「よし、これで第一軍は終わりだな」
ネクトさんの一言は、仕事終了の合図ではなかった。第一軍…?僕は、言葉を受け流そうか一瞬迷った。
「必要な海図は一つしかみつからなかった。これだと、まだダメっぽいからな」
ネクトさんは、海軍長さまに視線を向けた。海軍長さまは、未だ机上でペンを走らせている。 聞くと4つのページに別れた地図を完成させなければこの任務は終われないらしい。
「海図の全紙が必要だ。なのに、誰かが隠すためかちぎったんだな」
「でも、これは最初から4分の1のサイズの海図にも見えますけど…」
ネクトさんが僕にも見えるように、机上へ海図を広げた。その直後、海軍長さまの指が地図の隅に書かれていた山脈を横断した。
「端を見ろ。数字が見切れてる。二等航海士はここにうるさいんだよ」
二等航海士は、船の航路図を立てる人だ。ネクトさんが耳打ちしてくれた。
「って事は、まだ探すんですね…」
僕は、絶望した。もう半日も小部屋に閉じ込められて、集中力が切れていた。
「にしても、こんだけの資料の中にないなら他はどこにあるんですか?」
「この資料は予め書斎の棚から寄せて置いたものなんだ。だから、ここにないとすれば…」
「航海図の事だから、小型船舶以外にはあるはずだ。船内を一掃するしかねぇ」
海軍長さまは、すぐさま立ち上がると部屋を出て探しに行こうとした。
「俺は行くぞ」
「指揮長、海図は最優先事項なのですか?」
尋ねたのは、ネクトさんだった。
「あぁ、明日航路を変更する事になったんだ」
「そんな、急過ぎませんか」
ネクトさんは海軍長さま背を引き止めるように立ち上がった。
「まだ海図は1つしかない。その周辺の情報もなしに、航海など危険すぎます」
僕は、ネクトさんの真剣な表情を初めて見た。その横顔は、危険と言いながらも覚悟を持ち合わせているようだった。
「危険な航海には、ある程度備えが必要です。何をすべきか俺には分かってます」
「なら、いつも通りメンテナンスをしておくんだな」
「ですが、これは何度目ですか。いつになれば、真の目的が伝えられるのですか」
真の目的…。やはり、この船には明確な目的はないのかもしれない。ネイもフェレンさんも、班ごとの目的はあれど、共通しているものなどなかった。危険な航海以上の目的?幾度と繰り返している?一体、ネクトさんの言う目的はなんなのだろう。
「こんな事は今に始まった事じゃねぇ。お前も分かってんだろ」
「しかし、また見逃せば今度こそ危うい状況に陥るかもしれない!」
その声色は何かを守る使命を背負っているようだった。それは、弟であるネクトだと僕は思っていた。そこまで滲み出ている兄弟愛を、ネイと彼はなぜ隠すのだろう。僕が最初に船に乗った時、彼らは僕にそう説明したはずなのに。皆の前ではそれを、今では、僕にまで隠そうとする。
「お前がそう言った所で、船の行方は止められねぇ」
「それは…」
お互いが役職を持ち、こなす任務も守るべきものも分かっている二人。それなのに、この船自体の目的の曖昧さに、すれ違ってしまっている。
「だから、俺は世界を壊しに行くんだ。この船ごとな。任務も終わらせてやるつもりでな」
海軍長さまは、出ていく直前、指揮長として命令をした。
「俺もお前も、目的は違えど、出来ることはひとつしかない。指示に従え」
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