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「なるほど……
この蜂たちは、アルラウネさんの
知り合いだったんですか」
土精霊様とアルラウネの少女と合流した
私たちは、いったん地上へと降り、
女王蜂への無効化を解除、その後―――
改めて事情を聞いていた。
「植物と蜂が知り合いって……
そういうものなの?」
「は、はい。
特にアルラウネは花の蜜をあげる代わりに、
護衛してもらうのだとか」
黒髪セミロングの妻の質問に、グリーンの
サラサラした短髪の精霊の少年は答える。
そこでメルと同じく黒髪の、ロングヘアーの
妻・アルテリーゼが、
「護衛対象がいなくなった事で―――
文字通り飛んできた、という事かの?」
そこで土精霊様は、半人半植物の彼女に
その問いを伝え、通訳する。
「いえ、彼女はあの食人植物を通して、
伝言は残していったそうです。
しかし何を勘違いしたのか、ついて来て
しまったそうで」
私はポリポリと頭をかいて、
「女王蜂に、こちらに来た理由って
聞けませんか?」
私の言葉に、土精霊様→アルラウネ→女王蜂と
意思疎通が成され、
上半身は普通の、茶髪のロングカールをした
植物の亜人の少女が、『あ~……』という
反応を示し、
そして通訳の土精霊様も『ああ……』という
表情になって、
「ええとですね……」
困ったような表情で、彼は話し始めた。
「つまり私たちの目の前にいる女王蜂は、
知り合いの女王蜂の『娘』であり『女王候補』
であって……
春には新たな女王として巣から旅立つ
予定だったけど、アルラウネさんが
移動したのを機に、
新天地を求めて彼女の元へと行かせたと」
精霊と亜人の植物の少年少女は、コクコクと
うなずく。
実際、ハチならば全員女王の娘か息子なのだが、
後継者として『彼女』を、アルラウネの護衛として
派遣させたのだろう。
これまでの関係維持のため、そしてそうまですると
いう事は……
彼女の花の蜜は、蜂たちに取って極上という事だ。
「事情はわかったけどさー」
「もう冬ぞ?
巣の準備とかは大丈夫なのか?」
アジアンチックと西洋風の顔立ちの妻二人が、
心配そうに聞くが、
「蜂たちは土魔法と風魔法に長けています。
ですので、場所さえ頂ければ勝手に作ると」
彼らの食べ物は大丈夫なのか?
と思ったが、ここは異世界……
魔力さえあれば維持は可能だし、巣がこれからと
いう事は、子供もまだいないはず。
となるとその心配は無いか。
「……わかりました。
多分、公都の西地区の北、野菜や果樹を
栽培しているところになると思いますが、
話をしてみましょう」
そして私たちは蜂の一団を引き連れ……
公都『ヤマト』へ帰還する事になった。
「またコイツはちょっと目を離したら、
すーぐ人外連れて来るんだからよ」
「わざとじゃないんですけど!?」
取り敢えず詳細を話しに冒険者ギルド支部へと
向かい、そこの最高責任者に相談する。
白髪交じりの筋肉質のギルド長は、面倒くさそうに
丸眼鏡の女性職員に書類を渡し―――
「半人の亜人はもう慣れましたけど、
まさか虫まで連れてくるとは」
「今度は魚ッスかねえ。
それとも貝とか」
妻の横で、黒髪褐色肌の次期ギルド長が、
事もなげに会話に参加する。
「止めろレイド。ありえそうで怖いだろうがよ。
ともかく、何事もなくて何よりだ。
しかしいよいよ手狭になって来たな。
本格的に拡張を考えるか」
こみかめに人差し指を当てながら、ジャンさんは
深く息を吐く。
「そういえばこの公都の人口って、
今どれくらいなんでしょうか」
書類整理をしていたミリアさんが、
頭だけこちらに振り返り、
「人外の方や留学生、一時滞在者などを
抜かせば―――
今は、2千5百と8人ですね。
冒険者ギルド所属だけで、3百人を
超えています」
うお、結構増えたんだなあ。
