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十五秒の夕日
僕の好きな人が住んでいる街は、田舎くさくて電車の踏切も車が一台通ればいいくらいのしょぼさだ。取り柄と言ったら夕日が綺麗なことくらい。誰もこんな場所に好き好んで住むわけがないと思い僕と一緒に暮らしてくれたら、美味しいものも、綺麗な服も、なんだって与えてあげられるよと、僕は好きな人に告白をした。だけどその人は僕のところには来てくれなかった。「ありがとう、でも好きな人がいる」そう言われてしまった。僕はその人に好きな人がいる事も承知だった。そして、それが叶わない恋だということも知っていた。
それは、出会った日に分かってしまったんだ。
僕は熱で倒れて気付けばその人の家にいた。小さいアパートの一部屋で、今時、裸電球という質素すぎる部屋だった。
その人は編み物を編んでいて、時より振り返って窓の景色を見る。振り返っても工場があるだけで何も風景なんていいものじゃないし、おまけに線路沿いのアパートなおかげで定期的に震度2くらいの揺れを感じなきゃいけない。
そんな環境がいたたまれなくて、僕は救い出したかった。その人に告白を断られた日、僕は項垂れてそのまま部屋に座り込んだ。部屋にある唯一の窓には夕暮れ時だというのに、工場の大扉がガラガラと上に引っ張られていくところで、うるさかった。
「何を見ているの?」
項垂れる首あげて聞く。
「この時間、あそこの工場の大扉が開くと、むこうの景色が見えるの、そうするとね…あ、ほら!」
工場の大扉が開かれると、遮られていた夕日が差し込んできて、景色が一気に色づいていく。
工場の奥には下校途中の小学生たちが歩いていて、警官と思われるお巡りが信号を誘導している姿が見える。子供達が信号を渡り終えて、警官にお礼を言ってるのか振り向いていた、そこでガーっと電車が通り風景は突然様変わりする。地震を作り出す電車は、通り過ぎるまで少しかかる。
やっと電車がいなくなると、また夕日は差し込んできたけれど、もうそこには先ほどの子供達の姿はなかった。
「綺麗な夕日だったでしょう?」
その人は目を細めて笑った。
その瞬間、僕は、この人が何を見ていたのか分かってしまった。きっと、工場は毎日同じ時間に大扉を開けて、その奥に子供たちの下校する風景が写っていて…そして、同じタイミングで電車が来る。たった…、たった十五秒くらいのその時間をこの人は楽しみにしているんだ。それを毎日待っているんだ。そう、わかってしまった。
フラれてしまった僕は好きな人の所へは行かなくなった。僕があの家に行くことはもうないだろう。だって、きっと今日も見ているだろうから。夕日に染まる子供達と愛しいあの人の姿を、夕焼けと共に。