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第38話「エルフの元婚約者が会社を去る日」
一か月後。
金曜日。
午前八時五十分。
営業企画部。
神崎レオンの机の横には。
段ボール箱があった。
相沢直人が見る。
「本当に今日なんだ」
「はい」
神崎が書類を整理する。
「六か月の出向でしたから」
田中美咲。
「延長しないんですか?」
「先方が戻れと言っています」
「断れば?」
「会社員ですから」
森野リリカが言う。
「エルフでも会社員です」
神崎。
「その通りです」
月島セシル。
「次の職場は?」
「本社の経営企画です」
相沢。
「出世?」
「一応」
田中。
「じゃあ送別会ですね」
神崎。
「昨日やりました」
「もう一回」
「必要ありません」
「水原さんも呼んで」
神崎の耳。
ぴく。
田中。
「あ」
神崎。
「何ですか」
「動いた」
「耳は動きます」
「水原さんって言った瞬間」
「偶然です」
ぴく。
森野。
「嘘」
神崎。
「リリカ」
「はい」
「最後の日くらい静かにしてください」
「嫌です」
午前十時。
最後のプロジェクト会議。
相沢。
森野。
神崎。
三人。
半年前。
最初に組まされた三人。
相沢がリーダー。
森野。
神崎。
当時。
相沢にとって神崎は。
突然現れた。
森野の元婚約者。
しかも。
百四十七歳のエルフ。
どう考えても。
面倒な存在だった。
今。
神崎が資料を閉じる。
「以上です」
相沢。
「これで引き継ぎ終わり?」
「はい」
森野。
「抜け漏れない?」
「あなたより仕事は丁寧です」
「最後までそれ言う?」
「事実です」
ぴく。
相沢。
「森野さん」
「何ですか」
「耳」
「これは怒ってるんです!」
三人。
笑う。
会議室を出る前。
神崎が。
少し立ち止まる。
「相沢さん」
「何?」
「少し」
森野を見る。
「二人で話せます?」
森野。
「私を追い出すの?」
「はい」
「何で?」
「男性同士の話です」
「怪しい」
相沢。
「五分だけ」
森野。
「……」
二人を見る。
「変な話しないでください」
神崎。
「変な話とは?」
「私の話」
「しますよ」
「しないで!」
結局。
森野は出ていく。
会議室。
相沢と神崎。
二人。
神崎が言う。
「相沢さん」
「はい」
「リリカを」
相沢。
「幸せにしてください?」
神崎。
「違います」
「違うの?」
「彼女が幸せになるかどうかは」
少し笑う。
「彼女が決めることです」
相沢。
「森野さんのお母さんと同じこと言うね」
「長く生きると似た考えになるんでしょう」
「じゃあ何?」
神崎は。
少し考える。
「逃げないでください」
相沢が黙る。
「リリカは」
「うん」
「昔から」
「うん」
「怖くなると逃げます」
「知ってる」
「あなたまで逃げたら」
神崎は言う。
「彼女はまた百年くらい恋愛しないかもしれません」
相沢。
「責任重いな」
「重いですよ」
「でも」
「はい」
相沢は笑う。
「俺も逃げるつもりない」
神崎の耳。
動かない。
「そうですか」
「うん」
「なら」
神崎は立つ。
「それだけです」
相沢も立つ。
「神崎さん」
「はい」
「水原さん」
耳。
ぴく。
「大事にね」
「あなたに言われるとは思いませんでした」
「元恋敵として」
「余計なお世話です」
昼。
社員食堂。
最後の昼食。
神崎。
蕎麦。
森野。
生姜焼き。
相沢。
唐揚げ。
月島。
カレー。
田中。
パスタ。
田中が言う。
「神崎さん」
「はい」
「最後だから聞きます」
「嫌な予感がします」
「森野さんと」
森野。
「田中さん」
「本当に何もなかったんですか?」
神崎。
「六十八年前まで婚約者でした」
「それ以外」
「ありません」
森野。
「ありません」
二人の耳。
動かない。
田中。
「本当なんだ」
森野。
「何を期待してたんですか」
「ドラマ」
「現実です」
月島。
「現実のほうが十分ドラマだと思います」
全員。
少し考える。
確かに。
午後四時半。
神崎の机。
ほぼ空。
部長が。
紙袋を渡す。
「みんなから」
「ありがとうございます」
中。
高級菓子。
神崎。
「なぜ甘いもの?」
森野。
「好きでしょう」
「よく覚えてましたね」
「六か月一緒にいれば」
「六十八年前は私が髪飾りを買ったことすら忘れていたのに」
森野。
「まだ言う?」
神崎。
「あと百年くらい言います」
「長い!」
午後五時。
終業。
部長。
「じゃあ神崎」
「はい」
「六か月、お疲れ」
拍手。
田中。
かなり大きい。
月島も。
相沢も。
森野も。
神崎が頭を下げる。
「お世話になりました」
田中。
「遊びに来てください」
「会社に遊びには来ません」
「水原さんと一緒に」
ぴく。
「田中さん」
「はい」
「最後までそれですか」
「はい」
神崎。
笑う。
「分かりました」
段ボール箱を持つ。
