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「ええーっ、意地悪な質問しないで下さいよ。光貴と白斗では、比べる次元が違います」
「強いて言うならば、で結構です」
新藤さんはさらに聞いてくる。
「え…っと、どちらかと言われれば、白斗?」
光貴が聞いたら怒るだろうな。
でも、私の中で白斗はアイドルみたいなものだから。現実の男じゃないし、いいよね。推しだから。推し。
「もおっ、新藤さん。答えにくい質問は止めて下さいよ。人間の男性だと、光貴が一番です」
とりあえず誤魔化した。ちらっと横目で見ると、新藤さんはクスクス笑っていた。
今の、笑うトコなの?
新藤さんのツボは、よくわからない。
「すみません、笑ってしまって」
そう言いながらも、新藤さんは楽しそうに笑っていた。
わちゃわちゃしたやり取りをしていると、ようやく曲が掛かり、聴いたことが無いRBの曲が車内に流れた。ギターのカッティングから始まる、粗削りな若い音。音質も相当悪いもので、お世辞にもいいクオリティとは言えなかった。
ただ、白斗の歌が入ると曲が引き締まる。わぁ、声が若い。そして歌が巧い!
「微妙でしょう」
「えっ、あ、いえまあ…」
「遠慮しなくていいですよ。正直このようなクオリティの曲では、売れません。RBが劇的に変わったのは、白斗が本格加入して、彼が作詞作曲を手掛けるようになってからです。それまで人気はさっぱりでしたから」
「そうですか。お詳しいのですね」
「インディーズの頃から知っていますからね」
RBを深く知る人と知り合えたなんて、私はなんてラッキーなんだろう!
「あ、律さん。到着いたしました」
曲のラストで車が路肩に止められた。景色を見ると、見慣れた自分のマンションの入り口前だった。エンジンが切られたから、自動的にカーステレオも途切れ、白斗の歌も消えてしまった。
「あぁ…」
思わず切ない溜息が出た。
「新藤さん、この音源、ダビングする事はできませんか?」
無理を承知でお願いしてみた。どんなに音質が悪かろうが、白斗の歌には変わりない。もう二度と新しい曲を聴くことは叶わないと思っていたのに、こんな形で私の知らない白斗の曲を耳にする事ができたのは、本当に嬉しい限りだ。
「申し訳ないのですが、このカーステレオ、アウトプットの利きが悪く、出力が出来ないのです。音源の取り込みしか出来ないのです。元の音源データは私ではなく、剣が貸してくれたものなので、私は持っていないので、この車に乗らないと聴けないのです」
そんな…。軽い絶望感を覚えた。
「わかりました。そうしたら、絶対また車に乗せて下さいね。音源の続き、聴かせて下さい!」
「かしこまりました。でも、その前に体調をしっかりと整えて下さいね。無理はなさらないように」
「はい」
なにがなんでもな治さなきゃ。早く元気になって、また新藤さんとライブを見に行きたい。もし行くのであれば、今日みたいな光貴のライブがいいな。
「では、律さんの体調が戻られたら、ライブを見に行った後、飲みに行きましょうか。あ、でも飲みになると、車に乗れませんね」
新藤さんが笑った。
彼が笑うと、何故か心が苦しくなる。ドキドキしてしまう。
これは…非常にまずい。
新藤さんと親密になりすぎている気がするけれど、RBオタクの私にしたら、コアな話ができる存在は非常にありがたいものだ。自分の知らないRBの世界が、新藤さんを通じて目の前にある。その魅力には抗えない。
「本当に、今日はありがとうございました。音源また聴かせてくださいね」
車を降りて新藤さんに頭を下げると、猛烈な吐き気が身体を襲い、ぐらりと身体が傾いた。
「律さん!」
新藤さんが駆け寄って、慌てて私の身体を支えてくれた。
近い。新藤さんが近くにいて、私の肩を抱きしめてくれている。
彼の愛用している男性用のコロンの香りが鼻腔を掠めた。
ドキン
心拍数が上昇する。
あれっ。なんで。収まれ心臓。ドキドキしたらだめ。
私は光貴と結婚していて、光貴だけが好きなのに。
スーツに眼鏡というアイテムが、私のオタクポイントを押さえるからドキドキするのはセーフだけれど、それ以外で新藤さんに心を揺らすのはルール違反だ。
このまま崩れ落ちると思ったので、新藤さんの肩にしがみついて体制を保った。すると、すくうように下からかき抱かれ、再び車に乗せられた。
「律さん、無理せず病院へ行きましょう! 付き添いますから!」
慌てた様子の新藤さんが、近くにある総合病院へと車を走らせてくれた。
エンジンがかけられたので、先ほどの曲の最後のサビが、再びカーステレオから流れ出した。なにも今すぐ約束を果たさなくても――残念に思う資格はないのに、なぜかそう思ってしまった。
それにしても、私の身体は一体どうしてしまったんだろう。