TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

2018年12月17日。

寒々とした深夜0時を少し回った頃。


ベッドで寝ていた私はうつらうつらしながら寝返りを打とうとした。

その瞬間、あろうことか布団から滑り、ベッドとパソコンラックの間の隙間に落ちてしまった。

隙間は僅か30センチ余り。


すっぽり横倒しに隙間に嵌ってしまった私は慌てて起き上がろうとした。

しかし、パソコンラックの前に置いてある机のせいで私の体は太腿まで固定されている。

左側を下に横になっているので、自由に動かせるのは右腕と右足だけ。


私は右手でパソコンラックの足を掴んで、体の下になっている左腕の移動を試みた。

左腕で体を支え起こせたなら何とか起き上がれずはずだ。


そう信じて何度も狭い隙間で上体を起こしながら、少しずつ体の下から左腕を動かしてゆく。

ようやく左肘がつける体勢になった頃には右腕が痛み始めていた。

それでももがきながら何度も上体を起こし、更に左手が床につけるようにゆっくりと移動させてみる。


が、それもそこまでだった。

急激なダイエットで体力が落ちていた私には、もう下側の腕を動かす力が残っていない。

度重なる運動に心臓がバクバクとし、起き上がる度に力んでいた首すじがつる。

体の重みに耐えていた左腕がブルブルと震えだす。


全く身動きが取れない恐怖は言葉では言い表せない。

そんな私をあざ笑うようかのように、部屋は暗闇に包まれしんとしている。


「なんとかしないと……」


しばらく休んだ私は、今度はできる限りうつ伏せになって起き上がることを試みた。

パソコンラックの足を掴んで、無理やり右回りに体を回転させる。

だが、それが裏目にでてしまった。

起き上がるどころか、ただでさえ狭い隙間にがっしりと体ごと挟まり込むことになってしまったのだ。


「ええ? 動けない!」

焦りでパニック状態になる。


『助けて!』と心の中で叫ぶが、一人暮らしの私には助けを呼ぶことさえできない。

「このまま誰にも気づかれずに死んでしまうのでは……」

嫌な思いがよぎり、冷や汗がじっとりと手を濡らす。

喉が乾いて仕方がない。

生唾を飲み込みながら耐えるしかない。


「……このまま死ぬのは嫌だ!」

必死の思いで再び体を動かしてかろうじて横向きになった。

うつ伏せになる前まではかなり上体を起こせていたので再チャレンジだ。


パソコンラックの足を掴んでは上体を起こす。

しかしながら、一度うつ伏せになったことでそれまで体を支えていた左腕の位置がずれている。

体全体が頭上の壁の方向へと移動して、左腕の支えがきかなくなってしまった。

「どうしよう……」

思い悩みながら悪戦苦闘をすること数時間。

どんどん体力が減ってゆく。


最後には起き上がるどころか、右腕でパソコンラックの足を掴むことすら難しくなってきた。

片腕で全体重を支え続けていたので力尽きた感じだ。



「このままでは本当に死んでしまう……」

絶望感が私を包む。

真冬の部屋で吐く息も荒い。

上半身の痛みに顔を歪め、指一本すら動かせないほど消耗して目を閉じた。

体中の力を抜き、くたりとしながら孤独死する自分を思い描く。



普段から近所付き合いもない引きこもり。

私の姿を見かけないと不思議に思う人もいないだろう。


1週間、いや1月経っても発見されずに餓死した死体が残るのか。

ややもすれば1年はこのままかも知れない。

その頃には腐乱も進み白骨化しているのだろうか?


考えただけでぞっとする。



その時、ふいに机の携帯のアラームが鳴った。

ゴミ出しのために5時半にセットしていたアラームだ。

身じろぎも出来ない私は、ただただアラームが鳴るのを聴く。

しばらくして5分スヌーズにしていたアラームが止まった。


私ははっとした。

もしも携帯を手にすることが出来たなら、助けを呼ぶことが出来るのではないか?



