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車に乗って買い物に向かう。
運転席には夕香が座り、助手席に帽子を被って髪を隠した輝夜。そして小さい身体で後部座席を占領しているナディ。
「着きました」
秋葉原の一角にある店の前で車を止める夕香。車を降りた二人は足早に店内に向かう。
大型の家電量販店。店内には様々な電化製品が陳列されているが、輝夜達以外には客の姿は見当たらない。
「貸し切りにしてあるので、帽子を取っても構いませんよ」
夕香にそう言われた輝夜は帽子を脱ぐ。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。銀の弾丸様にお会いできて光栄です」
「お久しぶりですオーナー、早速ですが配信機材を一通りお願いします」
「かしこまりました」
オーナーに案内されて、店の一角へと向かう。様々な種類のカメラやドローンが陳列されていた。
「近年はダンジョンライブ配信が流行ってますから、うちもその辺に力を入れているんですよ」
オーナーの言葉通り、他の家電コーナーと比べても圧倒的な品数である。
「多すぎて全然わからない」
しかし、配信素人の輝夜はどの程度のスペックが必要なのかさっぱりわからず、種類が多いことで余計に迷ってしまう。
「配信は基本的にカメラを搭載したドローンが一機あれば可能です。ただ、ダンジョン内では戦闘が頻発するので、たまにドローンやカメラが壊れる場合があります。そのため、予備のドローンを一機か二機ほど用意する方が多いです」
「……そういえば、なんか、モニターとかついてるやつ無かったっけ?」
輝夜はゴブリンリーダーから助けたライバーのドローンにモニターがついていた事を思い出す。
それで配信が出来ているということは、同じドローンを買えば同じような配信が出来ると思った輝夜は、オーナーにそう尋ねる。
「ああ、ハイエンドモデルのドローンですね。モニターがついており、コメントや自分の配信画面が確認できるようになってます。加えて、自動で追従するので一度設定すれば、操作の必要はないためダンジョン攻略に集中できます。バッテリーも十二時間以上保ちますので長時間配信にも耐えれます」
「……じゃあ、それ三つください」
説明を聞いてもいまいちピンと来ない輝夜だが、ハイエンドモデルという程に高スペックのドローンならば大丈夫だろうと思い購入を決める。
「三機で九十六万円になります」
流石はハイエンドというだけあって、価格もかなりのものではあるが、金は政府からもらったカードがある。
年齢を勝手に弄られたこともあり、いくら使ったところで大して罪悪感もないため、気兼ねなくカードで決済する。
「うわっ、私の給料より高い」
金額を見た夕香は、あまりの高さに口に手を当てて思わずそう呟く。しかし、給料二ヶ月分とは言わない辺り、かなりの高級取りであることが伺える。
購入したドローンは、一度店に預けて設定をして貰うようにお願いし、後日マンションに送って貰うように手配する。
そして二日後、設定が完了したドローンの届いた輝夜は、それを持ってダンジョンへと向かった。
◇◆◇◆
「なんか緊張してきた」
『何時も通りやればいいじゃない』
「だってあの時は、どうせ誰も来ないと思ってたから」
輝夜はドローンのモニターに映る自分の姿を見ながら深呼吸を繰り返す。
「大丈夫、いつも通りダンジョンを攻略すればいい」
自分にそう言い聞かせる。
緊張で心臓の鼓動と呼吸が早くなる。
「ど、どれぐらい来るんだろう……」
前回は百万人以上が配信を観に来た。しかし、話題性と物珍しさ、そしてプロの氷室が居ればこその数。
さすがに百万人以上もの視聴者が集まることはないだろうと思いながらも、それでもどれほどの人が集まるのか、輝夜には想像もつかない。
「よし、行こうナディ」
輝夜は覚悟を決めて、ナディに配信開始ボタンを押させる。
『ポチっとな』
直後に配信が始まった。
「こ、こんにちは」
ドローンのカメラに向かって、輝夜は恐る恐る挨拶をする。
