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――瑠奈、思い出してくれ。お前の祖父は戦争に行った。
そこでたくさんの人達と出会い、そして死んでいった。
彼らの犠牲を無駄にするのか?
お兄ちゃんはもう死んでいる。
だから瑠奈の目の前にいる男は兄ではない。
兄は既に死んでしまったのだ。
――瑠奈、思い出せ!
瑠奈が顔を上げると、目の前に男が立っていた。
瑠奈は慌てて目を擦った。だが、そこにいたはずの男の姿はなかった。
――お兄ちゃんは死んだ。そう、兄は死んでしまった。
でも、私は兄と交わした約束を守れなかったことをずっと後悔していたのではなかったか?
――お兄ちゃんは瑠奈のことが大好きだったんだ。だから瑠奈、自分のことを大切にするんだぞ。
お兄ちゃんとの約束だぞ。
――そうだった。私はお兄ちゃんに言われた通り、自分を大切にしようと思っていたんだ。
だから、だから
……――でも、瑠奈は、お兄ちゃんのことを忘れられなかった。
だから、お兄ちゃんに会いたかったんだ。
――私も会いたいよ。お兄ちゃんに。
――俺はいつでもお前のそばに居るよ。瑠奈。――お兄ちゃん!――瑠奈!
お兄ちゃんの声が聞こえた。
――瑠奈!
――瑠奈! お兄ちゃん!どこ?どこにいるの?瑠奈が辺りを見回すと、兄の姿が見えた。
――俺だ!瑠奈!こっちだ!早く!時空回廊が閉じる。俺のエネルギーは残り少ない。お前をラバウルに届けるだけで精一杯だ。向こうで必ずおじいちゃんに遭うんだ。それで世界が救われる。じゃあな!
――待って! お兄ちゃん!瑠奈が兄を追いかけようとすると、瑠奈は目を覚ました。
ベッドから落ちそうになっていたことに気付くと、瑠奈は起き上がった。
時計を見る。午前2時。まだ夜中か。「お兄ちゃん……」
瑠奈はそう呟いた。
「私はここにいるから……」
瑠奈はベッドに潜り込んだ。そして再び目を閉じた。瑠奈は眠りに就いた。
瑠奈は再び夢を見た。その光景は瑠奈が幼いころの夢。両親がいて、兄がいた。
しかし顔はあまり覚えてない。戦争で死んだからだ。両親は蛇に食べられたと嘘をついた。
そんな思いやりいらない。
子供の心を傷つけたくないからってウソをつくなんて。兄は蛇に食われるようなノロマじゃない。
空襲で死んだんだ。
「お父さんお母さんのバカ。バカバカ。バカ‼」
絶叫して目が覚めた。
チャプチャプと水の音がする。気づくとヨットの上で寝ていた。身体に飛沫がかかる。
どうやらビキニ姿で横たわっているらしい。
上体を起こすと帆にセーラー服がたなびいていた。濃紺の長袖冬服にプリーツスカート。あれを着るしかないのか。
瑠奈は吐息してロープを手繰り寄せた。ヨットはいつの間にか岸壁に停泊している。
遠くに人影が見えた。裸同然のスタイルでは怪しまれる。
瑠奈は意を決してスカートに足を通した。上着を被り赤いスカーフを結ぶ。靴はない。
しかたなく素足のまま港に降り立った。
「こんにちは」
声をかけられた。その声には聞き覚えがあった。
「君は……あの時の?」
「ええ、貴方はあの時、私に命を助けられたんです」
「あ……あ……ありがとうございます」
瑠奈が頭を下げる。「いえ、気にしないでください」
瑠奈は彼女から目をそらす。彼女がまぶしくてまともに見れない。
「あの、失礼ですが、お名前を教えてくれませんか?」
「私は、山崎莉那といいます」――山崎莉那。
「山崎莉那さんですか? その……私達、以前どこかで会いま……」
「瑠奈」突然、山崎莉那の後ろに現れた人物が彼女の肩を掴んだ。
「え?誰?」
山崎莉那が驚く。
「やっと見つけた」
「な、なによあんた」
山崎莉那が振り返る。
「さあ帰ろう」山崎莉那の後ろの男――それは瑠奈の兄、直哉だった。
「お、お兄ちゃん!?」
瑠奈が叫んだ。
「お、お前は」
直哉は後ずさりした。
「あーあー、残念。タイムオーバーですね」
「……お前……山崎莉那なのか?」
「そうよ。貴方は……長谷川直哉ね」
「お前……何で生きて……!?」
「えへっ」
「え?」
「だって、貴方の寿命、まだあるでしょう」
「……え?……あ……そっか」
直哉は笑みを浮かべた。
「さてと、貴方達のことは見逃しましょう。ただし、ラバウルマンには気をつけてください」
「ラバウルマン?」
「知らないんですか? 麦わら帽子を投げて颯爽と敵を切り倒す正義の味方。あなたのおじいさんですよ」
「なんで祖父が正義のヒーローなんか?」
「さぁ。元日本兵らしいっすけど。おっと、時間切れだ。いかなくちゃ!では!!」
山崎莉那の姿が見えなくなった。「ではって……」
瑠奈は途方に暮れていた。そしてセーラー服姿に素足でトボトボ歩いていると見かねたのか老婆が草履をくれた。
「死んだ夫のだけどよかったら使っておくれ。水虫がうつるかもしれないけどねぇ。ヒャッヒャッ」
「あ……ありがとう……ございます」
「おやおや、お嬢ちゃん、若い娘がセーラー服で出歩くのは感心せんね。そうだね、これをやるよ」
そう言って渡されたのは黒い靴下だった。
「こ……こんな高価なもの」
「いいんだよ、もらっておけ。じゃあな」
「……すみません」瑠奈はもらった草履と靴下で家路に着いた。玄関のドアを開けると、卓也が出迎えてくれた。
「お帰り」
「お兄ちゃん、今日は何をしていたの?」
「ちょっと出かけてた」
「どこに行ってたの?」
「ん……散歩」
瑠奈が居間に行くと、卓哉と優がテレビゲームをしている最中だった。
「ただいま」
「おう、おかえり」
「あ、瑠奈姉ちゃん」
「あ、瑠奈姉ちゃん」
「ほれ、靴下に穴が開いてんじゃねえかよ」卓哉が指摘した。
「え?どこ?本当だ。うわぁ」瑠奈が悲鳴を上げた。
「どうした?」
「穴空いた……」
「しょうがないわね。今縫ってあげるから」
「ありがとう……」
瑠奈は裁縫箱を持ってきた。しばらくすると、縫い針に糸を通す音が響いた。
「はいできたよ。もう破かないでよね」
「うん、ごめんなさい……」
――そういえば昔、「え? お兄ちゃんの背中に火傷の痕があるの? そう言えばお兄ちゃんの子供の頃の写真にそういうのあったような気がする」