倒れる僕の身体を、ラズールがしっかりと受け止めた。
僕が口を開く前に「だからバカだと言ったのですよ」と冷たい声が落ちてくる。
「辛いのではないですか?今から俺があなたに体力回復の魔法を使いますが、今日はこのまま休んでください。夕餉は後で持ってきてもらいますから。明日のために、二人ともゆっくりと休んでください。よろしいですね?」
「…うん、ごめんね」
ふ…と笑う気配がして、ゆっくりと目を上に向ける。
ラズールはもう怒ってはいなくて、優しい目で僕を見ていた。
「俺も言いすぎました。申し訳ありません。あなたのことになると、感情が抑えきれなくなってしまう。気をつけます」
「ううん…いつも心配してくれてありがとう」
「当然ですよ」
目を細めたラズールが、僕の頭を抱き寄せる。そして静かに呪文の言葉を口にする。
ラズールの低めの声が、耳に心地いい。少しずつめまいや気持ち悪さがおさまって、自分の足で立てるようになってきた。
しばらくして魔法をかけ終えると、ラズールが僕から離れて早くベッドに入れと言う。
「もう大丈夫だけど…」
「ダメです。油断してはなりません。明日の式の最中に、倒れてもいいのですか?」
「それは困るけど」
「では寝ていてください。あなた達の状況を、ラシェット様に伝えてきます」
「僕も行こうか?」
「フィル様!」
「だって」
「んんっ…」
突然、リアムが唸って目を覚ました。
上半身を起こして両手を伸ばし、不思議そうに僕とラズールを見ている。
僕は急いでベッドに飛びついた。
「リアムっ、よかった…大丈夫なの?」
「…なにが?あ、俺、フィーに魔法をかけてる途中で眠ってしまったのか…。フィーこそ大丈夫か?」
「うん…僕は元気だよ。リアムのおかげ…」
「元気ではないでしょうが」
「え?」とリアムが驚いて、僕とラズールを交互に見る。
余計なことを言わないでとラズールを睨むけど、ラズールは僕を無視して話しを続けた。
「リアム様、フィル様に治癒魔法をかけてくださったそうで、ありがとうございます。しかし限度いうものがあります。あなたは魔力を使い過ぎました。そのせいで深く眠ってしまわれた。自分のせいだと責任を感じたフィル様が、今度はあなたに魔法をかけました」
「ラズール、もう黙って」
「いいえ、黙りません。それに愛する方に隠しごとをしてはなりません。そうですよね?リアム様」
「ああ、そうだ。全て話してくれ」
「かしこまりました」
ラズールへと手を伸ばした僕の身体が、ベッドに引き込まれる。
リアムが僕を抱き寄せたのだ。
「フィー、おまえが何をしたか、だいたいの見当はつく。別に怒ったりしないから大人しくしててくれ」
「……うん」
僕が素直に頷くと、リアムが頬にキスをした。
こちらを見ているラズールが、険悪な顔をしている。あまり感情を表に出さないのに、気に食わないことだけは、すぐに顔に出すんだ。特にリアムに対しては顕著だ。
ラズールは大きなため息をつくと、少し顎を上げて口を開いた。
「フィル様は、あなたに体力回復の魔法をかけたのです。あなたが中々目を覚まさないからと膨大な量を。フィル様は、あなたに腕を斬られたあの時から、体力も魔力も落ちてます。それなのに魔法を使ったことで、俺が戻ってきた時には倒れる寸前でした」
「…え?フィー!大丈夫なのかっ…」
「ご心配には及びません。俺がフィル様に体力回復の魔法をかけましたので。しかし今日はもう無理はなさらず、安静にしていただきたい。フィル様もリアム様も。夕餉も部屋へ運んでもらうよう、頼んできます」
「そうか。伯父上に…」
「ラシェット様にも俺が話してきます。お二人は、明日のために休んでいてください。特にリアム様…フィル様が疲れることは、決してなさらぬよう願いますよ」
「……わかってる」
ラズールの圧がすごい。とても怖い顔で見下ろしてくる。
僕には何のことを言ってるのかわからなかったけど、リアムはわかったのか渋々頷いてラズールから目をそらした。
「ラズール、ラシェットさんによく謝っておいてね」
「はい。彼はお優しいので大丈夫ですよ」
「うん…でもいろいろと話したかったのに」
「明日の式の後に、ゆっくりと話せますよ」
「そうだね」
僕が笑うと、ようやくラズールも微笑んで、僕の髪を撫でた。
昔から何かあると撫でてくれるラズールの手が好きだった。いつか僕もラズールと同じ大きな手になるかなと期待したけど、全然追いついない。身長も手も足も、ラズールより小さいままだ。あと数年すれば追いついたのだろうか。
「やはりお疲れのようですね。フィル様の好きな甘いものも用意してもらいましょうか」
「…うん、お願い」
ラズールが頷きベッドから離れる。部屋を出る前に振り返り心配そうに僕を見て、静かに扉を閉めた。
パタンと扉が閉まる音と同時に、強く抱きしめられる。
僕は顔だけ後ろに向けて、リアムの金髪に触れる。
「どうしたの?まだ眠い?」
「違う…。フィー、ごめんな。謝っても仕方のないことだけど、ごめん」
「なにが?」
「おまえの腕を斬ったこと。そのせいで体力と魔力が落ちたこと」
ああ、リアムには知られたくなかったんだけどな。でも隠しごとはしないと決めたから、いつかは話さなくてはならないことだった。
僕は前を向いてリアムきもたれ、身体に巻きつくリアムの手を右手で掴むと、僕の左腕に触れさせた。