エレベーター前。
森野が追ってくる。
「レオン」
「はい」
「駅まで」
「いいですよ」
「送る」
「私、一人で帰れます」
「知ってる」
二人。
歩く。
相沢は。
少し離れて後ろ。
途中まで一緒。
会社を出る。
夕方。
森野と神崎。
並ぶ。
昔。
婚約していた二人。
「レオン」
「はい」
「六か月」
「はい」
「楽しかった?」
神崎。
少し考える。
「はい」
耳。
動かない。
「リリカは?」
「楽しかった」
耳。
動かない。
「最初は嫌だったけど」
「知ってます」
「相沢さんとの間に入ってくるし」
「仕事です」
「元婚約者だし」
「事実です」
「勝手に母の家に捕まるし」
「私のせいではありません」
森野が笑う。
駅前。
神崎が止まる。
「リリカ」
「何?」
「私は」
少し間。
「あなたと結婚しなくて」
森野の表情が変わる。
「よかったと思っています」
森野。
「……」
神崎が笑う。
「今は」
「それ」
森野も笑う。
「ちょっと失礼じゃない?」
「そうですか?」
「私、かなりいい妻になると思う」
耳。
ぴく。
神崎。
「自信ないですね」
「あります!」
ぴく。
「耳」
「うるさい」
神崎は。
森野を見る。
「でも」
「何?」
「あなたが」
少し離れた。
相沢を見る。
「自分で選んだ人といるのを見られて」
「……」
「よかったです」
森野の耳。
静かになる。
「ありがとう」
「はい」
「レオンも」
「何です?」
「自分で選んで」
神崎の耳。
ぴく。
「誰を?」
「知りません」
「水原さん?」
ぴく。
森野。
笑う。
「分かりやすい」
「あなたにだけは言われたくありません」
神崎が。
改札へ向かう。
「じゃあ」
森野。
「またね」
神崎が止まる。
振り返る。
「また?」
「だって」
森野が言う。
「同じ東京でしょう」
「……」
「昔みたいに」
少し笑う。
「六十八年会わないわけじゃない」
神崎も。
笑った。
「そうですね」
「また来週くらい」
「早いですね」
「ランチでも」
「水原さんも?」
「連れてきて」
神崎。
「考えておきます」
改札。
神崎が消える。
森野は。
しばらく見ていた。
相沢が隣へ。
「寂しい?」
「少し」
耳。
動かない。
「嫉妬した?」
森野が聞く。
「少し」
「まだ?」
「元婚約者だから」
森野。
笑う。
「かわいい」
「百十二歳下だから?」
「はい」
二人。
手をつなぐ。
翌週。
月曜日。
午前九時。
営業企画部。
神崎の席。
空。
田中が言う。
「変ですね」
森野。
「何が?」
「静か」
月島。
「一人いないだけなのに」
相沢も。
神崎の空席を見る。
部長。
「いつまでも寂しがってないで仕事」
全員。
「はい」
午前九時十五分。
受付から電話。
部長。
「はい」
「……え?」
森野。
嫌な予感。
「今度は何ですか」
部長。
「人事」
「人事?」
「神崎の後任」
相沢。
「もう来るの?」
「今日から」
田中。
「どんな人?」
部長が。
資料を見る。
そして。
止まる。
「……」
森野。
「どうしました?」
部長。
「エルフ」
全員。
「また?」
部長。
「いや」
資料を見直す。
「ちょっと違う」
「何が?」
部長が言う。
「本人の申告では」
一拍。
「ハーフエルフ」
森野。
「……」
月島。
「……」
相沢。
「ハーフ?」
エレベーター。
到着音。
扉が開く。
若い男性。
二十代半ば。
スーツ。
黒髪。
一見。
普通の人間。
ただ。
耳が。
人間より少し長い。
エルフより。
少し短い。
男性が頭を下げる。
「初めまして」
「今日からお世話になります」
そして。
森野を見る。
少し笑った。
「母から」
「森野リリカさんの話は」
「ずっと聞いていました」
森野の耳が。
ぴく。
「お母様?」
男性。
「はい」
「母はエルフです」
「名前は?」
「藤堂アリアです」
森野の顔が。
止まった。
月島が気づく。
「知ってるんですか?」
森野。
「……知ってます」
「どんな人?」
森野は。
若い男性を見る。
そして。
小さく言った。
「私が」
一拍。
「百年前に大喧嘩して」
「それ以来」
「一度も会っていない友達です」
相沢。
「百年前?」
田中。
「また歴史が始まった」
森野。
「始めないでください!」
神崎が去った翌週。
今度は。
百年前に絶交した友人の息子が。
同じ部署へ。
やってきた。
コメント
1件
nashirinさん、第38話読みました。神崎さんの最終日だと思ったら、最後にまさかの新キャラ登場でびっくりしました! 特に「逃げないでください」という神崎から相沢への言葉と、駅前で「あなたが自分で選んだ人といるのを見られてよかった」というやり取りがすごく温かくてじんときました。耳のぴくぴくも相変わらず可愛くて。でも最後の「百年前に絶交した友達の息子」でまた新展開…これは続きが気になりすぎます。次話も楽しみにしています!