テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
それからも、たくとは変わらずBARに通い続けた。
最初の頃みたいに“目的がある顔”じゃなくて、もう少し自然に、当たり前みたいにドアを開けるようになっていた。
「こんばんは」
軽く手を上げると、カウンターの奥でりゅうきが顔を上げる。
「たくとさん、お疲れ様です」
いつも通りの敬語。 いつも通りの距離。
それでも、その“いつも通り”がたくとには少しずつ変わって見えていた。
今日は、話せるかな。
そう思ってカウンターに向かおうとした、その瞬間。
「たくとさん」
やわらかい声と同時に、店長が自然に間に入った。
「今日は混んでるから、こっち来てくれる?」
にこやかなのに、絶妙に通さない圧。
「あー……了解です」
たくとは苦笑いしながら、引き下がるしかない。
店長は変わらずりゅうきのすぐ近くに立ち、さりげなく視線を遮るようにしていた。
りゅうきはそれに気づいているのかいないのか、いつも通りグラスを拭いているだけ。
その横顔を見ながら、たくとは小さく息を吐いた。
(ほんと、ガード固いなぁ)
それからも、何度も通った。
一度だけじゃない。二度でもない。
気づけばそれが“習慣”みたいになっていた。
そしてある日。
いつものように店に入ったたくとは、少しだけ違和感に気づく。
店長が、いない。
代わりに、りゅうきがカウンターの中に一人で立っていた。
「……あれ」
思わず声が漏れる。
りゅうきが顔を上げる。
「たくとさん。こんばんは」
そのまま、何事もなかったようにグラスを拭く。
たくとは一瞬だけ周りを見たあと、軽く笑った。
「店長いないんだ」
「今日は別の店舗の方に行ってます」
「へぇ……珍しい」
その言葉のあと、たくとはまっすぐカウンターに近づいた。
今なら、誰も間に入らない。
けれど、焦りはない。
もう前みたいに“隙を狙う”感じじゃなかった。
「りゅうきくん」
「はい」
「ちょっとだけ、いい?」
りゅうきは少しだけ手を止めて、視線を上げる。
その目が、ちゃんとこちらを見ていた。
「はい。大丈夫です」
その夜は、前よりも静かだった。
お客はいるのに、二人の間だけ少しだけ空気が違う。
たくとはカウンターに軽く肘をついて、グラスを揺らしながら言う。
「店長、もうあんまり邪魔してこないね」
「……そうですね」
りゅうきは淡々と答える。
「最初はすごかったのに」
「僕のこと、すごく守ってくれてるんだと思います」
その言葉に、たくとは少しだけ目を細めた。
「守られてる自覚あるんだ笑」
「はい。ありがたいことに、笑」
りゅうきはそう言って、少しだけ笑った。
でもその笑い方は、どこか他人事みたいだった。
たくとはその表情を見て、ふっと息を吐く。
「でもさ」
「はい?」
「俺のことは、まだ警戒してる?」
りゅうきは一瞬だけ止まった。
グラスを拭く手が、ほんの少し遅れる。
「……警戒というか」
言葉を選ぶように、視線を落とす。
「たくとさんは、優しい人だと思います」
「うん」
「でも、遊び人っていうのは……事実ですよね」
そのまっすぐな言葉に、たくとは一瞬だけ黙った。
否定も肯定も、できる。
でもどちらも違う気がした。
「昔はね」
たくとは軽く笑った。
店の閉店時間が近づく頃
たくとは帰る準備をしながら、ふと振り返る。
りゅうきはまだカウンターの中で仕事をしている。
「りゅうきくん」
「はい」
「また来るね」
「……はい。お待ちしてます」
その言葉はいつも通りのはずなのに、少しだけ柔らかく聞こえた。
たくとは小さく笑って店を出る。
外の空気は少し冷たくて、でも嫌じゃない。
(まだ、途中だな)
そう思いながら、ポケットの中のスマホを軽く握った。
コメント
1件
ああ、このエピソード、すごく好きです……! 店長の絶妙なガードの固さと、それでも少しずつ距離が縮まっていく感じが、じわじわ来ましたね。特に「りゅうきくん」と呼びかけるときのたくとさんの、焦りのない自然な優しさが印象的でした。りゅうきくんが「遊び人っていうのは事実ですよね」ってまっすぐ言うところ、胸がぎゅっとなりました。まだ途中、これからどうなるんだろう……続きが気になります!
🆖
88