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「すみません、私なんかのために時間を作ってもらって…」
待ち合わせた駅前のロータリーで、車に佳苗を乗せた。
「どうしても気になったのは俺だし。ひとまずゆっくり話せる場所へ行こうか」
「はい…」
駅を出て少し走ったところに、落ち着いた喫茶店を見つけた。
駐車場も空いているし、ここならゆっくり話もできるだろう。
からんころん🎶
【春爛漫】それがこの喫茶店の名前らしい。
色褪せたステンドグラスの古びた喫茶店のドアには、懐かしいドアチャイムがあった。
「いらっしゃいませ。奥へどうぞ」
カウンター越しにマスターが声をかけてくれた。
俺たちの他には、午後のお茶をしてるらしい主婦のグループがあったけど、自分たちの話に夢中らしくこちらには何の関心も持っていないようだ。
「ここでいい?」
こくりとうなづく、佳苗。
主婦グループとは対角線のテーブルを選んだ。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
「俺はアイス、えっと、青木さんは?」
「レモネードで…」
「かしこまりました、しばらくお待ちください」
マスターは頭を下げて戻って行った。
「うわぁ!やったね楓!これで告白できるじゃん!」
「LINEゲットできればこっちのもんだよね?」
奥の主婦グループは4人。
スマホを出してなにやら楽しげに盛り上がっている。
大きな声で話しているので、聞くつもりはなくても耳に入ってしまう。
「賑やかだね。主婦の集まりって、みんなあんな感じなのかな?」
「さぁ?私にはわかりません」
そういえば、佳苗にはそんなふうに楽しげに話す友達がいるようには見えなかった。
「うちのもあれくらいの年齢なんだけど、友達と集まるとあんな風にしゃべってるのかな?」
「店長の奥様は、もっと落ち着いた人ですよ」
「え?青木さん、うちのに会ったことあったっけ?」
「あっ、いえ、想像です。店長の奥様ならきっとそうだろうなって」
「あはは、落ち着いてるかなぁ?年上だから俺よりは落ち着いてるかもしれないけど」
アイスコーヒーと、レモネードが届いた。
「そんなことより、おしえてくれないかな?そのアザのわけを。まさかとは思うけど…」
佳苗は、ふうっと大きく息を吐く。
「私が悪いんです…」
「ん?どういうこと?」
「私があの人の妻としていたらないから、あの人は私にそれを教えるために…」
「ちょっと待って、教える?それ、暴力だよね?それも一度や二度じゃないよね?」
「……」
佳苗は、うつむいてしまった。
やはり、DVだったか。
「ね、そのことを相談できる友達はいないの?親友とか、自分の親御さんか、ご主人のご両親とか?もちろん、俺でよければなんとか考えてみるけど」
「話せません…誰にも話していません」
「そうか。じゃあ、これから病院へ行こう、病院で治療してもらって証拠写真と診断書を出してもらおう」
「……」
「そういう証拠集めがDV被害から脱出するために必要だって、ネットで調べたんだ。だから…」
沈黙。
「なんとかしないと、このままじゃ…命に関わるかもしれないよ」
「でも、もしも病院に行ったことがあの人にバレたら私は、もっと酷く叱られてしまう…」
「叱られてるんじゃないんだよ、ただの暴力なんだから、ね!」
佳苗は俯いたまま、肩を震わせている。
膝に置いた両手にポタリと涙が落ちるのが見えた。その時…。
「「えぇーーっ!SMなの?ヤバくない?」」
奥のテーブルから、とんでもないワードが聞こえてきた。
まさかと思うけど。
「一個確認、それ、そういう趣味の痕跡じゃないよね?」
「え…?」
「SMとか?」
バシン!
とテーブルを叩いて立ち上がった。
「もう、いいです、ほっといてください」
お店の中全体に佳苗の声が響いた。
シーンとする。
主婦グループも、おしゃべりをやめてこちらを見ている。
「ごめん、そんなつもりじゃ。とにかく座って、お願いだから」
テーブル越しに佳苗の手をつかんで、着席させた。
手首には包帯が巻かれていた。
「それは?それもご主人に?」
ハッと手首を袖で隠す。
「もう、どうでもよくなっちゃって、消えてしまいたくなっちゃって…」
ますますなんとかしなければいけない、と思った。
奥の方からはまた、主婦グループの賑やかな声が聞こえてきた。