テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
藍林檎学園が一年で最も甘く、そして落ち着かない空気に包まれる日――バレンタインデー。
演劇の一件以来、学園中の注目株となった滉斗にとって、この日はある種の「試練」となっていました。
放課後の中等部廊下。元貴は、人だかりの向こう側にいる滉斗の姿を、遠くから見つめていました。
「若井君、これ! 受け取ってください!」
「あの、高等部の方からも預かってきてて……」
学年を問わず、次々と女子生徒に囲まれる滉斗。元貴は、自分の寮の自習室の机に隠してある、奮発して買った有名店のチョコレートを思い出し、ぎゅっと胸が締め付けられました。
(……やっぱり、ひろとはかっこいいもんね。あんなにたくさん貰ったら、僕のチョコなんて、おまけみたいになっちゃうかな……)
少しだけ視界が滲んで、元貴は滉斗に声をかけることもできず、一人で先に寮の部屋へと戻ってしまいました。
部屋に戻り、ベッドの上で膝を抱えていた元貴。
「今頃、ひろとはチョコの袋をたくさん提げて、みんなにお礼言ってるんだろうな……」
そんな想像をして溜息をついていたその時、ドアが開きました。
「……はぁ、疲れた」
帰ってきた滉斗の手には、何もありませんでした。
紙袋一つ、小さな箱一つすら持たず、ただひたすらにぐったりとした様子で鞄を床に置いたのです。
「えっ……ひろと!? チョコは? みんなから貰ってたんじゃ……」
「……全部断った。ああいうのは、本当に好きな奴から貰うもんだろ。中途半端に受け取って期待させるのも悪いし、何より……」
滉斗はそこで言葉を切り、元貴をじっと見つめました。
「俺が欲しいのは、世界に一人分だけなんだよ」
「断っちゃったんだ……」
元貴の胸の奥にあったモヤモヤが、一瞬で温かい何かに変わりました。でも、同時に不安もよぎります。(もし、僕のチョコも断られたら……?)
元貴はおそるおそる、自習室の鞄の奥に隠していた、リボンのついた小さな箱を取り出しました。
「あの……ひろと。これ、僕からも……。いらなかったら、いいんだけど……」
差し出された箱を見た瞬間、さっきまで死んだ魚のような目をしていた滉斗の瞳に、パッと光が宿りました。
「……え、これ、俺に?」
「うん。……ひろとの、大好きなやつ、選んだつもり」
言い終わるか終わらないかのうちに、滉斗は元貴を力いっぱい抱きしめていました。
「っ……! もとき、お前、最高すぎるだろ……! 断るわけないだろ、これだけをずっと待ってたんだよ!」
「わ、わっ、ひろと、苦しいよ……」
耳元で聞こえる滉斗の心臓の音は、さっきまでの疲れを微塵も感じさせないほど、激しく打ち鳴らされていました。
その後、二人はベッドの間に小さなテーブルを出し、元貴が買ってきたチョコレートの箱を開けました。
「これ、新作なんだって。食べてみて」
「……ああ。……うまっ。人生で一番うまい」
一粒ずつ、大切そうに口に運ぶ二人。
甘いカカオの香りが、204号室を優しく満たしていきます。
「ひろと、来年も……僕の、食べてくれる?」
「当たり前だ。来年も再来年も、一生これだけでいい」
外はまだ少し寒い冬の夜。
けれど、二人の心は溶けかけのチョコレートよりも甘く、温かく繋がっていました。
NEXTコメント×1以上
コメント
2件
若井さんもときくんのしか受け取らないの愛がある…🫶🏻めっちゃ最高です💗