私がこの町に来た当初は、五百人くらいって
聞いていたけど。
冒険者ギルドも確か五十人前後って。
「ある程度訓練させた後で―――
新しく開拓した場所にも派遣している。
している、が……
荷物運びに発酵食品、麺工場、酒や各農作物の
生産に、人手が追いついていないのが現状だ」
その他にも浄化水や、石鹸水の元となる
アオパラの実の加工―――
増え過ぎた人口に対する治安維持、下水道などの
施設管理と、まだまだ人手不足なのだ。
しかしこうなった……
いや、あえてこうしたのも事情がある。
実は外部から入って来る人口増加とは別に、
この公都で産まれる子供の数も右肩上がりで、
出生率にしておよそ4に迫るであろう数字。
今の日本に分けてあげたいくらい、増加の一途を
辿っている。
なのでその次世代の子供たちが成人する前に、
何としてでも雇用枠を増やしておかなければ
ならない。
だから可能な限り人を雇う産業や仕事を増やす……
これは公都は元より、王族も承知している計画で
あった。
「しかしこうまで増えると、規模というか
世界が違うッスね」
レイド君が腰に両手を着けながら感想を述べると、
「他人事じゃねぇぞ、レイド。
お前が支部長を継ぐ頃にゃこの冒険者ギルド、
5百人を超えるかも知れねぇんだから」
「というより確実にそうなります。
このままのペースでいけばそれこそ
数年以内に……」
ジャンさんの言葉にミリアさんが続き、
彼をたしなめる。
「で、話を元に戻すが―――
その蜂の群れは西地区の北、野菜畑や果樹、
綿花畑のあるエリアで受け入れるって事で
いいんだな?」
「あ、はい。
人間や公都周辺の住人とは敵対しない、
と確約してくれています」
するとギルド長は腰を掛け直し、
「しかし何だ、受け入れる理由を何かしら
考えておかなければならんな」
その言葉に、息子・娘夫婦のような二人が
首を傾げ、
「へっ?」
「受け入れる理由……ですか?」
意味がわからない、という顔をするレイド夫妻に、
「いやそりゃそうだろうよ。
ここに来た連中は何かしら、恩義に応じて
報いている。
ドラゴンやワイバーンは戦力として
言うに及ばず―――
魔狼は魔狼ライダーとして、
ラミア族はアオパラの実、
獣人族はカレーなどの香辛料。
魔族は酒や発酵食品。
精霊様は代表として土精霊様が、人間との
橋渡しを務めたり、農作物を育てたり……
この前来たハーピーだって、公都限定だが
荷物の配達を手伝ってくれているんだ」
ジャンさんが現状を説明する。
つまり一方的な関係ではなく、ギブアンドテイク、
という事だ。
これまでに来た種族は助けを求めて、というのが
ほとんどだが―――
同時に、人間や公都に大なり小なり、利益を
もたらす存在となっていた。
そんな中、アルラウネや蜂のみ……
ただ保護されるだけであってはならないのだ。
「でも、蜂と植物の亜人ッスよね?
何があるんスか?」
「蜂は蜂蜜があると聞きますが―――
アルラウネさんは……花の蜜?」
レイド君とミリアさんがその答えに悩むが、
「えーと、それについては少々こちらでも
考えていまして……」
と、そこへノックが聞こえ、
「シン殿! 出来ましたぞ!!」
「早っ!」
乱入して来たのは、漆黒に近い褐色肌に、
真逆の白髪を持つ魔族・オルディラさん。
そしてメルとアルテリーゼも同行していた。
「は~い、皆様♪
試飲のお時間です」
「水と蜜液だけで、本当に作れるのだのう」
三人の女性の手で小さなコップが配られ―――
ビンに入った液体が注がれていく。
それを手にしたギルドメンバーは、琥珀色の
水面をまじまじと見つめ、
「花の蜜、か?」
「確かに甘い匂いがするッス」
「ワインのような香りですね……」
ギルド長とレイド夫妻、それにオルディラさん、
私と妻二人がほとんど同じタイミングでコップに
口を付け―――
「……!
