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もう目を開けたくない。もう何も聞きたくない。もう何も信じたくない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
消えたい、一人になりたい。
もうムリだよ。嫌だよ……私、私は……
「あ……っ、あ……あ、あ……?」
目を覚ましたくないと思っていても、誰かに囁かれて閉じた瞼が開いた。目を覚ますと、真っ白な空間におり、少し遠くを見れば、お茶会のようなものが開かれていた。席は三つ。その内二席は既に埋まっていた。過去に、このような真っ白な空間にいったことがあったような、なかったような、記憶は曖昧だったが。
「あ、あれ……」
私は、自分の首を何度も何度も触って確認した。さっき私はこの首を切り落とされて、宙を舞って……
「い、生きてる?」
そんなはずない。
いや、この真っ白な空間を見て、生きているとか思える方がおかしいと、自分の頭を疑った。でも、それぐらい今私はテンパっているのだ。
あれだけ、死に際に色々思っていたというのに、今では頭がクリアになって、落ち着いて……は、別の意味で落ち着いてはいないんだけど、少し心が楽だった。思い出したら、また黒い感情が這いずり回り出すけれど。
先ほどまで、泡になって消えたい気持ちだった。全て忘れて、私っていう人間がそもそもいなかったっていう認識になれば……なんても思った。きっと、エトワール・ヴィアラッテアにリースを横取りされそうになったから。いや、もうされているのかも知れないけれど。
「……」
思い出したくないものが次々と蘇ってくる。蓋をしようとしても、その隙間からあふれ出てきて、私はどうしようもない気持ちで一杯になった。
所で、ここは何処だろうか。
気を紛らわせるために、私は、先ほどお茶会のようなものが開かれているところに、足を進めていた。誰かがいるのは分かったが、この距離からじゃ分からなかったからだ。そうして、歩いて行けば、その輪郭がはっきりと分かってきた。
『あら、目覚めたのね。良かったわあ』
「……」
「ええっと、どちら、様ですか?」
女性は、ベールのようなもので顔を覆っており、顔を認識することが出来なかった。それどころか、放たれているオーラが人間のものとは思えなかった。声も耳で聞き取っているという感じじゃなくて、もっと頭に訴えかけてきているような感じに思えたのだ。不思議だなあ、なんて思いながら、向かいの席に座っている黒髪の女性を見た。何処かで見たことがあるような気がしたけれど、閉じられていた瞳が開かれれば、そのアイオライトの美しい瞳に心を奪われた。大人の女性だと言うことだけは分かる。
「あ、ええっと、初めまして……って、ここ何処なんですか!?私死んだはずでは!?」
私は、これまで溜めていた疑問をぶつけた。
ベールを被った女性はクスリと笑って、もう一人の女性は何だか気まずそうにお茶を啜った。
『まずは、座って下さい。天馬巡さん。お話はそれからしましょう』
「……え、ああ、はい。えっと、なんで、名前」
座れという圧がかかったので取り敢えず私は空席に腰掛け、目の前に出されたお菓子に手を付けた。ここが天国だったら食べても太らないよね、とかも思ったりしたが、普通にクッキーの味は美味しかった。
お茶も飲みやすい温度で、渋みもそこまで感じない。ストレートでも飲めた。
それは良いとして、何故女性は私の名前を知っているのだろうか。
(というか、見た目からして、明らかに人外……だよね……)
ベールをしているとはいえ、顔は大体認知できるものだと思う。本当にその部分だけ切り取られているかのように、女性の顔は見え無かった。髪も光に反射して七色に光っている。ゲーミングカラーとかではなくて、単純に光の反射で見えるプリズムみたいな。
もう一人の女性は一般人っぽいけれど。
『何でも知っているわよ。だって、貴方の妹をあの世界に送り届けたのは私だから』
「へ……」
『天馬廻ちゃん』
「え……」
『貴方の妹の名前よね。ああ、今は、トワイライトだったかしら』
と、女性は微笑んだ。まるで、私をからかって遊んでいるかのようだった。
(――って、ことはつまり?)
