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第39話「百年前に絶交したエルフの息子」
月曜日。
午前九時二十分。
営業企画部。
神崎レオンが去った席に。
新しい社員が座っている。
藤堂ユウ。
二十六歳。
父親は人間。
母親はエルフ。
本人いわく。
ハーフエルフ。
耳は。
人間より長い。
エルフより短い。
そして。
その母親。
藤堂アリア。
森野リリカが。
百年前に大喧嘩して。
それ以来。
一度も会っていない友人。
田中美咲が。
小声で言う。
「百年前の絶交」
森野。
「聞こえてます」
「すみません」
「その言い方やめてください」
「でも百年前ですよね?」
「正確には」
森野は考える。
「百三年くらい」
田中。
「もっと長かった」
相沢直人が聞く。
「何歳のとき?」
「四十歳くらいです」
「若いね」
「若かったです」
月島セシル。
「エルフ基準で?」
「人間基準でも」
「四十ですよ」
森野。
「私から見れば若いです」
相沢。
「俺三十一」
森野。
「若いです」
「子供?」
「かなり」
「恋人なんだけど」
森野の耳。
ぴく。
「知ってます」
藤堂ユウが。
困ったように笑う。
「あの」
全員。
見る。
「仕事」
「……」
「教えていただけますか?」
部長。
「そうだった」
田中。
「新人でしたね」
藤堂。
「一応」
森野。
「ごめんなさい」
午前十時。
引き継ぎ。
担当は。
森野。
相沢。
月島。
藤堂は。
パソコン操作が速い。
相沢が言う。
「慣れてますね」
「前職でも似た仕事だったので」
「前は?」
「広告会社です」
「何年?」
「三年です」
森野が。
少し不思議そうに見る。
「三年」
「はい」
「普通ですね」
藤堂。
「普通です」
「二十六歳ですもんね」
「はい」
森野。
「新鮮」
相沢。
「何が?」
「職歴が年齢通り」
月島。
「私たちの場合、説明すると長くなりますからね」
藤堂が笑う。
「母もそうです」
森野の手。
止まる。
「お母様」
「はい」
「今、おいくつ?」
「百五十二です」
森野。
「九歳上か」
藤堂。
「森野さんのこと」
「……」
「よく話してました」
森野の耳。
ぴく。
「どんなふうに?」
「頑固」
森野。
「……」
相沢。
横を見る。
森野。
「何ですか」
「いや」
「何?」
「合ってるなと」
「相沢さん」
藤堂が続ける。
「意地っ張り」
田中。
遠くから。
「合ってる」
森野。
「田中さん、仕事!」
「あと」
藤堂。
「すぐ逃げる」
森野。
停止。
相沢も。
停止。
月島。
少しだけ笑う。
森野。
「お母様」
「はい」
「百年たっても」
「はい」
「全然変わってませんね」
耳。
ぴくぴく。
昼。
社員食堂。
当然。
話題は。
藤堂。
田中が聞く。
「ハーフエルフって」
「はい」
「寿命は?」
藤堂。
「分かりません」
「分からない?」
「前例が少ないので」
森野がうなずく。
「そうですね」
相沢。
「エルフくらい長い可能性も?」
「あります」
「人間と同じ可能性も?」
「あります」
「その中間も?」
「あるそうです」
田中。
「見た目は?」
藤堂。
「普通だと思います」
「年を取る速度」
「今のところ人間と同じくらいです」
森野が。
じっと藤堂を見る。
藤堂。
「何ですか?」
「いえ」
「はい」
「二十六歳に見えるなと思って」
「二十六歳です」
「そうですよね」
田中。
「森野さん、感覚おかしくなってますよ」
「周囲に百歳以上が多すぎるんです」
月島。
「失礼ですね」
「月島さん二百三歳でしょう」
「そうですけど」
田中がさらに聞く。
「魔法は?」
藤堂。
「使えません」
「弓」
「使いません」
「森」
「住んでません」
「木の実」
「普通に食べますけど」
森野。
「田中さん」
「はい」
「もうその質問は禁止にしません?」
「気になるんです」
午後。
森野と藤堂。
二人で資料整理。
森野が。
ようやく聞く。
「藤堂さん」
「ユウでいいですよ」
「じゃあ」
少し戸惑う。
「ユウ君」
「はい」
「お母様は」
「はい」
「私がここにいるって知ってて」
「知ってます」
「それであなたを?」
「違います」
藤堂は笑う。
「配属は偶然です」
「本当に?」
「本当です」
森野。
藤堂の耳を見る。
「……」
藤堂。
「何ですか?」
「耳」
「はい?」
「動かないんですね」
「母から聞いてます」
「何を?」
「純血のエルフは嘘つくと耳が動くことがあるって」
森野。
「……」
「僕は動きません」
相沢が。
隣から言う。
「ずるい」
藤堂。
「何がです?」
森野。
「本当にずるい」
「森野さんまで」
「嘘つき放題」
「そういう使い方しません」
午後三時。
休憩。
藤堂が。
森野へ。
スマートフォンを差し出す。
「母です」
「え?」
「写真」
画面。
女性。
見た目。
三十代前半。
明るい茶色の髪。
長い耳。
笑っている。
森野は。
黙る。
「変わってない」
「森野さんも同じこと言われてますよ」
「そうですね」
「会いたいですか?」
森野。
すぐには答えない。
「分かりません」
耳。
動かない。
本当に。
分からない。
藤堂が聞く。
「何で喧嘩したんです?」
