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聞こえてきた声を追って、二人の視線が引っ張られる。 左側の建物二階付近で、獣人の少年が二人を手招きし呼んでいた。
罠かと勘ぐるも、正面、後方から追手が迫る中、迷っている時間はなかった。
ペトラはフレアを肩に担ぎ、中二階の屋根に持ち上げてから、自分は思い切り助走をつけて器用に壁を蹴り、三角跳びの要領で屋根の上へと飛び移った。
「ペトラちゃん凄い、軽業師みたい!」
「んなこと言ってる場合か。早く逃げるんだって」
早くと手招きする誰かに導かれるまま二階の窓へと飛び込んだ二人は、「頭を低くして静かに」という少年に言われるまま口を結んだ。
「どこ行きやがった?!」と高圧的な怒号が聞こえてくる。 シーと口に指を立てた獣人の少年は、建物の周りをうろつく青年らを物陰から確認した。
あっちに逃げたらしいという別の声が聞こえ、青年たちが走り去った。二人ともども、獣人の少年も一緒になってふぅと息を吐いた。
「どうやら行ったみたい。もう大丈夫だよ」
犬型の獣人であるイチルとは違うイタチ型の顔をした少年が、フレアとペトラに手を差し伸べた。
フレアは手を掴んで起き上がると、ありがとうと礼を言った。しかしペトラは、まず先に聞くことがあると少年に聞いた。
「なぜ俺たちを。まさか奴らの仲間じゃないよな?」
「か、勘違いしないでおくれ。僕らは仲間なんかじゃないさ。奴らは街の外からやってきた人をターゲットに金品を巻き上げている、裏街の粗暴な連中さ」
「裏街、なんだそれ?」
「ゼピアからあぶれた冒険者の孤児たちが集まって作られた新しい街さ。もともとは街で裏の仕事をしていた奴らの溜まり場だったのだけれど、親に捨てられた子供や動物が増えたせいで、いつしかリールの街外れは彼らに占拠されてしまった。だからずっと平和だったリールも、今や強盗や物取りで溢れてる。最悪だよ」
「ゼピアの……。で、あんたは?」
ペトラが質問したところで、被っていた帽子を外した獣人の少年は、「僕はテムズ、《リール騎士団》の一員です」と自己紹介をした。
「リールき、し、なんだそれ?」
「奴らからリールの街を守るために結成された自衛団です。僕はこの地区一帯を担当しています」
「担当してるって。お前いくつだよ?」
「今年で16になります。が、……僕らイタチ型の獣人は大きくありませんからね。いつも見た目のせいで舐められてしまうし、若く見られてしまうのは辛いところです」
ハハハと笑うテムズに対し年上かよと態度を改めたペトラは、わざとらしく一度咳払いをしてから、「ここら全体を一人で?」と聞き直した。
「残念ながら人手がないもので。面目ありません」
追手の影が消えた街の姿を二階から見下ろしたテムズは、「どうぞこちらへ」と二人をさらに上階へと招いた。
そこは背の低い街全体を見渡せる展望デッキになっており、相手に悟られぬように身を屈めたテムズは、二人を屈んだまま隣に座らせ、遠く見える一角を指さした。
「あそこが裏街の入口です。奴らギルドの力が弱まったのを良いことにやりたい放題で。よそからやってきた無法者たちは、今この瞬間も増え続けています。このままでは、いつか街は奴らに奪われてしまう」
荒屋が建ち並ぶ一角は、漂う空気すら淀んでいるように見えた。
しかしペトラにすれば、それはただの日常であり目新しいものではない。
むしろゼピアの孤児街はリールの比でなく、さらに荒んだ状況にあった。だからこそ、ペトラは口を止められず、言葉にしてしまった。
「ほっときゃ街の暗部になるのは確かかもな。……だけどさ、アイツらだって必死なんだ。何事もなく生きてくためには」
「え?」と聞き返すテムズをよそに、わざとらしく欠伸をしてみせたペトラは、ありがとうと礼を言った。そして話半分で会話を切り上げ、もう行くからと頷いた。しかし――
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。少しだけ僕に時間をくれないか」
酷く慌てた様子でテムズがペトラを呼び止めた。
話の展開が読めず困惑するフレアを置き去りに、どうせそんなことだと思ったと険しい顔をしたペトラは、全てを読みきった上で、ただ一言結論を告げた。
「魔法は教えない。悪いけど他をあたってくれ」
核心を突かれ、テムズが口ごもった。
眉をひそめたフレアは、ペトラとテムズを交互に見つめた。
「大方、俺が魔法使ったのをどっかで見てたんだろう。もし魔法が使えれば、恐らく街の状況は一変する。……だけどさ、俺にはそんなの関係ないから。それに魔法なんてもんは、俺以外にも使える奴はごまんといる。他をあたってくれ」
「ま、待ってくれ。僕はまだ何も……」
「ならそろそろ行かせてくれよ。助けてもらったのはホントだし礼は言う。でも魔法は教えられない。それとこれとは話が別だ」
すると唐突にテムズが俯き、縋るような顔でペトラの腕を掴んだ。
突然の豹変に驚いたフレアは、「どういうことなの?」とペトラに聞いた。
「簡単さ。早い話、この街は魔法一つで入れ替わるんだ。いや、変えられるって言ったほうがいいか」
「魔法一つで?」
「フレアはずっとゼピアにいたからわからないんだよ。冒険者、しかも超高レベルな奴らが多くいたゼピアって街は、はっきり言って異常な場所なのさ。だからこそ、魔法なんて非常識なものが、ごく当たり前のものとしてまかり通ってた」
「話がよくわからないけど?」
「手っ取り早く言うと、普通の街には魔法を使える奴なんかほとんどいねぇってこと。ギルドに数名、あとは流れの冒険者が使えるくらいで、普通に生きてる奴らにとって魔法なんてものは高嶺の花、もっと言えば異常な力なんだ。本来魔法が使えるのは、超がつく金持ちや、由緒正しき血筋の奴だけ。俺らみたいなはぐれ者が使えるケースは、相当激レアってこと」
「え……、そうなの?」
「その上、普通冒険者は他人に魔法の使い方を教えない。もしかすると、明日には自分の敵になるかもしんねぇからな。冒険者ってのは、ああ見えて相当特殊な存在だから」
奥歯を噛み締めたテムズは、ペトラの話を聞きながら「そうさ」と呟いた。
今度はペトラの肩をグッと掴み、「だからこそ、僕らには魔法の力が必要なんだ」と声を荒げた。
「魔法があれば、僕らの力で奴らを追い払うことができる。この街を根こそぎ浄化できるんだ。あの美しかったリールの街を取り戻せるのさ。なぁ頼むよ、僕に魔法の使い方を教えてくれ、なぁって!」
しかし両の手を振り払ったペトラは、テムズを見下ろし、確信に迫る質問をした。
「浄化、ね。……テムズはさぁ、もし魔法が使えたら、あそこの奴らを全部殺すんだろ?」
キンと空気が固まり、時間が止まった。
ペトラの顔はどこか悲しげで、酷く沈んで見えた ――