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中学2年生の春。
新学期のクラス替えの紙が昇降口に張り出されたとき、私は思わず自分の目を疑った。
『2年3組 池谷 蓮 / 橘 朔良』
同じクラスだ。心臓が跳ね上がるのを感じながら教室に入ると、窓際の席に座っていた蓮くんと目が合った。彼は私に気づくと、パッと顔をほころばせて手を振ってくれた。
「朔良ちゃん! 同じクラスじゃん、よろしくな!」
「……うん、よろしく」
さらに運命の悪戯か、席替えのクジ引きで、私の席は蓮くんの右隣になった。
中2になってからの学校生活は、それまでとは一変した。
授業中、ふと横を向くと蓮くんの横顔がある。彼がシャープペンシルを走らせる音、たまに退屈そうにあくびをする姿、すべてが目と鼻の先にある。それだけで、毎朝学校に来るのが楽しみで仕方がなくなった。
けれど、喜びと同じくらい、切なさも増していった。
休み時間になると、蓮くんの周りには自然と男子や女子が集まってくる。みんなスマホを手にして、動画の話やSNSの話題で盛り上がっている。
「蓮、昨日のグループ通話、なんで途中で抜けたんだよー」
「あー、ごめんごめん、寝落ちしちゃってさ」
明るく笑う蓮くんを見つめながら、私は教科書を開いてじっと俯いていた。
私にはスマホがない。だから、彼らが放課後や休日にどんな会話をしているのか、蓮くんが誰と連絡を取り合っているのか、何一つ知ることができない。同じ教室にいて、席は目と鼻の先なのに、スマホという境界線のせいで、私はいつも「彼の知らない時間」から弾き出されていた。
ある日の6時間目。自習の時間になり、教室全体が少しざわついていた。
私がノートに黙々と数学の計算式を書いていると、視界の端でカサッと音がした。
見ると、蓮くんが小さく折りたたまれたルーズリーフの切れ端を、私の机の端にそっと置いたところだった。彼を見ると、前を向いたまま口元をへにゃりと歪めて笑っている。
鼓動を早めながら、私は誰にも見つからないようにそっとその紙を開いた。
『今日の放課後、図書室行ける?』
手書きの、少し丸っこい蓮くんの文字。
胸の奥がぎゅっと締め付けられた。スマホを持たない私と連絡を取るために、彼はわざわざ紙に文字を書いてくれたのだ。
私はシャープペンシルを握り直し、紙の余白に『行けるよ』と書いて、彼が消しゴムを落としたフリをしたタイミングでそっと送り返した。
放課後。夕暮れ時の図書室の奥。
いつもと同じ書架の影で、私と蓮くんは並んで座っていた。
「こうやって手紙回すの、なんかスリルあって面白くない?」
蓮くんが楽しそうに笑う。
「……うん。でも、先生に見つかったら怒られるよ」
「いいじゃん。スマホでLINEするより、なんか特別感あるし」
特別感。その言葉に、私の心が跳ねる。
「あのさ、朔良ちゃん」
蓮くんが少し真面目な顔になって、私を見つめた。
「葵ちゃんって、部活も入ってないし、放課後いつもすぐ帰るよね。家の都合?」
「……うん。うち、門限がすごく厳しくて。5時半には絶対帰らないと怒られるの」
施設のこと、門限を破れば夕飯抜きや罰則があることは伏せ、そう答えた。
「そっか。大変なんだな。……じゃあ、放課後遊んだりするのは難しい?」
「……うん。ごめんなさい」
「謝ることないって! じゃあさ、学校にいる間、たくさん話そうよ」
蓮くんはそう言って、自分のノートからちぎった紙を一枚取り出した。
「これ、俺たちの『交換ノート』にしない? 授業中とか休み時間に、交互に書いて回すの。これならスマホがなくても、いつでも話せるだろ?」
「交換ノート……?」
「そう。日常のくだらないこととか、なんでも書いてさ。朔良ちゃんのこと、もっと知りたいし」
——朔良ちゃんのこと、もっと知りたい。
その一言が、私の頭の中で何度もリフレインした。
愛されたい、特別になりたいという私の中の激しい「飢え」が、その言葉によって一気に熱を帯びていく。
「……うん。やりたい」
私は小さく頷いた。
スマホを持たない私と、スマホを持つ彼。二人の距離を繋ぐのは、小さな紙切れと、そこに紡がれる手書きの言葉だけだった。けれど、その時の私は、それだけで世界が満たされたような錯覚を覚えていたのだ。
コメント
1件
蓮くんがスマホじゃなくて、わざわざ紙に文字を書いてくれたシーン、すごく良かったです。現代だからこそ、アナログなやり取りに「特別感」を感じる二人の距離感が切なくて温かかった。朔良ちゃんの「飢え」がすとんと心に落ちました。続きがすごく気になります!
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まなこ〜友
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まなこ〜友
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