「でも恵ちゃんの心の奥には、スカートへの憧れがあるようだ。馬鹿にされず、褒められるなら、抵抗がなくなるんじゃないかな?」
彼が何を言おうとしているか察した私は、フルフルと首を横に振る。
「い、いや……。そこまでしなくても……」
涼さんはたじろいだ私の手を握り、私の目を見つめて言った。
「恵ちゃんみたいに素晴らしい女性が、トラウマに囚われ続けて今の自分を殺しているのが勿体ない」
キッパリと言われると、涼さんのまっすぐさの前で、自分のくだらないこだわりが矮小なものに感じられる。
「大人になると、他人がどんな服装をしているかなんて、自分には関係ないと思う人がほとんどだ。勿論、中には意地悪な人がいて『○○のくせにあんな格好をして……』って嗤う人がいるかもしれない。でもそういう人は本当に少数だ。普通の人は他人を嗤えば自分の品位が下がると分かっているし、仮に何か思っていたとしても本人の耳に届くように言わないものだ」
私は小さく頷く。
「お兄さんたちとの関係は良好?」
「そうですね。家族で集まる時は何かとプレゼントをくれます。要らないって言ってるのに、彼女にオススメされたとかでデパコスのリップとか、ちょっとお洒落なアクセサリーとか……」
今さらなんなのと思うけれど、贈り物に罪はないのでありがたく使っている。
「多分、お兄さんたちなりに心配してるんじゃないかな。子供の頃、お兄さんたちに嗤われて傷付いた事を、お母さんに言った?」
「……はい。そのフリフリワンピを着た日の夜に泣いて訴えて、そのあとはノータッチですが」
当時はとても傷付いて、癇癪を起こして『こんな物二度と着ない!』と母の前で床にワンピースを叩きつけた。
そのあとベッドの中で泣いた時、兄や友達への怒りや羞恥の他、『せっかくお祖母ちゃんが買ってくれたのに』という罪悪感にも苛まれ、しばらく鬱々と過ごしていたものだ。
「お母さんはそれを〝なかった事〟にしていないと思うよ。自分の娘がスカートを穿かない事を〝娘の選択〟として尊重しつつも、トラウマができた事を心配していると思う。きっかけとなった出来事を分かっている訳だから、上手くフォローできなかった自分を責めてるんじゃないかな」
涼さんは私の頭を撫で、優しい声で続ける。
「そして多分、お母さんはお兄さんたちに謝らせたはずだ。違う?」
「……そう、……ですけど」
確かにその出来事のあと、母はブチ切れて兄二人に『謝りなさい!』と言っていた。
傷付いた私は謝罪を受けてもなかった事にはできず、『いいよ』と言いながらも、そのあとずっとスカートを拒否し続けた。
「……今、兄貴たちが私にプレゼントをしてくるのって、罪滅ぼしとかでしょうか」
「だと思うよ。申し訳なく思っているけれど、今さら話題にして改めて謝るのも照れくさいし、大人になった恵ちゃんの選択を自分たちが左右できるとも思っていない。だからせめて、『こういうのも似合うと思う』っていう意味で贈り物をしてるんじゃないかな」
「はぁ……」
ずっと抱えていたモヤモヤの整理ができて、私は溜め息をつく。
「今のお兄さんたちは、恵ちゃんに申し訳なさを感じている。自分たちから女性らしいプレゼントをするぐらいだし、スカートを穿いても嗤われる事はないと思うよ」
順序立てて説明され、心の奥底にあった魚の小骨みたいなものが、かなり小さくなったのを感じた。
「それで多分だけど、百貨店で会った友達のほうは、思った以上に恵ちゃんが可愛かったから嫉妬したんじゃないかな」
「え? 嫉妬?」
私は目を瞬かせて聞き返す。
その女の子はクラスの中でも目立つタイプで、流行のものに敏感でお洒落で、皆に憧れられている子だった。
そんな彼女に、山猿みたいだった私が嫉妬されるなんてあり得ない。
「……これは俺の経験則だけど、小学生当時はお洒落に気を遣ってる子より、優しい子とか、話していて楽しい子に好感を持った。俺自身『格好いい』って見た目だけで告白された事が多かったから、必ずしも顔の可愛い子がいいとは思えなかったんだ」
小学生の涼さんって想像できないけど、きっと物凄い美少年だったんだろうな。
「それで想像だけど、小学生から見た目に気を遣っているタイプの子は、そういうものを気にせず元気に駆け回っているタイプの子を見て『ああなれない』って感じると思う。精神的に早熟な子は、もう無邪気な頃には戻れないんだ。……女の子あるあるだけど、『○○ちゃんは元気でいいよね』って褒めながら、恋のライバルにはならないと見下している。だから枠外にいた恵ちゃんが、ある日女の子らしい格好をして、とても可愛かったから危機感を抱いたんじゃないかな」
複雑な乙女心を説明され、私は納得すると同時に素直な感想を口にする。
「……随分女性の心理に詳しいですね」
コメント
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大人の余裕かな。(*´ ˘ `*)ウフフ♡