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side 藤澤
翌日。
空気が違った。
若井はいつも通り笑っている。
でも、目だけが冷たい。
元貴は僕の隣から一歩も離れない。
何かあればすぐ触れられる距離。
「今日もよろしくお願いします」
スタッフの挨拶。
あの笑顔。
僕の喉がきゅっと締まる。
でも、若井 が一歩前に出た。
「昨日のリハ映像、確認させてもらえます?」
穏やかな声。
でも断れない圧。
スタッフが一瞬固まる。
「え、ああ…もちろん」
モニタールームに向かい、全員で確認する。
イヤモニが切れた瞬間。
僕が混乱している様子。
その直前。
音声スタッフが何かを操作している。
若井の指が止まる。
「ここ、拡大できます?」
画面が寄る。
ケーブルを抜いている。
一瞬だけ、わざとらしくない動き。
でも確実に。
部屋が静まり返る。
「……偶然ですか?」
若井の声が低い。
スタッフは笑う。
「機材トラブルですよ」
元貴が口を開く。
「じゃあ、なんで毎回涼ちゃんだけなんでしょうか?」
逃げ場を塞ぐ問い。
さらに過去の映像やメールも確認する。
立ち位置の変更メール。
僕だけ宛先に入っていない。
SNS写真の選定履歴。
僕だけ別のフォルダ。
偶然じゃない。
証拠は、揃った。
僕の手が震える。
(本当に、気のせいじゃなかった)
若井が振り返る。
「涼ちゃん」
優しい声に戻る。
「涼ちゃんは悪くない」
その一言で、 胸の奥の重りが落ちる。
スタッフは言い訳を並べる。
「若いから伸び代を…」
「話題作りで…」
若井の目が鋭くなる。
「壊して伸びるわけないだろ」
静かな怒り。
元貴は僕の肩を抱く。
「もう大丈夫だからね」
そして後日、会社の上層部も呼ばれ、
正式な調査が入ることになった。
その日から、 僕はひとりで控室にいない。
本番前。
若井が僕のイヤモニを確認する。
元貴と呼吸を合わせる。
「吸って」
「吐いて」
僕の呼吸が整う。
ステージに立つ。
音が、ちゃんと聞こえる。
リズムが合う。
ライトが眩しい。
でも怖くない。
隣を見れば
若井がいる。 元貴がいる。
演奏が終わった瞬間。
歓声が降る。
僕の目に涙が滲む。
今度は、怖さじゃない。
安心。
袖に戻ると、 若井が軽く頭を小突く。
「もっと頼って」
元貴が笑う。
「次からは不安も三等分ね!」
僕は泣き笑い。
「うん」
まだ全部は消えない。
夜に震えることもある。
でも。
「俺が守る」
「僕たちで守る」
その言葉は本物だった。
若井は言う。
「涼ちゃんを泣かせた代償、きっちり払ってもらう。」
でもそれは、 怒りじゃなくて。
僕がもう二度と 自分を責めなくていい未来のため。
僕は初めて思う。
(ここにいていいんだ)
その実感が、 何よりの救いだった。
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