これ、お酒ッスか!」
まずレイド君が驚きの声を上げ―――
次いでジャンさんとミリアさんが父娘のように
同時に、残りを喉に流し込む。
「サラリとしているな」
「すごく上品な味です……!」
その感想に、オルディラさんは満足そうな
顔をしながら、
「シン殿の言われた通り、3通りの方法で
造ってみました。
今飲んで頂いたのは、水と蜜だけを混ぜて
発酵させたもの。
こちらはパンをふくらませるために使う酵母、
もう1つはワインを少し混ぜたものです」
その説明に、ギルドメンバーの三人は
目を丸くする。
蜂蜜酒、というものがあるが……
古代のそれは、ただ蜂蜜と水を混ぜ、放置して
アルコールに変えたものだった。
お酒は糖分さえあれば、何らかの条件で
アルコール化しやすく―――
味にこだわらなければ、作るのは存外簡単
なのである。
次いで発酵を促進させるための酵母、
また、すでにお酒になったものを混ぜれば、
後は時間が解決してくれる。
こうして少量ではあるが、三種類のお酒が
披露され……
飲み比べが行われたのであった。
「花の蜜から造られたお酒ですかぁ~。
女子に人気が出そう……♪」
「なるほど。
これなら十分、利益として説得力がある」
空のコップをながめながら、飲兵衛の二人が
感想を語る。
「本来なら蜂蜜で造るんですが、それは蜂が巣を
作るまでの辛抱です。
それにこれは、もともと糖分が高い蜜で
造るので―――
あんまり時間を必要としないんですよ。
1週間から2週間くらいあれば……
つまり、オルディラさんの手を煩わせる事なく、
作成可能という事です」
これは結構重要な意味を持つ。
魚醤に醤油、日本酒はそれこそ年単位という
熟成期間を要するが、
一・二週間程度なら―――
普通の人間でも材料さえあれば造れる。
即ち、特殊な魔法を必要としない……
イコール雇用の幅が広がるというわけだ。
「確かに、わたくしが作ってもほんの一瞬
でしたからね。
手順さえ間違えなければ、誰にでも簡単に
造る事が出来るでしょう」
オルディラさんがプロとしての見識を語る。
「そう……だな。
コレと同じ物を、ドーン伯爵家、
そして王都に届けてくれ」
ジャンさんの言葉に、妻二人は笑顔で、
「そう言うと思いましてっ!」
「すでにその分はこちらにある」
ペットボトル500ミリリットルくらいの、
ガラスビンに入れられたそれを、
三本ずつ二セット、テーブルの上に並べる。
「手際がいいな。
じゃあドーン伯爵家の分は御用商人の
カーマンの元へ……
王都へはワイバーン騎士隊の定時連絡が
来たら、ソイツへ渡そう」
「あ、それと―――
これ、赤ん坊には絶対飲ませないでください。
お酒だから大丈夫とは思いますが、蜂蜜には
幼児に取って危険な成分が入っている場合が
ありまして」
配達に際し、私は注意点を述べ……
ひとまずそれらは伯爵家と王家に届けられる
運びになった。
「お疲れ様でした」
「「「お疲れ様でしたー!!」」」
翌日、お昼近く―――
私は門の外にある施設整備班用の簡易小屋で、
一緒に作業した人たちと挨拶を交わしていた。
下水道のメンテナンスを一通り終えて……
まずここで作業着を浄化水で念入りに洗い、
衣服も完全に着替えてから公都に入る。
ここも以前は体を洗う際、浄化水で濡らした
タオルを使うくらいしかなかったが―――
今はシャワー設備もあり、利便性は増している。
ちなみに作業着は例の最新鋭の魔導具を
組み込んだ物。
(■133 はじめての さいかいきぼう参照)
金貨二千枚と聞いた彼らは、顔を青ざめさせて
いたが―――
使用してみると、すぐにその快適さの虜となり、
水魔法用の杖にもお湯が出せる機能を追加し……
冬の寒さで凍った『ブツ』も、それで洗い流せる
ようになって、作業は格段に楽になっていた。
「そういやシンさん。
トイレも全部最新式になったんですよね」