私は賭けに出た。

机から携帯を落とし、足で手繰り寄せる作戦だ。

問題は携帯が足の届かない場所に落ちてしまったら、一環の終わりという点だ。



祈る気持ちで手と足を使って机を揺さぶる。

机の上の物がバラバラと落ちる。

しかし、肝心の携帯は落ちてこない。

何度も繰り返していると、ゴトッと重たいものが落ちる音がした。



やったのか?

遂に携帯を落とすことに成功した?



今度は動かせる右足のダウンカバーを脱ぐ。

これがなかなか難関だった。

膝まであるダウンカバーはところどころに着脱防止用のゴムがついている。

右足のみで脱ぐのは無理だ。


窮屈な姿勢で半分までずり下ろすことが出来たが、踵部分が引っかかって上手く脱げない。

出来るだけ足を胸側に引き寄せて何とかつま先を掴んで力任せに引っ張ったが駄目だった。


ここで諦めたら、人知れず死ぬことは確定している。


私はダウンカバーを僅かに引っ張りながら、踵部分の引っかかりを取ることに専念した。

少しずつ、少しずつダウンカバーがずれてゆく。

着脱防止のゴムの締め付けが恨めしい。


格闘すること数時間。

焦りと体力消耗で気が狂わんばかりだ。

「はやく、はやくっ」

じりじりと過ぎてゆく時間の中、必死に踵の引っかかりをずらす。

そして、ついにダウンカバーを脱ぐことができた!

後は携帯を探すだけだ。


実のところ、この段階で携帯の位置を目で確認することは不可能だった。

眼の前はパソコンラックの底板。

お腹の辺りから幅45センチの机が私の体を固定してしまっている。

頼りは僅かに動かせる足の感覚のみ。


無理やり太腿を上げて机の足の間に右足を差し込む。

ゴミで散らかった机の下を金属を探して足を動かす。

何か金属らしきものに足が当たった。

「携帯に間違いない!」

ゴミをかき分けながらゆっくりと手繰り寄せる。

何か四角い物が伸ばした手の指先に当たり、私は嬉々としてそれを手にする。


最初に手にしたのは机から落ちた空の煙草の箱だった。

「違う、金属を探すんだ!」

足先に全神経を集中して金属を探す。


次に足に当たったのは、間違いなく金属だった。

「遂にきた!」

喜び勇んで手繰り寄せると、それはやはり机から落ちたシュレッダー用の鋏だ。

凹みながら再度足でゴミの中を探す。


今度は何やら四角い金属に当たった。

「今度こそ携帯だ!」

そう念じて足で手繰り寄せていると、何かに引っかかって『それ』が動かなくなった。

「え……」

靴下を履いた足では滑ってそれ以上手繰り寄せれない。

私はダウンカバーを外した要領で靴下を脱ぎ、その金属に触れてみる。


四角く、ストラップみたいなものがついている。

間違いない、携帯だ。


ストラップは直ぐに足の指で挟めたので「しめた!」と思った。

しかしながら、足の指で掴んだのは携帯のストラップではなく、机から落ちたヘッドセットのコードだった。


そこにあるのが分かるのに、どうしても携帯が掴めない。


散乱したゴミやら薬の袋に阻まれて、手繰り寄せられなくなってしまった携帯を足で確認する。

「ストラップさえ掴めれば……」


私は携帯を蹴飛ばさないように気をつけながら携帯のストラップを探す。

そしてなんとか携帯のストラップを探り当て、足の指で掴むことが出来た。


私の携帯はガラケーで、ネックストラップが付いている。

そのお蔭で長いネックストラップの端を掴むことが出来たのだ。


と、ここで1つ問題があった、

私の上体はパソコンラックで身動きが取れない。

ストラップを掴んだ足も机の足で自由に動かせない。


どうやって足の指先からストラップを掴めばいいのだろう?