森野。
「聞いてない?」
「母は言いません」
「そう」
「ただ」
「はい」
「森野さんが悪いって」
耳。
ぴく。
森野。
「アリア!」
営業企画部。
全員。
振り向く。
森野。
「……すみません」
相沢。
「何したの?」
「忘れました」
ぴく。
相沢。
「嘘」
「細かいところは忘れました!」
「大まかには?」
森野。
「……」
月島。
「聞きたいです」
田中。
「私も」
部長。
「俺もちょっと」
森野。
「何で全員参加なんですか」
仕方なく。
森野は話す。
百三年前。
森野。
四十歳。
アリア。
四十九歳。
二人は。
同じ町に住んでいた。
親友だった。
毎日のように。
一緒にいた。
ある日。
アリアが。
人間の男性を好きになった。
相沢。
「また恋愛?」
森野。
「昔からありますよ」
田中。
「それで?」
「私は反対しました」
藤堂。
「どうして?」
「人間だから」
全員。
静かになる。
今。
森野の恋人は。
人間。
森野。
「その顔やめてください」
相沢。
「いや」
「百年前です」
「うん」
「考え方も違いました」
「それで?」
「人間は先に死ぬ」
「うん」
「絶対に後悔する」
「うん」
「別れたほうがいいって」
藤堂が。
静かに聞く。
「母に言ったんですか?」
「はい」
「母は?」
「怒りました」
「でしょうね」
森野。
「最後に」
「はい」
「好きにすればって」
「……」
「それから」
少し間。
「会わなくなりました」
藤堂が。
しばらく森野を見る。
「森野さん」
「はい」
「その男性」
「はい」
「僕の父です」
営業企画部。
沈黙。
森野。
「……」
相沢。
「……」
田中。
「……」
月島。
「……」
森野。
「え?」
藤堂。
「母」
少し笑う。
「好きにしたんです」
森野。
「……」
「その人と」
「……」
「百年近く付き合って」
「え?」
「十二年前に」
藤堂は言う。
「結婚しました」
森野。
完全停止。
「十二年前?」
「はい」
「それまで?」
「ずっと事実婚みたいな感じだったそうです」
「……」
「それで」
藤堂は。
自分を指す。
「二十六年前に僕が生まれました」
森野。
「ちょっと待って」
頭を押さえる。
「百年前に」
「はい」
「私が」
「はい」
「絶対うまくいかないって」
「はい」
「言った二人が」
「はい」
「百年近く一緒にいて」
「はい」
「結婚して」
「はい」
「子供があなた?」
「はい」
森野。
机に。
突っ伏す。
「最悪です」
相沢。
「何が?」
「私」
顔を上げる。
「ものすごく恥ずかしいこと言ってる!」
田中。
「百年越しに」
月島。
「証明されましたね」
森野。
「言わないでください!」
藤堂が笑う。
「母」
「はい」
「森野さんが人間と付き合ってるって知って」
森野。
嫌な予感。
「何て?」
「三十分くらい笑ってました」
森野。
「アリア!」
その日の夜。
帰り道。
相沢と森野。
手をつなぐ。
森野。
まだ落ち込んでいる。
「百年」
「うん」
「百年ですよ」
「うん」
「百年前の発言が」
「うん」
「今戻ってきます?」
相沢。
「長生きすると大変だね」
「本当に」
「でも」
「何?」
「そのころから」
「うん」
「人間とエルフの恋愛」
「……」
「気にしてたんだ」
森野は。
少し黙る。
「怖かったんです」
「何が?」
「大事な人が」
「うん」
「自分より先にいなくなること」
「……」
「だからアリアにも」
少し間。
「やめさせたかった」
相沢。
「今は?」
森野は。
つないだ手を見る。
「怖いですよ」
「うん」
「今も」
「うん」
「でも」
手を。
少し強く握る。
「怖いからやめるのは」
相沢を見る。
「もっと嫌です」
耳。
動かない。
翌朝。
午前九時。
藤堂が出社。
森野。
「ユウ君」
「はい」
「お願いがあります」
「何でしょう」
「お母様に」
「はい」
「伝えてください」
「何を?」
森野は。
少し考える。
「一度」
耳。
ぴく。
「会いませんかって」
藤堂が笑う。
「分かりました」
午前九時五分。
藤堂。
スマートフォン。
母へ送信。
三秒。
返信。
藤堂。
笑う。
森野。
「何?」
「母から」
「何て?」
藤堂が読む。
「『百年遅い』」
森野。
「……」
続き。
「『でもいいよ』」
森野の耳。
少し上がる。
さらに。
藤堂。
「まだあります」
「何?」
「『人間の彼氏も連れてきなさい』」
森野。
耳。
真っ赤。
相沢。
「俺?」
藤堂。
「だそうです」
森野。
「行かなくていいです」
相沢。
「行く」
「来なくていいです!」
「百年前の話聞きたい」
「絶対駄目!」
そして。
土曜日。
百三年ぶり。
森野リリカは。
かつての親友。
藤堂アリアと。
会うことになった。
しかも。
現在の人間の恋人を。
連れて。
コメント
1件
ああ〜、もうこれめっちゃ良かった!! 百年前に絶交した親友の息子が同僚として現れるって設定だけで胸熱なんだけど、当時「人間とエルフは絶対うまくいかない」って言ったリリカが、今まさに人間の相沢と付き合ってるっていう皮肉の効き方が最高すぎる。「百年遅い」の返信で笑ったわw 耳ぴくぴく動くリリカ、可愛すぎて好き。土曜日の再会、絶対読む🔥