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「お前~ほんと無茶するよな!」
「悪かったな、そんなに心配だったのか」
リースは帰還早々ルーメンさんに連れて行かれて説教を喰らっていたが、騎士達は未だに状況が理解できずその場に固まっていた。まあ、確かに、あの怪物が一瞬にして消えたんだから無理もないだろう。
私達はあの中で怪物の核を破壊しただけで、外側がどうなっていたかなんて全く想像が出来なかったため、どのように怪物が消えたのか知りたかった。だが、勿論聞ける状況ではなく、私は隅の方へ移動していた。
騎士達は疲労しきっているし、怪物に食べられた人達は跡形もなくなっていたし、切り刻まれたり、地面に打ち付けられたりした人達は、白い布を被せられていた。皆そこで手を合わせて、死を悼んでいた。
「エトワール様」
そんなブルーな空気の中、私に話しかけに来てくれたのはグランツだった。彼もかなり憔悴しきっているようで、虚ろな翡翠の瞳はさらにどんよりとしていた。体中傷だらけだし、隠しているようだったが、左足を引きずっている。
私に今魔力が残っているなら今すぐにでも彼を治療してあげたかったが、何分私も魔力を使いすぎた後だったから、魔法を使うのがためらわれた。
グランツは私の前まで来ると、膝をつき頭を垂れた。
「エトワール様が無事で何よりです。ですが、俺は何も出来ず……」
「良いって。だって、無事に戻ってくれたんだし。グランツも其れで嬉しいでしょ?」
「……」
「嬉しくないの?」
いえ。とグランツは吐いて、顔を上げようとしなかった。
また、力になれなかったこととか、守れなかったこととか気にしているんだろうな。と思いつつ、相変わらず堅いグランツに何て声をかければいいか分からなかった。頑固なところがあるから、私が言ってるから大丈夫なんて事では彼も納得しないだろう。
そんな風に何て言葉をかけようか悩んでいるとふと私の視界に紅蓮が映った。
「よお、エトワール」
「アルベド!?」
ニヤリと笑った彼は、私の隣に図々しく座って足を組み顔を近づけてきた。
相変わらず態度がでかくて、距離感がバグっているなあと思いつつ、そんなことを言い返す気力もなかった私は彼を軽くあしらってグランツの方を見た。だが、それを気にくわないのかアルベドはひでえな。と大きな声と溜息を漏らす。
「せっかく助けに来てやったのに」
「……別に頼んでないし。というか、何でアンタがここにいるのよ。公国からは離れているし、こんな辺鄙な何にも無い場所にアンタが来る理由も、アンタがここに来た理由が分からない」
「だから、助けに来てやったって言ってんだよ」
と、アルベドは強く言って髪をむしっていた。
言っている意味が分からないと反論しようとしたとき、私の頭の中で嫌な想像が浮かんだ。
「ま、まさかアンタ」
「そう、お前の思ってるとーりの事だよ」
「んなッ!」
ふにっと私の唇に指を当て、顔をグッと近づけてきたアルベドは今までに無いぐらい愉快そうに口角を上げた。まるで、悪役みたいだと思いつつ私は、此奴のたちの悪さというか、抜け目のないところに驚き、恐怖を感じていた。
「追跡魔法……」
「助けに来てやったんだから感謝しろよ? あの怪物を倒す方法を教えなきゃ、お前は戻ってこれなかっただろうし、ここにいた奴ら全滅だっただろうな」
「笑いながら言わないで」
アルベドは、全滅しても良かったというように笑って、私の唇を撫でた。漆黒の手袋からかすかに血の臭いがし、私は眉間に皺を寄せる。
以前彼は、私を見張っているとか監視しているとか言っていた。滅茶苦茶前の話になるけど、彼と初対面の時に。多分その時に私に追跡魔法でもかけたのだろう。その効果がいつまで続くのか、どれほど正確なものかは分からないけれど、何か異常を察知して、転移魔法を使ってここまで来たのだろう。アルベドぐらいの上級者となれば、自分の転移ぐらい容易に出来るはずだから。
そんなことを思いつつ、アルベドを睨んでいると、それまで黙っていたグランツが口を開いた。伏していた顔を上げて、空虚な瞳に怒りを孕んで。
「エトワール様から手を離してください」
「ンだよ。少しぐらいイイだろ、報酬だよ。報酬。助けてやったんだから感謝しろってんだ」
「……汚い手で触らないでください」
「お前とそう変わらねえよ」
と、アルベドはグランツの言葉を全て否定し切り捨てて、また私の反応を楽しむように唇に指をはわせた。血の臭いと、ざらざらとした手袋で唇をなぞられ、こちらも良い気持ちはしなかった。
だが、彼が私の唇を触れる理由が徐々に分かってき、思い出して私はボンッと顔が一気に赤くなった。
「約束覚えてるだろ?」
「約束してない!」
