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SWAPSAKENの領域で――。
またしても、キラーとしての威厳が跡形もなく消し飛ぶ事件が発生した。
薄暗い廃校舎。
長い廊下を、巨大な身体のヌーブが一人で歩いていた。
手には禍々しい長剣。
足音はズシン、ズシンと重く響き、ただ歩いているだけでも十分すぎるほどの威圧感を放っている。
どう見ても、恐ろしいキラーだった。
「……」
ヌーブは曲がり角の前で足を止める。
その先に――何かいる。
壁に背を寄せ、コソコソと身を隠している小さな人影。
赤い服。
首元には青いバンダナ。
そして頭の上には――。
カラフルなプロペラ付きの帽子。
「……え?」
ヌーブの目が見開かれる。
「あ、あれって……!」
その姿を見間違えるはずがなかった。
かつて世界を震撼させた、伝説の少年ハッカー。
「c00lkiddくん……!?」
本来なら、ここで長剣を構えるべきだった。
キラーなのだから。
サバイバーを見つけたのなら、追いかける。
それがこの世界のルールだ。
しかし――。
「…………」
ヌーブの中で何かが切り替わった。
キラーとしての本能よりも。
恐怖よりも。
ゲームとしての使命よりも。
もっと強い感情が、一気に爆発した。
「わああああああっ!!」
「うわっ!?」
ヌーブが長剣を――。
ポイッ。
「キ、キラー!?」
武器をその場に投げ捨てた。
そして――。
「本物だぁぁぁ!!」
目をキラキラと輝かせながら、巨大なキラーが全力で駆け寄ってくる。
「c00lkiddくんだーっ!!」
「え、えぇぇ!?」
c00lkiddはプロペラ帽子をぶんぶん揺らしながら後ずさる。
「ちょ、ちょっと待って!?」
「すごい! 本物だよ!」
「僕を知ってるの!?」
「もちろん知ってるよ!」
ヌーブは満面の笑みだった。
「僕、ずっと大ファンだったんだ!」
「……」
「まさかSWAPSAKENで会えるなんて思わなかった!」
「……あの」
c00lkiddが恐る恐る尋ねる。
「きみ、僕を切り刻みに来たんじゃないの……?」
「そんなわけないじゃん!」
即答だった。
「むしろサインください!」
「…………え?」
「お願い! 一生のお願い!」
ヌーブはポケットをゴソゴソと漁る。
「どこに書いてもらおう……」
そして――。
「あ、この服の背中でいいや!」
「えっ、ちょっと待って」
ヌーブは黒いパーカーを脱ぎかける。
「ここ! ここにお願いします!」
「いや、僕まだ書くって言って――」
「ペンもあるよ!」
ヌーブが油性ペンを取り出した。
準備だけは異様に早い。
「はい!」
「…………」
c00lkiddは完全に困惑していた。
目の前にいるのは、どう見ても自分を殺しに来たはずの巨大キラー。
なのに今は――。
尻尾でもあれば千切れんばかりに振っていそうな勢いで、サインをおねだりしている。
「……えーっと」
c00lkiddがペンを受け取ろうと手を伸ばす。
その瞬間。
「ガバッ!!」
「うわっ!?」
突然、黒い影が二人の間に割り込んだ。
「――おい」
低い声。
c00lkiddの手からペンをひったくる。
そしてヌーブの腕をガシッと掴んだ。
「何してんだ、お前ら」
「……シクサー?」
そこに立っていたのは、赤い角のついた黒い帽子を深々と被ったシクサーだった。
サバイバーのはずなのに、妙に凄みがある。
「シクサー、なに急に引っ張るのさ!」
ヌーブが不満そうに腕を引っ張られる。
「今、c00lkiddくんにサイン書いてもらうところだったのに!」
「……は?」
シクサーの眉がピクリと動いた。
「サイン?」
「うん!」
「誰の?」
「c00lkiddくん!」
「……」
シクサーはゆっくりとc00lkiddを見る。
c00lkiddもゆっくりとシクサーを見る。
「…………」
「…………」
「……なるほどな」
シクサーが低く呟いた。
嫌な予感しかしない。
「おい、ヌーブ」
「なに?」
「俺以外のハッカーと仲良くすんな」
「えぇ……?」
ヌーブが首を傾げる。
「だってc00lkiddくんだよ?」
「知るか!」
「伝説のハッカーじゃん!」
「だからなんだよ!」
シクサーは一歩前に出た。
「ハッカー枠なら俺だけで十分だろ!」
「でもサイン欲しいんだもん!」
「俺のサインならいくらでも書いてやるよ!」
「え?」
ヌーブが目を輝かせる。
「シクサー、サインなんて持ってたの?」
「今から作るんだよ!!」
「今から!?」
シクサーはペンを握り直した。
カチ。
カチ。
カチ。
何度もノックする。
「……」
「シクサー?」
「…………」
そして。
ガリガリガリガリッ!!
ヌーブの黒いパーカーの胸元に、ものすごい勢いで何かを書き始めた。
「わぁっ!? ちょ、シクサー!?」
「動くな!」
「でも服に――」
「いいから動くな!」
数秒後。
シクサーは満足そうにペンを止めた。
ヌーブの胸元には、やたらと大きく――。
「666」
と書かれていた。
「……」
「……」
「……これが俺のサインだ」
シクサーが腕を組む。
「わぁ……!」
ヌーブは胸元を見つめる。
「シクサーのサインだ!」
「そうだ」
「なんか数字だけど!」
「うるせぇ」
「しかもすごく大きい!」
「うるせぇ!」
「ちょっと曲がってる!」
「うるせぇっつってんだろ!!」
その二人の間で――。
c00lkiddは完全に置いてけぼりになっていた。
プロペラ帽子が、カラカラ……と虚しく回っている。
「…………」
しばらく二人を眺める。
そして、恐る恐る手を挙げた。
「……ねぇ」
二人が同時に振り向く。
「僕、逃げていい……?」
「ダメに決まってんだろ!」
シクサーが即答した。
「勝手に動くな!」
「えぇ……」
c00lkiddが固まる。
「いや、でも僕サバイバーなんだけど……」
「知ってる」
「じゃあ、なんで……」
「今それどころじゃねぇんだよ!」
「何が!?」
その隣では。
「シクサー!」
「なんだよ!」
「やっぱり文字下手くそだよぉ!」
「殺すぞ!!」
「ひぃっ!?」
ヌーブが泣きそうな顔で胸元の「666」を指差している。
「もうちょっと綺麗に書いてよぉ……!」
「お前が文句言うな!」
「せっかくのサインなのに!」
「文句あるなら消せ!」
「やだ! せっかくシクサーが書いてくれたんだもん!」
「…………」
シクサーが一瞬だけ黙る。
「……じゃあ、そのまま着てろ」
「うん!」
「…………」
「…………」
「……なんで俺、今ちょっと照れてんだよ」
シクサーは顔を逸らした。
その横で、c00lkiddは呆然としていた。
「…………僕、伝説のハッカーなんだけどなぁ」
誰にも聞かれていない。
いや。
聞かれていたとしても、今の二人にはそれどころではなかった。
キラーとサバイバー。
本来なら、追う者と逃げる者。
しかし今回のチェイスで起きたことは――。
キラーが伝説のハッカーにファンサを求め。
サバイバーが嫉妬で乱入し。
伝説のハッカー本人が置いてきぼりになる。
もはやチェイスですらなかった。
SWAPSAKENの歪んだ世界では、今日もまた。
ゲームのルールより、二人の妙な日常のほうが優先されていた。
ゆ
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78
#specter
ゆ
953