのだ。
旦那の方も、ジャケットを着たままでネクタイを緩めると、カッターシャツの後ろ襟を引いて、妻と同じようにうなじを大きく広げる。
それを見たワシは、年甲斐も無く何だかワクワクしてきた。
何せ、白川家以外の人間で、白川流霊枢治療の秘伝「雨祓い」を最初に見学できるのだ。
ワクワクしない方がおかしい。
そして、巫女の格好をした折原詩織が、拝殿の電気を全て消してから、家族の背後で香を焚き始める。
確か、雨を引き寄せる雨香(うこう)と呼ばれる香であったと思う。
最初、詩織が赤と白の巫女装束が着てみたいと言うた時は、ワシが「芝居小屋の役者じゃあるまいし私服で問題ない」と言うたのに、「今回のアイディアを出したのは私なのだから、それぐらいのワガママは聞いてくれても良いでしょう。このケチ宮司…」と駄々を捏ねたので、ワシが仕方なく巫女装束を用意する羽目になったのだ。
ただ、馬子にも衣装とはよく言ったもので、顔立ちの整った詩織には、巫女装束が何とも良く似合っておった。
そんな、つまらんことを思い出している内に、夫婦のアルコール消毒を終えた詩織が、幼い娘を腕に抱えて、こうべを垂れた夫婦から離れた胡床に腰を下ろす。
詩織も雨祓いを初めて見るのだろう。
莉子を抱えたまま、じっと時雨の動きに注目している。
しかし、ワシが視線を詩織から時雨に移すと、既に二本の雨(う)が夫婦の背中に通っていた。
噂では、菅鍼法を用いる鍼治療とは異なり、撚鍼法を用いて雨(う)を通すと聞いていたので、もう少し時間が掛かると思っていたのだが、実際には、目にも止まらぬ早業で雨(う)を通している。
次に、時雨が雨(あめ)を引き寄せる呪い詞(まじないことば)を唱え始めたのだが、ワシにはその詞(ことば)の意味が全く理解できなかった。
祝詞(のりと)や祓詞(はらえことば)ではない。
密教の陀羅尼(だらに)に近い気がする。
そして、ワシは時雨の両手が軽く印を結んでいるのを見逃さなかった。
見たことのない印だが、これで、失われたはずの黄帝内経を白川家に伝えたのが、空海であったという噂の信憑性は俄然高まった気がする。
すると、二本の雨(う)の雨柄(うへい)から液体のような重い霧が吹き出してきた。
そして、時雨が両手を使い、雨(あめ)を迎えるのとは別の印を結ぶと、吹き出た二本の白い霧が合流して一本の太い霧になる。
更に、その巨大な雨はまるで自らの行き場を探し求めるように、空中でクルクルと大きな円を描き始めたのだ。
それは、禍々しくも美しい光景だった。
しかし、次の瞬間、ワシは我が目を疑うことになる。
井野匠
さくらぶ
27,672
そのクルクルと舞う大量の雨に顔を近づけた時雨が、大きな深呼吸をする要領で、その大量の雨を吸い込み始めたのだ。
ワシは思わず、「な、何をするつもりじゃあ!」と大声で叫んでいた。
ワシの怒鳴り声に、夫婦が何の反応も示さないところを見ると意識を失っているのだろう。
その雨を全て吸い込み終えた時雨は、苦悶の表情を浮かべながら身体を大きく後ろにのけ反らせる。
その反応から、ワシは時雨が耐えているであろう苦痛の大きさを知った。
時雨は、弓なりの状態でしばらく震えていたが、その激痛に耐え抜くと身体を前のめりに倒して大きな溜息を吐き出した。
そして、能天気にも「やっぱり、ちょっと量が多すぎたな…」と呟いたので、ワシはその言葉を無視して時雨に詰め寄った。
「どういうつもりじゃあ!
雨を焼き祓わずに自らに取り込むとは…
死にたいのか!」
すると、微笑みを浮かべた時雨が、「大丈夫です」と言ってから、「雨に取り込まれたりはしませんよ。それよりも、彼らの苦しみや悲しみに寄り添いたいのです」と呟いたのだ。
な、何ということだ…
雨祓いの外道で、邪法だと聞いておったが、これのどこが邪(よこしま)だというのか。
それどころか、慈愛に満ちた良法ではないか。
自らの危険を顧みず、他人の苦しみや悲しみに寄り添って、その苦しみや悲しみを自らの痛みで癒そうとしている。
ああ、この男は本物なのだ。
他の人間とは格が違う。
この行いが、外道だ邪法だと言うのであれば、ワシは神社の宮司など辞めねばならぬ。
ただ、この治療が強者にのみ許されているので、それが出来ない普通の人間どもが、負け惜しみに、外道だ邪法だと騒いでいるだけなのだ。
普通の人間なら、とっくの昔に死んでおる。
所詮は負け犬の遠吠えなのだ。
しかし、どこの世界でも絶対強者は孤独になってしまう。
頂上を極めし者は、共感できる人間も、助けてくれる友もおらず、ただ、己れの力だけを頼りに、道なき道を進まなければならないのだ。
そして、時雨のように強き力を持ちながらも、弱き者に寄り添える者など、おるようで滅多におらぬ。
稀有(けう)な存在とは、その存在が稀有であればあるほど、恐れられ、叩かれる運命なのだ。
巨大な白川家と反目する時雨の将来が心配だが、この若者を絶対に死なせてはならないと強く思った。