《きちゃああああああ》
《始まったああああああ》
《こんにちは》
《初めましてええええ》
《待ってた!》
〈待ってたぞ銀の弾丸!〉
〈今日もクールな攻略期待してる〉
《政府公認ライバーおめでとう!》
「……おぉう」
怒涛のように流れるコメントに、輝夜は驚いて後ずさる。配信直後ですでに同接は一万人を越えており、その数はなおも増え続けている。
「大勢に観に来て頂きまして、大変ありがとうございます……えーっと」
夕香と共にあらかじめ話す内容を考えていたが、緊張のあまりすべて忘れてしまう輝夜。
「いろいろ話す事あった筈なんだけど……なんだっけ?」
《いや俺らに聞かれてもわからん》
《緊張してるのかな?》
《声が震えててかわいい》
「あ、そうだ。夕香さんにメモを貰ってたんだった」
いざと言うときの為にメモ書きを貰っていた事を思い出し、ポケットから四つ折りにされたメモ用紙を取り出して広げる。
「えーっと、配信頑張ってね……だそうです」
メモ用紙に書かれていた一文を読み上げる輝夜。そして何の役にも立たないメモを捨て、ナディに目で助けを求める。
《夕香って如月夕香?》
《多分そうじゃね? 政府契約のプロだし》
《早速お姉さんのメモ用紙に頼るの可愛い》
《なんの役にも立たなかったけどな》
『とりあえず自己紹介しとけば?』
「……あ、そ、そっか。朱月輝夜、十六歳です。この度、ダンジョンの調査をライブ配信する役回りを任されました。よろしくお願いします」
《十六歳!?》
《高校生?》
《マジ?》
《十六歳なら経歴が全然ないのも納得だけど……嘘だろ?》
「十六歳です。詳しい事はプライベートなので言いませんけど」
内心では、きっつ……と血反吐を吐くような思いで十六歳と言い張る輝夜。
だが、年齢や私生活について話すとボロが出そうなので、さらっと流して深堀りするのは避ける。
「……ナディ、この後はどうすればいい?」
自己紹介をしたはいいが、何も話す事が思い付かずにナディに泣きつく輝夜。
『普通にダンジョンを攻略すればいいわよ』
《ナディちゃん保護者みたい》
《お姉さんってことろか》
「オーケー、それじゃあ、いつもどおりダンジョンに潜っていきます」
《いつも通り(二回目)》
《いつもを知らないからな》
《前回のもなんだかんだイレギュラーばっかりだったから》
《だからこそ百万人も同接が集まったわけだが》
「今日は少し遠出をして、大阪の堺市にある古墳ダンジョンに来ています」
《日本最大のダンジョン?》
《確か三十六階層まであったような》
《そんなヤバいダンジョンまでソロで行くのか》
《政府のプロハンターってやっぱヤバいんだな》
《いや、普通は複数人で行くと思う》
輝夜はこういうとき、何を喋るのが正解なんだろうと思いながら、何度か見ただけのダンジョン配信を思い出し、その真似をしてみる。
「ブラッドウルフは、基本的に二匹で行動するので、挟撃に気を付けて両方倒しましょう」
二度の銃声が重なり、輝夜の左右に居た赤毛の狼が倒れる。
「ランドホークはデカイ鳥なので、怯えず撃ち落としましょう」
輝夜の上空を旋回していた三メートル以上ある鷹が、銃声の鳴り響いた直後に落下してくる。
「……実況ってこれであってる? なんか違わない?」
他のライブ配信とは、少し違うような気がした輝夜はナディにそう聞く。
『コメント読めば良いんじゃない?』
コメントで送られてきた質問に答えながらダンジョンを攻略していく輝夜。
《何で銃を使ってるんでしょうか?》
「スキルで威力を底上げできるので」
ダンジョンに出現するモンスターには、銃が効かないモンスターも多く出現する。そのため腕の立つ冒険者になるほど銃を使わない。
「拳銃が使われない理由って、威力が足りないからだけど、逆にそれさえ補えるなら結局これが一番なんだよ」
ブーストで威力を上げられるため、輝夜と現代兵器の相性は非常に良い。
コメントと会話をしている間にも攻略は進み、輝夜は早々に一層目を突破し、二層、三層と足早に進んでいく。
《スキルは何を持ってるんですか?》
