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雨がだんだん強まってきた。
そして僕の自宅ももうすぐ。
このまま何も会話もなしに帰るのかな、と思ったとき、運転席の彼女が口を開いた。
「別れましょう」
は、と間の抜けた声が出た。どういうこと、と尋ねる前に先をいかれる。
「そのままの意味。もう会わない」
心が動揺で揺らぐ。目が泳いでいるのが、自分でもわかった。
ちょっと待って、もうちょっとだけ。
今日だって、もう少しあなたといたくて車に乗った。
せめて会うだけでも……。
そんな抗議の言葉も、声にならない。
気づけば頬に涙が伝う。見せまいとうつむいた。
双眸から溢れる涙の粒は、まるで寂しさの塊みたいだ。
やがて、一台も車の停まっていない駐車場に着いた。どうやらここで降ろされるらしい。
そういえば傘を持っていないことに気がついた。彼女のものを借りるわけにもいかず、そのままドアを開ける。
無言で背を向けようとしたとき、僕の乗っていた助手席側の窓が開く。
「誰の所為だと思ってるの」
え、と振り返る。
そんなこと、どうでもいいじゃないか。わからずじまいでも別にいい、そう思った。
「誰の所為って……」
あなた、そんな3文字すら口に出せなくてもどかしい。
ただ髪と服が濡れていく。その代わり、涙も雨に隠れた。
彼女は車の窓を閉めると、すぐに走り去っていった。それをただ呆然と見送るしかなかった。
肩を落として踵を返しかけ、はたと立ち止まる。
シャツのポケットをまさぐる。彼女が入れた小さなメモ用紙を取り出した。
4つ折りのそれをそっと開く。
『好きだった』
文面を凝視する。いつもの彼女の字より丁寧な筆致だった。
今までずっと、僕なんかには愛情は向けられていないと思っていた。
だから冷たい態度をとっていた。
でもその手紙には、その考えと正反対の言葉。
「誰の所為」という先ほどの言葉もリフレインする。
そうか、自分の思い込みで彼女の気持ちに蓋をしていたんだ。
涙なのか雨なのか、紙がにじんていく。
顔を上げ、車が行った方向を見る。当然、彼女はもういない。
やりどころのない後悔や自分への怒りが込み上げてきて、膝から崩れ落ちた。
冷雨の駐車場で一人むせび泣く。
過去形でもいい、好きなら直接言ってほしかった。
あの声を、僕の耳で聞きたかった。
もうどうすることもできないのに。
また彼女に一歩先を行かれた。いつだって、僕は弱くて後ろをついていくだけだ。
悲痛な叫びは、闇夜に虚しく消えていった。
空も変わらず泣いていた。
終わり