そんな女性……いや、多分女神を前に、私は点と点が繋がったような気がした。
ここが何処かは分からないけれど、もし、トワイライトが生前……というか、トワイライトになる前にいた空間だというのなら、何となく理解できるというか。
「女神様、あまり彼女をからかわないでください。話が余計にややこしくなります」
『ええ、そうね。ごめんなさい。連城冬華さん』
「……」
「連城……連城って、ええ!?」
女神に名前を呼ばれた女性は、呆れたようにため息をついていた。その女性の名前を聞いて、こっちもぴんときたのだ。
私がガタン、と椅子を下げて、連城冬華、冬華さんを見た。彼女は少し驚いたようだったが、長い横の髪を払いのけて私を見つめていた。アイオライトの瞳が美しい。
「連城、連城冬華さんって、え……もしかして、乙女ゲームの……」
「ええ、シナリオを担当しているわ。まあ、別にそれが凄いとかは思っていないし、私の作品だっていう意識はそこまでないのだけど」
「いいえ、凄いです。凄いことじゃないですか!原作者」
「え、ええ」
私は、勢いのまま冬華さんの手を握った。私が大好きな、乙女ゲームの原作者。そこまで作者などはこだわらないタイプなのだが、彼女の書く恋愛小説は大好きだった。リアリティのある心理描写や、シリアスながらも、救いと絶望を交互に画く物語がとても好きだった。さすがに、顔までは覚えていなかったけれど、名前でぴんときたのだ。
冬華さんは呆気にとられたように目を丸くしていた。久しぶりに、オタクを出してしまった気がして、私は一旦落ち着くことにする。でも、興奮は抑えられない。
『ふふふ、お知り合いさん』
「正確には、お知り合いではないのだけどね。まあ、ありがとう……私の作品を好きでいてくれて」
「ひぇ~感激過ぎて、何も言えません。サイン欲しいです」
久しぶりに推しというか、推し作家にオタクしている気がする。
暫く、冬華さんのことで頭がいっぱいになっていたが、本題はそこじゃないと、私は気を持ち直した。
「ええっと……ごほん、お、お騒がせしました」
『大丈夫よ。時間はたっぷり……は、ないわね。でも、ゆっくりお話しましょうか。巡さん』
「は、はい」
女神が喋った後、場の空気がすうっと冷えたような気がした。別に起られるわけではないんだろうけど、何というか、力は偉大だ、と感じた。
『まずは、単刀直入に言うわね。天馬巡さん、貴方は死んだわ』
「はい……」
『あら、しっかりと受け入れているのね。以外だわ』
「何となく……というか、記憶があるので、実際」
最後、リースの断末魔が聞えた気がした。私の為に断頭台に上って助けに来てくれたんだろうなって言うのも分かった。でも、彼の顔は最後みることができなかった。それは心残りかも。ようやく恋人同士になれたはずなのに、また、離ればなれというか、思いがすれ違ったままだった気がした。前後ではそれなりに変化があったはずなのに、どうしても、そこまで変わっていないようにも思ってしまったのだ。
私が俯いていれば、女神は安心させるように笑った。
『そう、受け入れているのならいいわ。話す手間も省けたし……』
「あの後、世界はどうなったんですか?やっぱり……」
『ええ、察していると思うけど、まき戻ったわ。あのエトワール・ヴィアラッテアによって』
「……やっぱり」
私がそう言えば、冬華さんは私の方をちらりと見た。それから、女神の方を見て、早く離せといわんばかりに眼を飛ばしている。
(やっぱり、まき戻ったんだ……じゃあ、リースは……皆は……)
もう関係無いかも知れない世界のことを考えても、仕方がないのかも知れない。でも、私が積み上げてきたものが、皆との思い出が無かったことになってしまったのはとても辛かった。ゲームでいえばただのリセットなのに、現実でそれが行われると辛くて悲しくて仕方ない。
「私は、何のためにここにいるの……?」
ぼそりと言ったはずだった。漏れ出た本音だった。それを、女神は拾いあげて、満面の笑みでいった。
『薄幸の貴方に祝福を与える為よ』