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「……あ、落としたよぐち逸」
肩からずり落ちた小さなピンク色のうさぎを拾い上げる。
「あぁすみません、ありがとうございます。助かりました。これを無くすと怒る人がいるので」
すこし嬉しそうに、なんなら頬を少し赤く染めてぐち逸はうさぎを受け取る。
そして元の位置に置き改めてお大事にと一言添えてその場を去っていた。
「……え、あいつあんな顔できたの」
がつんと殴られたような衝撃と、なんとも言えない感情がぐぐっと体を巡った。
なんだかんだと心を開いてくれていると思っていたのに、俺以上にぐち逸に寄り添う人がどうやら居たらしかった。
誰かから恐らく渡されたうさぎを肌身離さず大切そうに。
ぐちゃりと折れ曲がり始める心を何とか持ちこたえられるように思考をそらす。
切り替えよう、あんだけ心配していたぐち逸に居場所ができたのだから……喜ばしいことでは無いか。本人もなんだか楽しそうだし。いいことじゃないか。
……そう、いいことなんだ、
それなのにどうして……。
心をじんわりと浸すこの悲しい気持ちはきっと何かバグってでちゃってるだけなんだ。そう思い込むことにした。
それからしばらく経って、偶然北の方の服屋でぐち逸を見かけた。治療の帰りかな?……まだ肩にはうさぎもいる。
声をかけようかと近づいた時、服屋から複数人の人が出てくる。
ぐち逸は彼らを待っていたのだろうか店の前で話始める。彼らのひとりは肩を組んだりと随分と親しげだった。
それに何よりやっぱりぐち逸の表情も柔らかい。
あぁ、こいつらか。
こいつらが、ぐち逸の。
よくみたら、868のメンツじゃないか?
よりにもよって犯罪者?
そんなヤツらの方がいいの?
など、ぐちゃぐちゃ良くない思考回路が湧いてくる。
……思わず車から降りもの陰に隠れてコソコソと彼らの行動を盗み見しながら俺は何しているんだろうか。
「レダーおそくね。ぐっさんごめんねぇ」
「まぁ、別にいいですよ。気にしませんから」
肩を組んでいた男がぎゅうと抱きしめてくるも嫌がる素振りもなくトントンと優しい手つきで背中を叩く。まるで、子をあやすかのように。
俺が見た事あるぐち逸はいつも淡々としていて余計な話はあまりしない。身体が近づくのだって治療時だけだ。こちらかは近づいても嫌がることは基本ないがアクションを返すこともない。
見ていたら見ていた分だけ違いが見えて嫌な気分が広がる。
そうこうしているうちにまた新たな人物だ、あれには見覚えがあった。いつの間にか警察から姿を消して、ホットドッグ売りになったかと思えば半グレ、ギャングと着々と堕ちていったロボット、ケインオーだ。
「ホラ みっくすさん。ぐち逸さんにくっつきすぎですよ」
「えー!べつにぐっさんは嫌がってないやん〜。自分が離れて欲しいって思ってるだけちゃうん?」
「そうですが何か?」
「……。いや素直か!」
「ケインさん、どこか故障したんですか?失礼します」
するりと男の腕をぬけケインのことを診断し始めるぐち逸。
心做しか、表情がないはずのケインが得意げに見えるのは気のせいか。
「あーん、ぐっさんイケズやなぁ〜」
「オイル漏れも、漏電もしてなさそうですが、確かあなた方の修理工……バニさんでしたか、彼に機械部分ちゃんと診てもらってください。」
「はい、ありがとうございます」
三人の傍から見れば微笑ましさすら感じるやり取りを乱すかのごとく新たな人物が洋服屋のドアを開け出てきた。
あぁ、あの男は、レダーだ。
そう、あの男とぐち逸が繋がりを持つきっかけとなった自分だからいやでもわかる。これが、ぐち逸の助けになると信じて彼と繋いだというのに。
「何イチャイチャしてんのぉ」
「診断してもらってたんですよ、テンチョー」
「イチャイチャってなんですか、まったく……」
「非難轟々やん」
「うるせー、ほらさっさと行くぞー」
「いや、あなたを待っていたんですが」
やっぱりどの人とも仲良さげに言葉を交わして共に車へ乗り込みどこかへと去っていった。
そうしたら、さっきの騒がしさなんて嘘みたいで、時々吹く風によって舞いあげられた砂が目を刺すだけだった。
あぁ、いたい、いたい、きっと砂のせいだ。
いたいなぁ、涙出ちゃうのもきっとここだからだ。
早く、署に戻って顔を洗いたい……。
あぁ、いたいなぁ。