テラーノベル
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靴音がアスファルトを叩く。照り返しの強い夕焼けが、視界の端で滲んでいた。
──逃げたつもりだった。
でも、いつもどおり、逃げ場なんてどこにもない。
校門を出た路地の先、
電柱の影に寄りかかって、蓮司が待っていた。
「よ。おつかれ」
どこか退屈そうに、それでいて、明らかに“待っていた”顔で。
「……何してんの」
「そっちこそ、何してんの。昼間、ずいぶん面白い茶番だったね?」
遥の肩がわずかに揺れた。
「“こいつ、俺の彼氏だよ”──だっけ?」
蓮司はくつくつと喉を鳴らして笑った。
煙草を咥えていないのに、吸い込む仕草だけしてみせる。
「おまえがあんなこと言うとはね。正直、ちょっと感動した」
「……勝手に盛り上がってんじゃねぇよ」
「だってさ。俺はてっきり、おまえ、あそこでも“何もない顔”して逃げるかと思ってたのに。
逆に“捕まりにきた”んだもんな?」
遥は立ち止まり、顔を逸らす。
笑ってる蓮司の顔が、赤い夕日に焼かれて、さらに歪んで見えた。
「で、なに? 日下部、どんな顔してた?」
「別に……何も。いつも通り、正しそうなこと並べてきただけ」
「へぇ。正義の味方ってやつ?」
「そういうんじゃない……ただ、面倒くせぇんだよ」
吐き出すように言ったが、それが自分自身に向けた言葉のようで、
遥は無意識に唇を噛んだ。
「でも、おもしろかったな。あいつ、おまえが俺に触れるたびに、喉仏が動いてた」
「……っ、は?」
「気づいてなかったの? あの目。怒ってたってより、負けたと思ってた」
蓮司の目が細まる。
「つまりさ。おまえ、“勝った”んだよ。
俺を使って、あいつに刺した」
「そんなつもりじゃ──」
「──でも、刺した。
言ったよな、おまえ。『俺が選んだ』って」
「……」
「じゃあ、責任取ってくれるよな? “俺の彼氏”なんだし」
軽い口調。
けれど、その奥にあるのは──あのいつもの、
“何も期待していない”目の冷たさだった。
「──おまえ、どこまでが本気で、どこまでが遊びなんだよ」
遥の声が滲む。
喉の奥が焼けるように熱く、呼吸だけが空回りする。
蓮司は、それを見て、少しだけ目を細めた。
「どっちだと思う?」
「……知らねぇよ。知りたくもない」
「それ、正解」
あっさりとそう言って、蓮司はくるりと踵を返した。
「行こうぜ。今日、沙耶香んとこ寄るって言ってたろ。
“恋人らしく”手でも繋ぐか?」
からかうように差し出された手を、遥は見た。
何も言わずに。
でも──
気づいていた。
あの“付き合ってるから”の一言が、
自分の中で、日下部への防壁になると思っていたのに、
蓮司の前では──
どんどん、剥がされていく。
嘘が、自分を守るものじゃなくなってきている。
逃げ場が、逃げ場じゃなくなっていく感覚。
それが、今一番、怖い。
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