「ええ。
アレ、場所取っていましたから……
これで少しはトイレ事情も改善されるんじゃ
ないかと」
あの水でお尻を洗うトイレだが、使用する時だけ
出てきて通常時は引っ込んでいる―――
というギミックは当初再現出来ず、
おかげで普通のトイレと、お尻を洗うトイレ
二つを個室に置くという荒業で対応して
いたのだが、
(■25話 はじめての ぼうえいせん参照)
人数が増えてくるにつれ、便器二つ分の
スペースを一人分で使うという余裕は無くなり……
ようやく地球の技術に追いついた今、全てを
個室一つにつき便器一つ、という『普通』の状態に
変えたのである。
「では、後は洗浄担当の係が回収に
来ますので……
それと今後、魔導具や装備は―――
資材管理の部署に一任します。
ちょっと扱うのが面倒くさくなりますが、
よろしくお願いします」
それを聞いた整備班の方々は、
『しゃーねーわな』『高いモンなー』と口々に
納得する。
さすがに装備が高価になり過ぎたので、これも
雇用対策の一環として―――
施設整備班に新たな仕事を増設。
資材管理を主とする部署を設置、そこで
保管してもらう事にしたのだ。
今までにも無かったわけではないけど、
基本的に人手不足もあって、持ち回りみたいな
状況だったので……
これを機に本格的にやる事にしたのである。
「じゃあ皆様、まず公都に戻ったら大浴場へ。
本日は公都での飲食代は無料になりますので、
堪能してきてくださ―――」
この仕事が終わった後の特典をいつも通り
告げていたところ、
足裏から伝わる振動が、言葉を途中で
止めさせた。
「?? 今ちょっと揺れたか?」
「地震、ですかね……?」
作業班の人たちと一緒に周囲を見回す。
とはいえ、震度一程度の揺れだ。
注意していたらわかるくらいというか……
でも、簡易施設がカタカタと揺れる音以外は、
これといった被害もなく、
「あれ? 終わった?」
「軽い揺れだったみたいですね」
ともあれ、揺れそのものは収まったので―――
回収する人が来るのを待って、公都に戻る事に
なった。
「あり?」
「また地震……ですね。
強くはないですけど」
「またかのう」
「ピュ~」
遅い昼食を取りに、宿屋『クラン』の食堂に
家族で集まったのだが、
あれからも時々、揺れは起こっていた。
地震に関しては土精霊様が連れて来た、
グランド・ワームの例もあるので、
まずそれを確認しに行ったのだが、
(■92話 はじめての わーむ参照)
基本、畑以外のところで動かないし―――
少なくともそのせいでは無いという。
「一応、ギルドの方でもレイド君を
空に上げて、警戒するって言ってたから」
「でもさー、シン。
こんな状況ってシンのせ……故郷でもあった?」
メルの問いに、私は首を左右に振る。
「自分のいたところは地震の多い土地だったけど、
こんなに長く継続する揺れは経験が無いなあ」
もうかれこれ30分ほど、思い出したかのように
単発的に揺れる。
「怖くは無いが気味が悪いのう」
「ピュッ」
比較的早く出て来る、暖かいソバ料理を
すすりながら、家族と話していると、
「シンさん!!」
「やっぱりここですか!」
レイド夫妻が息せき切りながら、店内へと
入って来た。
彼らがワイバーンに乗って、早期警戒していた事は
知っているが……
何かわかったのだろうか。
「ここから川の下流―――
ポルガ国方面に、範囲索敵に2体
デカいのが引っ掛かったッス!」
「それでギルド長から、シンさんに」
確認、もしくは解決してきて欲しいという
事だろう。
「こちらに向かっているんですか!?」
「いや、範囲索敵は維持しているッスが、
そこから動いてないッス」
レイド君との問答の後、私は妻二人に
振り向いて、
「取り敢えず出よう。
アルテリーゼ、すぐ飛び立てるように
準備してくれ。
メルも一緒に―――
すいませんクレアージュさん!
