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誰も知らない、高嶺の花の裏側2
第96話 〚触れられない壁〛(恒一視点)
おかしい。
恒一は、教室の端から澪の背中を見ながら、何度目かの違和感を噛み締めていた。
距離は、ある。
物理的には。
数メートルも離れていない。
話そうと思えば話せる。
声をかければ、振り向かせることだってできる。
——それなのに。
(……近づけない)
理由が、分からない。
前みたいに、澪の周りの空気が乱れていない。
不安定さも、怯えも、予知に縋る気配もない。
むしろ、静かだ。
それが、気に食わなかった。
(何かしたか?俺は)
恒一は記憶を辿る。
何かを仕掛けたわけじゃない。
言葉も、行動も、あえて控えていた。
“何もしない”という選択。
それは、澪を揺らすためのはずだった。
不安にさせ、考えさせ、
自分の方を見させるための。
なのに。
(……違う)
澪は、揺れていない。
いや、正確には——
揺れているのに、倒れない。
それが、分かってしまった。
休み時間。
廊下で澪とすれ違った瞬間。
ほんの一瞬、目が合った。
昔なら、視線は泳いだ。
逃げるか、固まるか、どちらかだった。
でも今は。
澪は、目を逸らさなかった。
睨んでもいない。
怯えてもいない。
ただ、そこにいた。
(……壁、か)
恒一は、無意識に舌打ちしそうになるのを堪えた。
見えない。
触れられない。
でも、確かに“ある”。
自分と澪の間に、
透明な、硬い壁が立っている。
それは拒絶とは違う。
嫌悪でも、恐怖でもない。
——選ばれていない、という感覚。
(俺が、選択肢に入ってない……?)
その考えが浮かんだ瞬間、
胸の奥がざらついた。
馬鹿な、と思う。
自分は“特別”なはずだった。
澪に影響を与えられる存在。
澪の未来に、食い込める存在。
それなのに。
(……あいつらか)
脳裏に浮かぶのは、海翔の姿。
その周りにいる、仲間たち。
守っている?
違う。
信じている。
それが、分かってしまうから腹が立つ。
守るなら、壊せる。
依存なら、奪える。
でも、信頼は——
壊しにくい。
(……面倒だな)
恒一は、静かに息を吐いた。
焦りはない。
でも、計算は必要になった。
この壁は、力じゃ越えられない。
圧も、恐怖も、もう通じない。
なら。
(……別の触れ方をするしかない)
澪自身が、
「壁を下げる選択」をするように。
そのための“理由”を、
用意するだけだ。
恒一は、机に肘をつき、
口元だけで笑った。
澪は、変わった。
——だからこそ。
(壊し甲斐がある)
透明な壁の向こう側で、
澪が何を選ぶのか。
恒一は、
それを“待つ側”に回ったつもりでいた。
まだ、自分が
すでに届かない場所に立たされているとは、
気づかないまま。
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