翌日、リアムが率いる一隊は、バイロン国の第一王子、クルト王子と合流した。
後方支援のために、王城を出発していたらしい。だけど途中の街でリアムが撤退したと聞いて、待機していたそうだ。
昨日の一件の後も、僕はゼノの傍にいるようにとリアムに言われた。リアムは隊全体に注意を払わなければならないから、ゼノとトラビスに守ってもらう方が安全だと判断してのことだ。
そして僕の剣を持つことも許された。
ゼノが、僕が我々に剣を抜くことはないと言ってくれたからだ。
リアムも僕との記憶がないのに、なぜか信頼できると許可してくれた。
僕のことを忘れていても、リアムは僕に優しい。好意を寄せてくれる。ほんの少し、このままでもいいんじゃないかと思ってしまったけど、今のリアムは僕の正体を知らない。僕が呪われた子であることも、身体の痣のことも知らない。知ればどう思うのか。考えるだけで怖くて、絶対に知られてはダメだと思う。
「疲れましたか?本来は、明日には王城に着く予定だったのですが、クルト王子との合流で遅れそうです」
宿の部屋の窓際の椅子に座り、ぼんやりと空を眺めていると、ゼノに声をかけられた。
隊の皆は、数人ずつに別れて、それぞれ別の宿に入っている。
僕とゼノ、トラビスは、リアムの計らいで、リアムと同じ宿にいる。そしてクルト王子も。
リアムは今、クルト王子と面会しているはずだ。
僕は首を振ってゼノに微笑んだ。
「大丈夫だよ。王城に行くのは、遅れる方が都合がいい。できればこの宿でリアムと会って、話をしたいと思う。充分話して、王城に着く前には抜け出してイヴァル帝国に戻ろうと思う。…ゼノには悪いけど」
「気にする必要はありません。俺は連れて来たことを後悔してるのですよ。リアム様が記憶がなくても再びフィル様に好意を持たれたことは喜ばしいです。ですがクルト王子がここにいたことは想定外でした。あの方が誰かに興味を持たれることはないとは思いますが、もしもフィル様のことを気づかれたらと不安です」
椅子に座って眠ってると思っていたトラビスが、目を開けて聞く。
「クルト王子はそんなにも聡いのか?」
「ああ。知力も武力もリアム様の方が上だが、あの方は悪い方に頭がよく働く」
「それはよくないな」
「フィル様、俺も気をつけますし、リアム様も絶対にクルト王子とフィル様を会わさないうにしてくださいます。だから心配をしなくてもいいかとは思いますが」
「わかった。僕も気をつける。とりあえず今日中に、リアムに会えるかな?」
「会えます。クルト王子との面会が終われば、すぐに声がかかりますよ」
ゼノがそう言い終わる前に、扉が叩かれた。
扉の外からリアムの声がする。
「ゼノ、早く開けろ」
「今すぐに」
ゼノが扉を開けると、リアムがまっすぐに僕の前に来る。
僕は立ち上がり「クルト王子は?」と尋ねた。
「兄上は部屋で休んでいる。フィル、俺の部屋に来い。今夜は俺の部屋で休め」
「…え?でも、いいのですか?」
「構わん。俺が傍にいてほしいんだ。トラビス、いいか?」
「俺は反対する立場にありませんので」
明らかに不服そうな顔で、トラビスが言う。
ラズールなら絶対に反対しそうだけど、トラビスはラズールより甘いと思う。
「そうか、悪いな」と笑って、リアムが僕の手を掴む。
僕はリアムに手を引かれて、ゼノの部屋から意外と近くにあるリアムの部屋に入った。
部屋に入り扉が閉まるより早く、リアムが僕を抱きしめる。僕の肩に顔を埋めて深呼吸を繰り返している。
「あの…あまり匂わないで。身体を洗えてないし…」
「大丈夫だ。とても甘くいい香りがする」
「そんなことない…。あ、この部屋すごく広いね」
「まあな。俺は王子だから」
「クルト王子の部屋はどこに?」
「この上の階だ。なに?気になるのか?」
話をそらしながらリアムの肩を押して離れたのに、すぐに身体を密着されてしまう。
リアムに触れて嬉しいのだけど、髪を染めているから変な匂いがすると思う。だから離れようとしているのに、リアムが許してくれない。
僕は諦めて、リアムの胸に額をつけた。
「気になるよ…。だって明らかに僕は不審者でしょ?捕虜だってわかったら、問答無用で斬られそう」
「そんなこと、させるものか」
「リアムが守ってくれるの?」
「もちろん。おまえに指一本触れさせない」
「ふふっ、ありがとう」
リアムを見上げて笑うと、軽くキスをされた。
もっとしてほしいと欲が出て、リアムを見つめる。
リアムは美しい紫の瞳を細めて、僕の唇を塞ぐ。
ああ、リアムの味だ。僕を蕩けさせるリアムのキスだ。
伸ばした舌を絡め取られて吸われる。キスをしながらリアムの手が僕の耳をくすぐり、腰の奥が震えてしまう。
チュッと音を鳴らしてリアムの顔が離れ、今度は僕の首に唇が触れた。
その瞬間、反射的に僕はリアムの胸を強く押した。
「どうした?」
「あ…ごめっ…なさ」
「大丈夫だ。もうしない。だから落ち着け」
リアムが優しく抱きしめてくる。
僕は震えていた。だって僕の首には呪われた痣がある。今のリアムはそのことを知らない。知られたくない。だからリアムを拒絶するような態度を取ってしまった。
悪いことをしてしまったと悲しくなって、僕は涙を流した。
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