テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
11,230
#veeronica
ゆ♨️
352
#azure
ゆ♨️
134
SWAPSAKENの領域で――。
またしても、キラーとしての威厳が跡形もなく消し飛ぶ事件が発生した。
薄暗い廃校舎。
長い廊下を、巨大な身体のヌーブが一人で歩いていた。
手には禍々しい長剣。
足音はズシン、ズシンと重く響き、ただ歩いているだけでも十分すぎるほどの威圧感を放っている。
どう見ても、恐ろしいキラーだった。
「……」
ヌーブは曲がり角の前で足を止める。
その先に――何かいる。
壁に背を寄せ、コソコソと身を隠している小さな人影。
赤い服。
首元には青いバンダナ。
そして頭の上には――。
カラフルなプロペラ付きの帽子。
「……え?」
ヌーブの目が見開かれる。
「あ、あれって……!」
その姿を見間違えるはずがなかった。
かつて世界を震撼させた、伝説の少年ハッカー。
「c00lkiddくん……!?」
本来なら、ここで長剣を構えるべきだった。
キラーなのだから。
サバイバーを見つけたのなら、追いかける。
それがこの世界のルールだ。
しかし――。
「…………」
ヌーブの中で何かが切り替わった。
キラーとしての本能よりも。
恐怖よりも。
ゲームとしての使命よりも。
もっと強い感情が、一気に爆発した。
「わああああああっ!!」
「うわっ!?」
ヌーブが長剣を――。
ポイッ。
「キ、キラー!?」
武器をその場に投げ捨てた。
そして――。
「本物だぁぁぁ!!」
目をキラキラと輝かせながら、巨大なキラーが全力で駆け寄ってくる。
「c00lkiddくんだーっ!!」
「え、えぇぇ!?」
c00lkiddはプロペラ帽子をぶんぶん揺らしながら後ずさる。
「ちょ、ちょっと待って!?」
「すごい! 本物だよ!」
「僕を知ってるの!?」
「もちろん知ってるよ!」
ヌーブは満面の笑みだった。
「僕、ずっと大ファンだったんだ!」
「……」
「まさかSWAPSAKENで会えるなんて思わなかった!」
「……あの」
c00lkiddが恐る恐る尋ねる。
「きみ、僕を切り刻みに来たんじゃないの……?」
「そんなわけないじゃん!」
即答だった。
「むしろサインください!」
「…………え?」
「お願い! 一生のお願い!」
ヌーブはポケットをゴソゴソと漁る。
「どこに書いてもらおう……」
そして――。
「あ、この服の背中でいいや!」
「えっ、ちょっと待って」
ヌーブは黒いパーカーを脱ぎかける。
「ここ! ここにお願いします!」
「いや、僕まだ書くって言って――」
「ペンもあるよ!」
ヌーブが油性ペンを取り出した。
準備だけは異様に早い。
「はい!」
「…………」
c00lkiddは完全に困惑していた。
目の前にいるのは、どう見ても自分を殺しに来たはずの巨大キラー。
なのに今は――。
尻尾でもあれば千切れんばかりに振っていそうな勢いで、サインをおねだりしている。
「……えーっと」
c00lkiddがペンを受け取ろうと手を伸ばす。
その瞬間。
「ガバッ!!」
「うわっ!?」
突然、黒い影が二人の間に割り込んだ。
「――おい」
低い声。
c00lkiddの手からペンをひったくる。
そしてヌーブの腕をガシッと掴んだ。
「何してんだ、お前ら」
「……シクサー?」
そこに立っていたのは、赤い角のついた黒い帽子を深々と被ったシクサーだった。
サバイバーのはずなのに、妙に凄みがある。
「シクサー、なに急に引っ張るのさ!」
ヌーブが不満そうに腕を引っ張られる。
「今、c00lkiddくんにサイン書いてもらうところだったのに!」
「……は?」
シクサーの眉がピクリと動いた。
「サイン?」
「うん!」
「誰の?」
「c00lkiddくん!」
「……」
シクサーはゆっくりとc00lkiddを見る。
c00lkiddもゆっくりとシクサーを見る。
「…………」
「…………」
「……なるほどな」
シクサーが低く呟いた。
嫌な予感しかしない。
「おい、ヌーブ」
「なに?」
「俺以外のハッカーと仲良くすんな」
「えぇ……?」
ヌーブが首を傾げる。
「だってc00lkiddくんだよ?」
「知るか!」
「伝説のハッカーじゃん!」
「だからなんだよ!」
シクサーは一歩前に出た。
「ハッカー枠なら俺だけで十分だろ!」
「でもサイン欲しいんだもん!」
「俺のサインならいくらでも書いてやるよ!」
「え?」
ヌーブが目を輝かせる。
「シクサー、サインなんて持ってたの?」
「今から作るんだよ!!」
「今から!?」
シクサーはペンを握り直した。
カチ。
カチ。
カチ。
何度もノックする。
「……」
「シクサー?」
「…………」
そして。
ガリガリガリガリッ!!
ヌーブの黒いパーカーの胸元に、ものすごい勢いで何かを書き始めた。
「わぁっ!? ちょ、シクサー!?」
「動くな!」
「でも服に――」
「いいから動くな!」
数秒後。
シクサーは満足そうにペンを止めた。
ヌーブの胸元には、やたらと大きく――。
「666」
と書かれていた。
「……」
「……」
「……これが俺のサインだ」
シクサーが腕を組む。
「わぁ……!」
ヌーブは胸元を見つめる。
「シクサーのサインだ!」
「そうだ」
「なんか数字だけど!」
「うるせぇ」
「しかもすごく大きい!」
「うるせぇ!」
「ちょっと曲がってる!」
「うるせぇっつってんだろ!!」
その二人の間で――。
c00lkiddは完全に置いてけぼりになっていた。
プロペラ帽子が、カラカラ……と虚しく回っている。
「…………」
しばらく二人を眺める。
そして、恐る恐る手を挙げた。
「……ねぇ」
二人が同時に振り向く。
「僕、逃げていい……?」
「ダメに決まってんだろ!」
シクサーが即答した。
「勝手に動くな!」
「えぇ……」
c00lkiddが固まる。
「いや、でも僕サバイバーなんだけど……」
「知ってる」
「じゃあ、なんで……」
「今それどころじゃねぇんだよ!」
「何が!?」
その隣では。
「シクサー!」
「なんだよ!」
「やっぱり文字下手くそだよぉ!」
「殺すぞ!!」
「ひぃっ!?」
ヌーブが泣きそうな顔で胸元の「666」を指差している。
「もうちょっと綺麗に書いてよぉ……!」
「お前が文句言うな!」
「せっかくのサインなのに!」
「文句あるなら消せ!」
「やだ! せっかくシクサーが書いてくれたんだもん!」
「…………」
シクサーが一瞬だけ黙る。
「……じゃあ、そのまま着てろ」
「うん!」
「…………」
「…………」
「……なんで俺、今ちょっと照れてんだよ」
シクサーは顔を逸らした。
その横で、c00lkiddは呆然としていた。
「…………僕、伝説のハッカーなんだけどなぁ」
誰にも聞かれていない。
いや。
聞かれていたとしても、今の二人にはそれどころではなかった。
キラーとサバイバー。
本来なら、追う者と逃げる者。
しかし今回のチェイスで起きたことは――。
キラーが伝説のハッカーにファンサを求め。
サバイバーが嫉妬で乱入し。
伝説のハッカー本人が置いてきぼりになる。
もはやチェイスですらなかった。
SWAPSAKENの歪んだ世界では、今日もまた。
ゲームのルールより、二人の妙な日常のほうが優先されていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!