ラッチを頼みます!」
「あいよー!」
厨房の奥から女将さんの返事が聞こえると
同時に、私たちは宿屋『クラン』を後にした。
「うわ」
「何じゃアレは」
公都『ヤマト』からレイド夫妻の乗るワイバーンの
案内で―――
空を飛んで十分もしないうちにそれは見えてきた。
公都から繋がっている川の幅が非常に広がり、
大河と言っていいくらいの大きさの川辺で、
巨大な生物が暴れている。
「ウォーター・ドラゴン!?
いえ、あれはエンペラー・ゲイター……!?」
メルが魔物の名前を口にする。
二本足で立ち上がっている爬虫類の
シルエット―――
私の知識にある中で、最も近い動物はワニ。
だがその巨体は、三階建てのビルもかくやという
大きさで……
以前見たマウンテン・ベアーを彷彿とさせる。
「この2体ッス!
間違いありません!!」
「ちょっとレイド!
もう1体はどこに……!」
ミリアさんの言葉が途中で止まり、その疑問が
解消された事を示す。
巨大ワニの足元、丘か大きめの岩と思っていた
それが動き出し―――
「あっちはロック・トータスだね。
あの振動って、この2匹が戦っていたからかー」
巨大な亀タイプのモンスターが、怪獣映画のように
目前のエンペラー・ゲイターと交戦していた。
となると、ずいぶん長い間戦っていたようだが……
「う~ん、この場合どうしようか。
公都に被害が及んでいるわけでなし、
決着がつけば振動も止むと思うんだけど」
「そうよのう。
魔物同士の戦闘、我らが口を挟む事は……ん?」
そこで私とアルテリーゼは、ロック・トータスの
体の下に、何か隠れている事に気付いた。
「卵ッスか……」
「あれを守るために戦っていたんですね」
卵もまた巨大で―――
それらを敵に渡すまいと、お母さん亀は必死に
刃向かっているのだろう。
「あちゃー……
どうする、シン?」
メルが私に話を振る。
動物だろうが魔物だろうが、本来そこは弱肉強食。
手を出すのは間違っている……
それはわかっているのだが―――
「メル。
あの2体の魔物、エンペラー・ゲイターと
ロック・トータスだけど……
公都に近付かれたらどっちが厄介だと思う?」
「え?
そりゃまあ、エンペラー・ゲイターの方が
ヤバいけど」
次にレイド夫妻の乗るワイバーンへ向き直り、
「ミリアさーん!
今、公都の肉の蓄えってどれくらいですか?」
「そうですねー。
今のところプルランで安定していますが、
冬季なのであればあるだけいいです!」
大きな声で彼女が返してきて、
方針が固まる。
「エンペラー・ゲイターを無害化させる。
多分この大きさだと持ち帰るのは厳しいと
思うので―――
レイド君たちはパック夫妻を呼んできて
ください。
あとロック・タートルに食べさせる果実も
いくつか」
「了解ッス!」
彼の返事と同時に、あっという間にワイバーンに
乗った二人は、この場から遠ざかる。
「アルテリーゼ、あの2体の近くを飛んでくれ」
「わかったぞ」
私の乗る妻は高度を低くし、巨大な二体の魔物へと
向かっていく。
確かにワニは爬虫類の中でも巨大になり―――
非公式だが、八メートルを超えるものもあった
という。
体の構造は水陸両用で、陸上よりも水中に
適しており、遊泳能力も高い。
また、陸上でも時速二十から五十キロで走ると
言われていて、身体能力は動物の中でも
トップクラスだ。
ただし弱点もある。
それは代謝と持久力だ。
野生のワニの中には時々シッポを失ったものも
発見されており……
それはカワウソに食べられたのだという。
カワウソは哺乳類であるので持久力が高く、
ワニを疲れさせてから、悠々とシッポの部分だけを
食べてしまうのだそうだ。
特に陸上では、一度逃がした獲物は二度と
追えないと言われるほど、体力は無いに等しい。
