テラーノベル
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翠子の家にやってきた。都内の一等地にある豪邸。四井家と変わらない豪華さだ。はっきり言って僕は好きじゃない。出来損ないの御曹司(ぼく)には、肩が凝る世界だから。
「翠子」
応接室に現れた翠子を睨みつけた。「僕の部屋から持ち出した婚姻届、返してくれる?」
「なんのことですの」
「僕がなにも仕掛けていないとでも思った? 君の犯行はバッチリ映っているよ」
部屋になにか細工をされた時のことを考え、仕込んでおいたカメラの映像が役に立つ。彼女が犯行に及ぶ姿がしっかり映っていた。
「部屋を隠し撮りしていたのですの!?」
翠子は目を吊り上げて怒った。「盗撮ですわよ!」
「だったらそっちは窃盗罪だろう。返せよ、僕の婚姻届!」
「もう捨てました」
「は!? 捨てたって…人の部屋に無理やり入って、泥棒するのが令嬢なの? どうかしているよ!」
彼女と話していると頭痛がしそうだ。
「お父さんを呼んでくれ」
「お父様はこちらにおりませんわ」
「だったら銀行(お父さんの勤務先)に行くまでだ。もういい」
僕は立ち上がった。彼女と話していても埒があかない。
「ちょ……睦月様! やめてくださいっ」
「やめてほしかったら婚姻届返して」
手を差し出すと、翠子が怒り出した。
「どうして……どうしてですのっ!? あんな年増の庶民女、睦月様には似合いませんわ!!」
「彼女のこと悪く言うのやめてくれるかな。僕が世界でいちばん愛している人なんだ」
翠子は顔を歪ませて俯いた。
「どうして……どうしてあんな人を……私の方が身分も全て、睦月様に相応しいのに!」
その言葉にため息をついた。
「前から言っていると思うけど。彼女は僕の恩人なんだ。小学生の時からずっと好きで、好きで、再会してまた好きになった。心が躍るのも、一生を添い遂げたいのも、僕の中では高梨佑里香さんただひとりなんだ。だから、翠子の気持ちには応えられない」
「……」
「婚姻届、捨てたのなら別にまた書くからもういいよ。あと、半年くらい前からチンピラ使って佑里香さんの店、営業妨害していたよね? 小平も使ってさ。調べはついてる」
「睦月様……」
「覚えておいて。佑里香さんを傷つけたら許さない。僕の全力で闘うから。翠子はやりすぎた。これから手を打つから覚悟しておいてね」
話はそれだけだから、と一方的に告げ、退席しようとした時、翠子に呼び止められた。
「持ち出した書類、お返ししますわ」
翠子が執事を呼び出し、見覚えのある封筒を持ってこさせた。まだ捨ててなかったんだ。嘘つきめ。信用ならないな。
「お持ち帰りあそばせ」
「言われなくても」
老執事から封筒を受け取り、スーツの懐にしまった。
また書けばいいと言ったけれど、先生と再会した時に書いた書類だ。できればこの婚姻届を役所に出したいと思っていたから、手元に戻ってきて嬉しい。
翠子には目もくれず、僕は湯川家を後にした。駐車場で待っていてくれている潤が迎えてくれた。
「お疲れ。取り返せたか?」
「うん。バッチリ」
僕は潤に封筒を見せた。
「中身確認しとけよ。あのご令嬢だと中身すり替えとかあり得るからな」
確かに、と思って封筒を開けてみたけれど、まぎれもなく本物だった。
「中身は問題なかった。あと、翠子をバッサリ振ってきたよ」
「いい心がけだ。優柔不断は相手に失礼だしな」
「気持ちがないのに応えられないよ」
「気持ちがないのに応えられる男もいるんだが」
「僕は違うよ」
「知ってる。翠子をつまみ食いできるような男だったら、奥さんに対しても苦労しないだろ」
「つまみ食いってなんだよ。翠子なんか食べてもおいしくないだろ。比喩表現おかしいって」
「…」
あれ。潤が黙ってしまった。
「そうだな。うん、食べてもうまくないな。睦月の言う通りだ」
硬い表情で言うので、頷いておいた。
「ところで睦月。おすすめしたシチュボは買ったのか?」
「は!? えっ、あ……ああいやその……ッ……」
能面みたいに固くなっていた潤の表情が崩れた。
「買ったんだな?」ニヤニヤしながら聞かれた。
「~~~~~……買った」
買ったけれども、まだ少ししか聴けていない。肝心の本番シーンを聴くのには勇気がいるんだ!
「しっかり聴いて勉強しろよ」
「で、でも、月弥は初めてなんだろ? 僕の参考になるのか……まだわかんないし……」
「内容バッチリ把握してるな」
「~~~~ッ……」
「で、聴いてどう思った? 羨ましいだろ? あのシチュボの男が」
「……羨ましい。僕も、先生とシたい」
ここで隠してもしょうがないと思い、潤に打ち明けた。
「そう。まずは自分の気持ちを認めて、素直な気持ちを相手に伝える。これがいちばんだ」
「そうだね」
勇気が持てないとか、ぐじゃぐじゃ言う前に実践しろって話だよね。株だって買わなきゃ儲からないし始まらない。損失を怖がってばかりいたら、結局相場に乗り遅れる。恋愛も一緒なのだとなんとなくわかってきた。
”やってみなきゃ 始まらない” って。
「シチュボのことだけど、とにかく最後まで聴いて、参考にできるところはどんどん取り入れろ。チャートと一緒で参考になる指標を考えながら実践に取り組むのが大切だ」
「うん。わかる」
「素直でいいな。その気持ちをまっすぐ奥さんに伝えるだけでうまくいくと思うぜ」
「頑張ってみる」
まだまだ恋愛初心者だけれども、まずは頑張ってみよう。それが大切なんだ。
コメント
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うおお、翠子にバッサリ切り捨てたシーンがかっこよすぎた!「世界でいちばん愛している人」って断言するところ、ガチで惚れるわ。しかも営業妨害のことまで調べ上げてるのが冷静で怖いし頼もしい。潤との掛け合いもテンポ良くて、シチュボの話で照れる睦月が可愛かったw「やってみなきゃ始まらない」って最終的な着地もグッときた。次も絶対読む🔥