ネックストラップは長いから、持ち上げて携帯をぶら下げることもできない。

ここまで来て万事休す。



私が困惑していたのは、パソコンラックに付いている物置台だった。

それがあるせいで、上体をパソコンラックの下の隙間に潜り込ませることが出来ないのだ。



だが、ここまで来て諦めることは出来ない。

このまま死ぬか、助けを呼ぶか。


『生きる』、一択だ。



横向きの体を無理やり物置の下にねじ込むようにして、なんとか右腕から先を足元へを近づける。

が、僅かに届かない。


一度やってみたら分かると思うが、上体を固定され、僅かに腿を曲げるだけで足先のものが掴めるかどうか……。


渾身の力を込めて腕と足を近づける。

この動作を繰り返すこと数十回。

いよいよ疲労がピークに達したところで、微かに指がストラップに触れた。

その瞬間を私は逃さなかった。

とうとう、携帯のストラップを手にすることが出来たのだ。



私は直ぐさま腕を物置き台の隙間から引き抜いて、震える手で携帯を掴んだ。

落ちた隙間は30センチほどしかないので、携帯の画面を見るのも一苦労だ。

近眼の人間が覗き込むような姿勢で携帯を操作して市内に住む姉に電話をかけた。

7時49分。

早起きの姉はもう起きている時間だ。



しかし、ここでも予期せぬことが起こる。

コールを50回しても姉が出ないのだ。

「おかけになった電話は相手がでれられません。おかけになった電話は……」

一度切ってから再び電話をする。

が、やはり同じアナウンスが流れる。

3回目も同じだった。



「起きているはずなのになんで繋がらないのだろう?」



安堵が不安に変わりつつ、4回目の電話をかける。

疲弊した右腕は携帯を握っているだけでもプルプルと震え、既に限界を超えていた。

そんな自分を支えていたのは『生きる』という思いだけだ。


虚しく鳴るコール音を祈る思いで数える。

30回くらいコールした後でようやく姉が出た。

「もしもし、どうしたの?」

「助けて!」

手短に状況を説明すると姉はすく行くと言ってくれた。



15分後に駆けつけてくれた姉が横倒しの私を発見した。

「暗くてよく見えない。電気はどこ?」

「廊下!」


部屋の明かりが点いて、姉が隙間に嵌った私の右腕を引っ張る。

自分でも起き上がろうとするのだが、長時間にわたる苦闘で体力がなくなってしまい起き上がれない。


何度か試して、無理だと判断した姉は旦那を呼ぼうと言い出した。

「体が痛い。これ以上無理。何とか出来ない?」

体の左半身がしびれてもう痛みしか感じない。

「やってみる」

懇願する私に、姉は自由になる両足をまずベッドに上げ、それから私の上体を全力で引っ張り上げた。


ふわっ。

隙間にすっぽり嵌った体が浮く。

こうして私は無事に救出された。



姉はベッドでぐったりとする私に布団をかけ、携帯を握らせて

「9時から用事があるから行くけど、何かあったら電話するんだよ」

と言い残して帰って行った。



今、文章にしているだけでも戦慄する。

これが私の体験した恐怖の8時間だ。

現在、両腕右腰が筋肉痛、左腰打撲、左肋骨に痛みがある。


幸いな事にエアコンを入れていたので凍死は免れた。

でも、もし誰にも気づかれなかったら死んでいたかも知れない。


いつもはベッドに持っていく携帯が机に置いてなかったら?


ゴミのお蔭で携帯が滑らずに床に落ちてくれなかったら?


姉が私からの緊急の電話に出てくれてなかったら?


いくつもの幸運に恵まれて、今私はこうして生きている。



惨事の引き金になったベッドとパソコンラックの隙間には衣装ケースを置いた。

二度と同じ目に遭わないように。


一人暮らしの事故は案外何の変哲もないことから起きているのかも知れない。



『生きる』ということに執着したおかげで今の存在がある。

もし、家庭内で事故に遭ってしまった場合は、何が何でも諦めないで欲しい。

最後まで考え、もがき生き抜いて欲しい。

何か最善の索があるかも知れないからだ。

それが一連の事件を体験した筆者の心からの願いである。

この作品はいかがでしたか?

12

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