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「俺はその間、ずっと小さな工場の一室でネジを取り付けてたよ」と青年は言った。
訳もなく涙が出てきた。痛覚では感じない、痛みが心にしみる。俺は、どうしていつまでもこうなんだろう、と青年は心の中で言った。
旅人の反対側に顔を上げると、さざなみがまぶしい。ここから見える、一番遠くの場所に目をやる。
「あの水平線の向こうに、何があるか教えてくれないか」
青年の声はかすれていた。旅人は目を閉じた。
「方向があっているかは知らない。けれど、僕は経験した。碧い海。深い空。砂漠を歩くラクダの商隊。廃墟の町。象の集団。 バラの花咲く道。ゴチックの教会。丘の上の修道院。ジプシーの弾くアコーディオン。一面の麦畑。青く光る雲。摩天楼のビル街。生き急ぐネクタイの群れ。交差点の車の群れと、その窓を拭く物乞い。エメラルド色の浜辺。スコールと高い茎。大人に成り立ての少女の瞳。闇の中の寺院。空港のトイレに住む老人。星に照らされた渓谷。ペルシャ人の戦場址。湖に映るモスク。そしてここはアジアの終わり、ヨーロッパの始まり。地球が丸いっていうのは、本当だよ」
水平線は、一箇所だけ小さな突起物が浮いている以外、研究室にあった水平器の腕よりも平らだ。
「俺には、この海はただの海にしか見えないね」と青年は言った。
「僕も、ここを経つときはそうだった」と旅人は言った。