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六、魔王城にて
深い森の中。
そのさらに奥、山脈の合間に、魔王城はある。
天然の要塞と迷路。
彼ら魔族の住む森は、人間の開拓のせいで戦場となった。
そこに、特攻をしかける勇者一行が来たせいで、魔王城は落とされたのだ。
魔王の死と共に。
いずれその森は、人間がまた開拓しに来るだろう。
魔族が居なくなれば、それらは人間のものになるのだから。
その束の間に、敗残兵達が集まり、なんとか体を休めていた。
「勇者一行! まだ俺達を殺し足りないのか!」
そこに現れたムメイとイザを見るや、魔族の一人が叫んだ。
重傷を負っている者達にとっては、迷惑な行為だったが。
だが、人間が来た事を無視するわけにはいかない。
「違うとだけ言っておこう。今、ここを統べている者は誰だ。話がしたい」
辺りはざわついた。
人間が話などと、笑わせてくれる、と。
問答無用で襲い掛かり、暴虐の限りを尽くした人間が、次は何を求めるのかと。
「……魔王城に、生き延びた魔王様の側近が戻った。そこに行くといい」
殺されるのを覚悟で、魔族の一人が前に出た。
彼の目は死んでいないが、体はもう、とても戦える状態ではない。
「情報感謝する。道を進ませてもらうぞ」
ムメイはそう告げると、イザを脇に抱えて瞬く間に走り抜けた。
**
「あの……。そろそろ降ろしてくれない?」
これまでずっと脇に抱えられたままのイザが、ムメイにそう言ったのはこれで三回目だった。
「すまんが、この方が早いんでな」
三度目にしてようやく答えてくれたものの、結果は拒否だった。
だが、どうやら目的地に到着したらしい。
イザの魔法で破壊された城門を抜け、イザの魔法で半壊した城へと入る。
あちこちに傷付いた魔族が休んでいたが、誰も彼らを咎める者は居なかった。
それは重傷者ほど、城に集められていたからだった。
動きたくても動けないのだ。
「さて、側近とやらを探すか」
謁見の間まで抜けてきたムメイだったが、どうやら当てが外れたらしい。
その広い空間には、簡易的なベッドに横たわる重傷者しか居なかった。
「いえ……その必要はなさそうよ」
一人、奥の方からこちらに向かう人物が居た。
満身創痍ではあるものの、他の者を看病するだけの余力があるらしい初老の男。
「勇者の仲間だったか。こんな所に何をしに来た。残りも殲滅しに来たのか?」
男は抵抗するつもりはないくせに、皮肉だけは忘れなかった。
「いや。この魔導士イザに、降らないかを問いに来た」
ムメイは単刀直入に告げた。
「…………馬鹿な事を言う。この状況を見てみろ。降るも戦うも出来んわ。せめて止めを刺して行けば良かったものを」
「すまない。俺達の仇だと信じ込んでいた。何もしてやる事も出来んが……」
「帰れ。魔玉まで持ち去りよって。あれがあれば、皆の傷くらいは癒せたものを」
「え? そんな事が出来るの?」
癒せると聞いて、イザは咄嗟に声を出した。
「破壊者か……。お前か? 持ち去ったのは」
「ええ。私が持ち帰って――」
そこまで言って、イザはまだ、膣の中に隠したままである事を思い出した。
無理に入れた時のような異物感も無く、特に何の問題も違和感も無かったせいで、忘れていたのだ。
「それはどこにある! はやくこちらに渡せ! 力の強い者が持っておらねば、あれは割れてしまう!」
「いや、あの。私が持っているわ。私なら魔力も高いし、大丈夫よね?」
「……まあ、貴様なら問題なかろう。だが、ならば早く出せ。ワシなら皆を癒せる」
「治癒者なの?」
「そうだ。だが魔王様から魔玉が抜かれたせいで、魔力が激減して術を連発出来なくなった。あれは一種の増幅器でな。王が持てば皆の魔力量が底上げされるのだ」
「そう……なんだ」
それを聞いて、イザは自分が人間の王でなくて良かったと思った。
人間が、あの薄汚い王侯貴族までもが強くなっていたらと思うと、ゾッとした。
「さあ、早く出してくれ。今持っているのだろう? 一刻も早く治癒してやらねばならん者が、大勢居るのだ」
「その……それが、少し待って欲しいの。一人になれる場所が欲しい――」
そこまで言いかけてイザは、あれは果たして、一人で取り出せるだろうかと思った。
「――それとあの、手先の器用な女性を一人、貸してほしい」
あの丸いものが、奥まで入り込んでいたらどうしようかと、イザは今更になって血の気が引いてきた。
初老の魔族は、怪訝な顔をしている。
「理由を話せ。まさかとは思うが、殺人衝動の捌け口にするつもりではあるまいな!」
「そういうことではなくて!」
イザは少しの間逡巡し……意を決してその男に耳打ちをした。
「なっ! なんという事を!」
汚れてしまう。
とでも言われるのだろう。
「貴様、その力を全て取り込むつもりか! 愚か者め!」
予想とは違う反応に、イザはしり込みをした。
「ど、どういうこと?」
「あの魔玉は、粘膜に接すると融合してしまうのだ! 皮膚であれば問題ないというのに、まさか臓腑の中に入れ込むなど……。なんと恐ろしい事をしたのだ……」
先程の剣幕などすぐに消え、初老の魔族は首を振り途方に暮れたように頭を抱えた――。