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Lyric Story ~ST~

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Lyric Story ~ST~

20 - ってあなた episode 1

♥

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2023年01月20日

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〈ストーリー〉


※MVの設定を拝借します。また、多少の筆者の想像も含みます。


まだ息も整わないうちに、彼女は帰り支度を始める。決まって帰るのは彼女のほうが先だ。

服を着て乱れたベッドシーツを直す。

一体何のためにこんなことをしているのか、自分自身でもわからない。

ホテルの一室でたった二人。何を彼女に与えているのか。

壁時計を見上げると、その針は午後9時半を指している。来てから2時間ほどが経っていた。

鞄を持ってまさに出ようとしていた彼女を、「ねぇ」と短く呼び止める。

「俺なんてさ、居なくていいって思ってんじゃない?」

立ち止まったまま、振り返ることはない。

ベッドのふちに座って答えを待つ。

くるりと顔をこちらに向けると、勝ち気で僕よりも切れ長の目と視線が合った。

唇の端に、少しだけ笑みを浮かべただけだった。

僕は無表情を貫いたまま、その瞳を見つめて真意を汲み取ろうとした。

でも、まるでブラックホールのような漆黒のそれには何の感情も映していなかった。

彼女はゆっくりと歩み寄ってくる。僕の首筋に手が触れる。

愛で満ちたように優しく撫でるその指先も、冷たくてぞっとする。

そうだ、この愛情だって嘘偽りなんだ。

ずるい。僕にだけ火をつけておいて、彼女のほうはすっかり消え去っている。

そして鞄から小さな紙切れを出し、僕のシャツの胸ポケットに入れた。

「私のいないところで読んで」

そう告げると、出て行こうとする。とっさに口が動いた。

「待って」

かすれた声だった。ひとつ咳払いをし、

「……送っていってくれないか」

そんなことを頼むのは、初めてのことだ。いつもタクシーで帰っていて、彼女は自分の車だ。

彼女は黙っている。逡巡しているのかもしれない。

「地下のA。用意ができたら来て」

踵を返し、ドアの向こうに消えた。

重い腰を上げ、上着と鞄を持って靴を履く。忘れ物がないか確認して、電気を切った。


キーをフロントに返し、エレベーターで地下駐車場の階まで降りると、伝えられた通りAゾーンに彼女のビートルを見つけた。

すでに運転席に座っている。助手席に乗り込んだ。

「途中まででいいから」

彼女は何も言わずにうなずき、車を発進させた。

地上へ出ると、雨が降っていた。濡れゆく窓ガラスを漫然と見つめる。

彼女との出会いはSNSを通じてだった。だから、最初からそんなに本気ではなかったのかもしれない。

実際、最近はほとんど身体だけの関係だった。

でもこんなことになるなら、やらなければよかった。

彼女に渡してしまった時間は、もう返してくれやしない。ヨリなんて、きっと戻らない。いや、絶対。

なのに僕だけ諦められないのはなぜだ。

隣の彼女を見てみるが、運転に集中していてこちらを向く気配は微塵もない。

こうなれば、こっちから切ってやりたかった。でもすぐに別れたいわけでもないから、すがってしまう。

そんなの笑えないな、と自分でも思った。大人げないというか情けない。

でもきっと、終わりはもうすぐやってくる。

そんな時の行方は見えそうなのに、結末を知りたくない気もする。

また車窓の外へ視線を戻すと、相変わらず住宅街が流れていく。一体どこに行こうとしているのだろうか。

もうこのまま、あやふやで虚ろなまま暗い夜に溶けて消えてしまいたい…そう願った。


続く

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