「まあ、別に今してやっても良いけど」
「しないで、ダメ、絶対!」
アルベドはニヤニヤしながら私にさらに顔を近づけ、唇に触れていた指は私の顎を掴んで、上を向かせた。所謂顎クイと言う奴で、私は目の前がぐるぐると回り出す。
キスをする。
星流祭の時、色々あってアルベドとの勝負に負けて半場強引に約束させられたこと。きっと、それは私への嫌がらせと、興味からだと思って、彼はただ反応を楽しみたいだけだと思っていたが、どうやら本気のようだった。まあ、今の今まで私は忘れていたわけだから焦ってしまったけど、此奴の調子を崩されるのはやはり嫌だ。
「アンタは慣れてるかも知れないけど、私は慣れてないの、したことないの! だから、初めては、好きな人が良いの!」
「ふーん、じゃあ俺は好きな人じゃねえってことか……俺だって別になれてるわけじゃねえし」
そうアルベドは、満月の瞳を細めて、少し語尾をきつめに言った。その調子から、彼が少し怒っているのだと私は察し、目線だけ彼から逸らした。顎が固定されているために振り払えず、下手に振り払えばそのまま唇が当たってしまう距離だったから。
(クソ、いいにおいする……嫌だ此奴)
男性のくせにとかいったら日本では(他の国もそうだろうけど)問題になりそうだけど、ジェンダーレス的な問題で、アルベドからはふわりと花の匂いがした。勿論、それに混じって血の臭いも仄かにしたが、それほど気にならない程度に。
切れ長の瞳に、長いまつげは影を落として、サラリとした紅蓮の髪の毛は彼の美しさをよりいっそ引き立たせていた。女性でも羨ましくなるほどに綺麗な彼に吸い込まれそうになる。
「そういうことじゃないけど」
「なら、イイだろ。友愛も、恋愛も変わらねえって」
「変わるわよ! そこ一緒にしちゃダメでしょ」
騙されるかと思ったのに、とアルベドはくつくつと喉を鳴らしながら笑っていた。
友愛と恋愛をいっしょにするなんてどうかしていると思った。普通友人にはキスしないだろうと。
私の中でアルベドはそこそこに大きな存在になりつつあるなあと自覚はしているけれど、それは今のところ友人という枠内の話だし、確かに彼と一緒にいて落ち着くというか自然体で入れるというのも事実だ。言うならば、初めての男友達と言ったところだろうか。
「もう、からかわないで、離して」
「じゃあ、お前が恋愛感情交えて好きなのはこの護衛騎士か? それとも、皇太子殿下か?」
「……」
ここで、何を答えても突っ込まれそうだと思い私は口を閉じた。
グランツは護衛だし、確かにリースは元彼だけど、恋愛感情を持っているかと言われればどうかとなる。そもそも、本気で恋をした事がないから言われても仕方がない。成り行きで勢いで付合っていたあの頃とは違う感情をリースには抱いているような気もするけど。
「いない。そういう人はいない。てか、アンタもいないでしょ。離して」
私は、アルベドの胸板をドンと押した。彼は少しよろけるだけで今度は私の腰に手を回したため彼から完全に離れることは出来なかった。身体が密着している状況で私はヒッと声を漏らしてしまう。
(もーやだやだ、疲れてるのにー!)
と、心の中出口を漏らしていると、ザッザッと草を踏みしめる音とともに赤いマントがひらりと私の目に飛び込んできた。
「何をしている」
「リース!」
不満ありありといった表情で現われたリースに私は、思わず歓喜の声を漏らしてしまった。勿論、推しが助けに来てくれたーっていうのもあったけれど、今はアルベドから離れる理由が欲しかったために、私は一瞬緩んだアルベドの腕の中から抜け出して、アルベドから距離を取った。
アルベドは私とリースを交互に見ながら、ハンっと鼻を鳴らした。
「これはこれは、皇太子殿下。ご無沙汰しております」
「……先ほどは助かった。だが、エトワールは疲れているんだ。絡むのもほどほどにしてやってくれ」
「そうでしょうか? 随分と元気でしたが」
と、アルベドは愉快と言ったようにリースの言葉に噛みついた。
アルベドの言葉を受けたリースは眉間に皺を寄せて、アルベドをルビーの瞳で似た見つけると、二人の間に火花が散るようだった。
「……エトワール様」
「グランツ、ちょっと離れていようっか」
そそっと私の近くまで寄ってきたグランツの服を掴んで私は彼を見上げた。
グランツは一瞬ビクッと肩を上下させたが、そうですね。と呟いて二人の会話を聞いているようだった。普段なら、他人に興味を示さない彼なのだが、どうやらあの二人の会話には興味があるようで、グランツはその場に立ち尽くしていた。まあ、私もこちらに被害がないのならここにいてもイイと思い、二人の会話を聞いていた。
「エトワール様」
「何? グランツ」
「護衛騎士は、恋愛対象に入らないのでしょうか」
「………………はい?」