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雨の音が、SWAPSAKENの歪んだ空から静かに降り注いでいた。
本来なら、マッチの真っ最中。
どこかではサバイバーが逃げ回り、どこかではキラーが獲物を探しているはずだった。
けれど――。
薄暗い木造小屋の中だけは、まるでその狂騒から切り離されたように静まり返っていた。
錆びついた樽。
朽ちかけた木箱。
湿った木の匂い。
そんな小屋の隅で、二人は肩を並べるように座り込んでいた。
サバイバーのシクサーは、黒い帽子のツバを少し押し上げる。
「……はぁ」
深いため息。
隣では、巨大な長剣を足元に放り出したキラーのヌーブが、壁に背中を預けてしょんぼりしていた。
「……もう制限時間のカウントダウンとか、どうでもよくなってきたな」
シクサーはそう呟くと、黒いパーカーの懐へ手を入れた。
そして――。
「ほら」
取り出したのは、ひんやりと冷えた一本の缶。
二人が大好きなブロキシコーラだった。
「ヌーブ。これでも飲んで落ち着けよ」
「……コーラ?」
ヌーブが顔を上げる。
「うん……ありがと、シクサー……」
シクサーは缶のタブを開けた。
プシュッ。
静かな小屋の中に、炭酸の小気味いい音が響く。
そして、そこらに転がっていた古い金属製のコップへトクトクと注ぐ。
「ほら」
「ありがとう……」
ヌーブは両手でコップを大事そうに包み込んだ。
そして――。
ごくごくごくっ。
一気に飲み干した。
甘い炭酸が喉を駆け抜ける。
「ぷはぁ……!」
「どうだ?」
「うん……おいし――」
そこで、ヌーブの動きが止まった。
「…………」
「……?」
シクサーが眉をひそめる。
「ヌーブ?」
「…………ヒック」
「……は?」
ヌーブの頬が、ほんのり赤くなっていた。
金髪の下の瞳は、とろんと潤んでいる。
黒いキャップはいつの間にか斜めにずれていた。
「……ヒック……」
「おい」
シクサーが顔を覗き込む。
「お前……顔真っ赤だぞ」
「ん~……?」
「まさか……」
嫌な予感がする。
「コーラで酔った?」
「……ヒック」
「マジかよ」
どうやらSWAPSAKENというバグった世界では、ブロキシコーラですら普通の飲み物では済まされないらしい。
あるいは、キラーとして肥大化した感情が、酒でもない飲み物にまで妙な影響を与えているのか。
原因は分からない。
ただ一つ確かなことは――。
ヌーブが完全に酔っ払っていた。
「シクサぁぁぁぁん……!!」
「うおっ!?」
次の瞬間。
ガバッ!!
巨大なキラーの身体が、シクサーへ飛びついた。
「おい!?」
ずしんっ。
「重ぇ!!」
シクサーの身体が、そのまま壁へ押しつけられる。
「な、なんだよ急に!」
「シクサぁぁ……!」
「離れろって!」
「うぇぇぇぇん……!」
「……え?」
ヌーブが泣き始めた。
しかも、ものすごい勢いで。
「僕ねぇ……僕ねぇ……!」
「お、おい……」
「本当は……シクサーを切り刻みたくないよぉぉぉ……!」
「……」
シクサーの動きが止まる。
ヌーブは黒いパーカーの胸元に顔を埋め、大粒の涙をボロボロと流していた。
「こんなおっきくて怖い剣……振り回したくないよぉ……!」
「ヌーブ……」
「僕がキラーなんて、おかしいよぉぉ……!」
「……」
「シクサーを追いかけて……痛い思いさせちゃうかもしれないって思うと……胸がすっごく痛いんだよぉ……!」
涙が止まらない。
「だってぇ……!」
ヌーブが顔を上げる。
「シクサーは……僕のたった一人の大切な親友なのにぇぇぇん……!」
「……」
「なんで僕たちが戦わなきゃいけないのさぁ……!」
