テラーノベル
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元貴が旅立ってから、三度目の春。
スタジアムを埋め尽くした数万人の観客が、固唾を呑んでステージを見つめていた。
オレンジ色の光の海の中で、若井滉斗はギターを置き、一通の古びた手紙を取り出した。
「……最後に。彼が、自分から『言葉』が消える直前に、僕と涼架……そして皆さんに遺してくれたメッセージを読ませてください」
会場が、雪が降る夜のような静寂に包まれる。若井は震える指で、元貴が最後の力を振り絞って書いた、歪で、けれど力強い遺言を読み上げた。
「滉斗へ。涼ちゃんへ。
そして、僕の音楽を見つけてくれたみんなへ。
今、僕の世界からは少しずつ、音が消え、色が消えようとしています。
怖くないって言ったら嘘になるけど、でも、不思議と絶望はしていません。
だって、僕の隣には、僕よりも僕を信じてくれる『オレンジ色のヒーロー』と、
僕のわがままを全部音にしてくれる『最高の理解者』がいてくれたから。
滉斗、覚えてる?
初めて二人で曲を作ったとき、君が『お前の曲、世界一かっこいいよ』って言ってくれたこと。
あの瞬間、僕の人生に初めて、消えない『色』がついたんだよ。
僕の体がなくなっても、泣かないで。
僕は、君が奏でるギターの歪みの中にいる。
涼ちゃんが叩くピアノの、優しい三連符の中にいる。
みんなが口ずさむ、鼻歌のメロディの中にいる。
音が聞こえなくなっても、僕の心臓は最後までみんなとの思い出を歌っています。
目が見えなくなっても、僕の魂はみんなが振ってくれる光の海を見ています。
僕は、幸せでした。
僕を、大森元貴にしてくれて、ありがとう。
あ、あと滉斗。
僕がいなくなった後、あんまり泣きすぎて鼻声で歌わないでね。
僕の曲は、最高の笑顔で歌ってほしいから。
じゃあ、またね。
続きのメロディは、君たちの心の中で、ずっと。
大森元貴」
若井が読み終えると、会場のあちこちから、抑えきれない嗚咽が漏れた。
若井は空を仰ぎ、こぼれそうになる涙を堪えて、誰よりも明るく、眩しい笑顔を見せた。
「……聴いたか、元貴。笑って歌えってさ。……無理言うよな、本当」
若井は再びギターを抱え、渾身の力で弦を弾いた。
それは、元貴が「心臓の音」と呼んだ、あのサビの旋律。
「いくぞ、みんな! 元貴に届くまで歌うぞ!!」
若井の叫びに呼応するように、数万人の大合唱がスタジアムを震わせた。
オレンジ色の光が激しく揺れ、夜空を焦がす。
その時。
ステージの袖でピアノを弾く涼ちゃんの目には、確かに見えた。
マイクスタンドの前で、若井と肩を並べ、誰よりも楽しそうに、自由になった喉で高らかに歌う元貴の姿が。
元貴は、客席の一人ひとりに「ありがとう」と言うように手を振り、最後に若井の方を向いて、親指を立てて笑った。
( わ・か・い ・ さい・こ・う ・ だ・よ )
その瞬間、若井のギターから放たれた一音が、世界で一番鮮やかなオレンジ色の火花となって夜空に散った。
終演後の夜空には、大きな月が浮かんでいた。
若井は、ステージに一人残り、元貴が立っていた場所をそっと撫でた。
そこには、温かな体温がまだ残っているような、不思議な感覚があった。
「……ああ。最高だったよ、元貴」
若井はマフラーを巻き直し、前を向いて歩き出す。
二人の「100日間の物語」は、ここで幕を閉じる。
けれど、彼らが紡いだ音楽は、この先何十年も、何百年も、誰かの心にオレンジ色の火を灯し続けていく。
100日間のオレンジ・完
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