そしてかれこれエンペラー・ゲイターは、振動が
始まった時間から計算すると、三十分は陸上で
戦っている事になる。
この世界なら魔力で補えるのだろうが―――
「これだけの長時間、陸上で戦い続けられる
ワニなど……
・・・・・
あり得ない」
私がつぶやくと、立ち上がっていたその巨体は、
地面に押し付けるようにうつ伏せに倒れ込む。
「……!? ……!!」
多分、動けなくなった事で混乱しているのだろう。
しかし常識的にならそれが普通だ。
代謝が低い生き物は、その行動時間も非常に
限られる。
熱=エネルギー。
水中ならそのエネルギー放出はある程度
抑えられるが、ここは陸上……
もうその運動エネルギーはすでに使い果たされて
いるはずだ。
今頃、全ての機能を呼吸と体力回復に回して
いるだろうが、時すでに遅く―――
「アルテリーゼ、とどめを。
その後、川近くまで引っ張ってくれ。
メルは血抜きをお願い」
「りょー」
「うむ」
ドラゴンは着地すると、エンペラー・ゲイターの
首に噛みついて絶命させ……
その後、血抜きをするために川近くまで、
アルテリーゼに引きずってもらう間、
私はメルと一緒にもう一方の巨体へ近付く。
最大の脅威がなくなった事と―――
その脅威を退けた相手に抵抗は無意味だと思って
いるのか、ロック・タートルは大人しくしていた。
甲羅だけでも直径五メートルはあるだろうか。
大事そうに体の下に多くの卵を抱え……
「メル、水をかけてあげて」
「ほーい」
彼女が水魔法で甲羅や頭に水をかける。
すると、その水を飲もうとロック・タートルは
口を大きく開けた。
意図を察したメルが口の中に水魔法を噴射すると、
それをガブガブと飲み始め……
一息つくと、お礼を言うように首をおおきく
うなだれた。
「ではシャンタル、下半身の方を持ってくれ。
我が上半身を持つでな」
「わかりました。
ではきちんとロープで固定して……」
ドラゴン二体が、エンペラー・ゲイターの死体を
前に、運搬方法について確認し合う。
あの後、パック夫妻が到着すると―――
まずパックさんにロック・タートルの治療を頼み、
治癒魔法で傷を完全回復してもらい、
レイド君たちが持ってきてくれた野菜やら
果実やらを、ロック・タートルに食べさせ……
何とか一息ついていた。
「しかし、下流にこんな生物がいたとは」
「普段から水中や―――
土の中にいたらわかりませんからね」
研究者であり医者であり薬師である、
白い長髪の青年が語る。
確かに言われた通り、目に見えない場所に
隠れられていたら―――
認識は無理だろう。
「じゃ、じゃあこういうのがたくさん……!?」
するとパックさんは首を左右に振って、
「いえ、子供には食事が必要ですから。
さすがにそんなに数はいないと思いますよ」
大人になったら魔力で体は維持出来るとはいえ、
子供には食料が必須。
生命を維持するには、食物連鎖……
つまりそのエサとなる生物がさらに広範囲に
生息していないと成り立たない。
それを考えたら、うじゃうじゃいる―――
という事は無いか。
「では、あの……
私たちはこれで帰りますので」
一応、ロック・タートルに挨拶すると……
もちろん言葉は通じていないだろうが、
敵対しないというのは理解したのだろう。
相変わらず卵を抱えているが―――
それ以外はずっと大人しいままだ。
そこへアルテリーゼが、ぬっ、と長い首を
上から下ろしてきて、
「我も母じゃ。
子を思う気持ちはわかる。
良い子を育てるのじゃぞ」
ロック・タートルはアルテリーゼに向かって、
返事のようにその首を伸ばす。
「では―――」
「行きますか」
上空で警戒してくれていた、レイド夫妻に
手を振ると……
私とパックさん、夫二人はそれぞれ妻の元へと
向かった。