「…………」
シクサーの胸元は、ヌーブの涙と鼻水ですっかり濡れていた。
「……おい」
シクサーは困ったように眉をひそめる。
「鼻水までつけんな」
「うぇぇぇん……!」
「泣くなって……」
さっきまで必死に引き剥がそうとしていたシクサーの手が、ふと止まった。
目の前にいるヌーブは、あまりにも無防備だった。
恐ろしいキラーの姿をしているのに。
その表情は、昔と何も変わらない。
純粋で。
不器用で。
そして――。
自分を心から大切にしていることが、痛いほど伝わってくる。
昔は、二人でただゲームを遊んでいるだけで楽しかった。
くだらないことで笑って。
負ければ悔しがって。
また次のゲームを始める。
それだけでよかった。
けれど、自分はいつしか強さを求めるようになった。
もっと強く。
もっと恐ろしく。
そうして怪物になり、FORSAKENへ落ちていった。
そして幾度となく――。
サバイバーとして現れたヌーブを追いかけた。
傷つけた。
時には、その命すら奪った。
恨まれて当然だった。
絶望されても。
見放されても。
仕方がなかった。
それなのに。
ヌーブは今も、昔と何も変わらない。
自分を親友として見ている。
自分を大切な存在として、まっすぐに好きでいてくれる。
「……ったく」
シクサーは小さく息を吐いた。
「酔っ払いが……」
その声には、もう毒がなかった。
シクサーは諦めたように肩の力を抜く。
そして――。
抱きついてくるヌーブの背中へ、そっと腕を回した。
「……誰も切り刻まなくていいよ」
大きな背中を、ゆっくり撫でる。
「お前は下手くそなんだから」
「……ヒック」
「最初から誰も切れねぇだろ」
「…………」
ヌーブが顔を上げる。
「……本当?」
「ああ」
「僕……シクサーを傷つけなくていい?」
「いいよ」
シクサーは少しだけ笑った。
「俺が許してやる」
「……シクサぁ……」
「だから、もう泣くな」
「うぇぇ……シクサぁ……」
ヌーブは再びシクサーへ抱きついた。
「大好きぃぃ……」
「……はいはい」
「シクサー大好きぃ……」
「分かったって」
やがて。
ヌーブの泣き声が、少しずつ小さくなっていく。
「……」
「……ん?」
シクサーが見下ろす。
ヌーブはシクサーの首元へ顔を寄せたまま、すっかり大人しくなっていた。
「……すぅ……」
「……寝たのかよ」
どうやら泣き疲れたらしい。
巨大なキラーは、そのままシクサーの膝へ身体を預け、静かな寝息を立て始めた。
「……ったく」
シクサーは呆れたように呟く。
けれど、その手は止めなかった。
金髪をゆっくりと撫で続ける。
外では、雨が降り続いている。
ザァァ……。
小屋の屋根を叩く雨音。
それ以外には、ヌーブの穏やかな寝息しか聞こえない。
シクサーは、残っていたブロキシコーラを一口飲んだ。
甘い炭酸が喉を通る。
「……」
そして、膝の上で眠るヌーブを見つめる。
「……こんな時間が」
小さく呟く。
「ずっと続けばいいのにな」
勝敗も。
脱出も。
キラーとサバイバーという立場も。
今だけは、全部どうでもよかった。
ただ、昔のように。
二人で同じ場所にいて。
くだらない話をして。
笑って。
それだけでいい。
SWAPSAKENという歪んだ世界の片隅。
誰も訪れない小さな木造小屋で――。
サバイバーのシクサーと、眠りこけたキラーのヌーブは。
ほんの束の間だけ、ゲームのことを忘れていた。
まるで二人だけに与えられた、優しい休戦時間のように。
雨音に包まれながら。
二人は静かな夢の中へ沈んでいった。
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