「ブーストっていうスキルと、後はほとんど使わないスキルがいくつか。魔力はナディの魔法用に取っときたいからね」
だんだんとコメントとのやり取りに慣れてきた輝夜は、緊張はほぐれ、最初は堅かった口調も崩れて普段通りの態度で話し始める。
《他のスキルも使えばもっと強くなるってこと?》
「いや、攻撃向きのスキルが少ないんだよね。分かりやすく言うなら、ゲームで低燃費で高火力のスキルが連続して使えるなら、基本的にそればっかり連打するのと一緒かな」
他にもスキルはあるが、わざわざそれを使うくらいなら、ブーストで強化した銃を撃つ方が強い。
《ダンジョンの調査って具体的に何をするんでしょうか?》
「……んー、なにすれば良いんだろうね? ナディ、調査ってなにするの?」
言われてみれば、一口に調査といっても何をすればいいのかよくわからない輝夜は、ナディに問いかける。
『スタンピードの可能性がないか調べるんでしょ』
「そのスタンピードの可能性ってどんなやつ?」
『……前提として、下の階層に行くほどモンスターが強く、多くなるのは何故かわかる?』
少し面倒くさそうな表情をしながらも、なんだかんだと説明をはじめるナディ。
「……システム的にそういうものだから」
ナディの問いに、少し悩んだ輝夜はそう答える。
『ダンジョンをゲームと一緒にしないの。魔力の濃度が濃いからよ。モンスターにとって魔力はエネルギーみたいなものなの』
ナディは呆れた様子でため息混じりに説明する。
『ダンジョンには希に魔力濃度が異常に高い魔力溜まりって場所が出来る事があるんだけど、魔力溜まりが濃ければ濃いほど、モンスターは強く多くなる。けれど、モンスターが増えすぎると一階層だけに収まらず、生活勢が増えて上の階層に侵出する』
「下には行かないの?」
『下には自分達より強いモンスターがいっぱいいるから』
「そっか」
『下からモンスターが上がってきたら、その階層にいたモンスター達は上の階層に逃げる。そうやってモンスター達が一階層ずつずれていって、最終的に一番上の階層にいたモンスターがゲートを越えて街中に出る』
《マジか》
《スタンピードってそういう原理なのか》
〈なんだ? 一体なんの話をしてるんだ?〉
《普通に歴史的発見をさらっと……》
《〈スタンピードが起こる原因を解説してた〉》
〈マジかよ。最新の研究でもわからないことを何で知ってるんだ……?〉
〈ダンジョン研究機関の者ですが、魔力溜まりについて詳しくお伺いできませんか?〉
「それがスタンピードってやつ?」
『正確には違うわよ、人間はスタンピードって呼んでるみたいだけど……これは言うなれば、ダンジョンのレベルアップであって、スタンピードじゃないわ』
《どういうことだってばよ》
《えぇ……?》
《ダンジョンのレベルアップ?》
〈おそらく、すべての階層のモンスターが一階層下のモンスターと入れ替わることで、ダンジョンの難易度が上がる事を言っているのでは?〉
《スタンピードじゃないのか?》
《ちょっとよくわからんのだが》
「じゃあそのスタンピードっていうのは?」
『ダンジョンの外に世界が広がっている事を知ったモンスターが、それを手に入れるために軍勢を率いて攻めてくる事。この間倒したゴブリンリーダーが良い例ね。きっと一層で軍勢を増やして攻めるつもりだったんでしょ』
「おお、マジか」
《えっ……》
《マジ?》
《この間のゴブリンリーダーって攻めようとしてたの!?》
《ってかモンスターって軍隊作るの!?》
《意思を持って攻めてくるって怖すぎん?》
輝夜は自分がスタンピードを阻止していた事に驚く。
「要するにイレギュラーモンスターが居ないか調べるってこと……?」
結局、いつも通りダンジョンを攻略すれば良いだけという事に気付く輝夜。
ナディの方に視線を向けると、最初にそう言ったと言うように肩を竦める。
「気負って損した気分だ」
輝夜は十層のボス部屋の扉を開けて中に入る。
「そんじゃ、まぁ……」
瞬きをするほどの一瞬で、ボスを倒した輝夜は十一層目へと突入する。
「行こうか」