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「イヤだよぅ。リカちゃん、何とかしてくれよぅ」
数日前の血便の件で、お姉に病院に行くよう命じられたらしい。
さすがのうらしまも沈んだ顔だ。
「そりゃ、ちゃんと見てもらわんとアカンて。心配やもん」
「うーん……病院はキライだ……」
「そんなん言ってる場合違うで。ああ、商店街のヤブん所行ったらアカンで。あそこ、ロクな評判聞かんからな。ちゃんと駅前の総合病院行きや。待ち時間長いけどしょうがないって。血便やったら内科やな。泌尿器科か? よう分からんな。肛門科?」
「……こ、肛門科?」
うらしま、突然明るい表情になった。
しまった、ソコか!
肛門科でスイッチ入ったか!
何を想像したのか、ウキウキした様子で内股になって走り去るうらしまを見送って、アタシは自分の部屋に帰った。
「疲れるわ、あの人……」
溜め息をついたところに今度はオキナがやって来る。
「キミさぁ、感電少女なんだって~? 雷喰らって奇跡の生還果たしたんだって~?」
特異なものでも見るような感じでそう言われた。
何や、その目つき。傷付くわ。
どうせ、うらしまあたりが得意になって喋ったに違いない。
「アタシ、感電少女って陰口叩かれてたんか……」
それはそれで傷付くわ。
一日中、アタシは悶々と考え込んでしまった。
「でも事実やもん。しょうがないし」
振り切るように、アタシはスパイスの小瓶を振った。
夕飯の激辛カレーの完成や。
カレーとスープとサラダ。
我ながら会心の出来や。
「桃太郎、晩御飯できたでー」
すると桃メガネ、テーブルの前に座ったまま顔だけこっち向けた。
「ご苦労であった」
そのセリフに、アタシはキレた。
「何やと、オラー!」
桃スーツに箸を投げ付ける。
「すいません、リカさん、アリガトウゴザイマス。ご馳走になります、やろが! 何でアンタはいちいち上から目線なんや! もっとアタシに感謝しろ!」
怒鳴ると桃太郎は怯えたように身を縮めた。
急いで箸を拾っている。
「で、では感謝の意を込めて今度の日曜、母の日に肩たたき券を50枚進呈……」
いらんわ!
「アタシは肩凝ってへん! 第一、アンタの母親違う!」
甘えんな、と怒鳴ると桃太郎の奴、小さい声でブツブツ言ってる。
「お、大家殿に言いつけてやる。こっぴどく怒られるがよいわ」
アタシは黙って座ってカレーを口に運んだ。
かなり辛い。
調子に乗ってスパイスを入れすぎたみたいだ。
「あのなぁ、桃太郎……」
香辛料で噎せ返っている桃太郎に水の入ったコップを渡して、アタシは遂に切り出した。
「今更言うのも何やけど、やっぱり出て行って欲しいねん……って、アタシ悪者違うし! 普通の感覚やん。出て行って言うて何が悪いん? あらためて言うのもアレやけど、勝手に人ん家居座るアンタが悪いねんで。だ、だからそんな顔せんといてったら」
今まで普通の家族みたいにコイツに接してきたアタシが人が良すぎた。
いや、どうかしてたんや。
おかしな流れでそのままになってたけど、素性の知れん男と二人きりで暮らすなんて、有り得へん話や。
別にオキナに妙なこと言われたから気にしたってわけじゃない。
でも、アタシと桃太郎が相方(事務方でも一緒や)で、しかも一緒に暮らしてるなんて思われたらアタシ、やっていけへん。
16歳の乙女にとってはショックな誤解やわ。
「べ、別に赤毛を気にしてのこと違うで? ただ……」
「ただ……何じゃ?」
じっとりした上目遣いの視線で桃太郎がアタシを見上げる。
「いや、あの、だから……別にアンタが悪いわけ違うねん。ただ、アタシが……。アタシのワガママっちゅうか……」
アカン。
付き合ってるわけでもないのに別れ話切り出してるようなこの間の悪さ。
だからアタシは悪くないって。
むしろ被害者や。
桃太郎は何の面識もないアタシの部屋に勝手に住み着いた変質者や。
殿様気分で家事は何もしないし、文句言ったら世直しの旅という目的が……とかワケの分からんこと言うだけやし。
このカレーの材料だって、桃太郎は1円だって出してない。
アタシが、恐ろしいお姉に借金して買ったものだ。
「世直しとか言う前にアンタ、働きぃや!」
怒鳴ると桃太郎は一瞬、怯んだ。
「よ、余は桃から生まれたので戸籍が……」
「桃ネタは聞き飽きたわ!」
「ネタではない。ネタではないのじゃ」
「うるさいわッ!」
アタシは右手を振り上げた。
次の瞬間、桃太郎の頬がパァンと激しい音を立てる。
「アアッ…!」
叫んで桃太郎は床に倒れた。
つ、つい手が出てしまった。
桃太郎が悲壮な泣き声と共にこちらを見上げるが、メガネが曇っていて奴の目はよく見えん。
アタシの怒りはまだまだ収まらんかった。
「せめてアンタ働けや! でも、今更お笑い芸人目指そうったってアカンで。アンタ、一発ギャグすぎるもん。その|格好《ナリ》と、ももたろさんの歌だけやん。一発芸人にしたって厳しいで!」
「リ、リカ殿? 何を専門的な……?」
「お腰につけたきびだんごの所を、きりたんぽとか、めんたいことか、ぶなしめじとか……色々地域ごとの特産物に応用できるから営業しやすいってか? アカンわ、それだけやもん! あとは桃から生まれたから戸籍がないってネタだけやん!」
「リカ殿、ネタではない。だから断じてネタではないのじゃ……」
「お笑いの世界はそんな甘くない! そんなんじゃ生き残れへん! いや、それ以前に芽も出んわァッ!」
大声で言い放った。
桃太郎は頬を押さえたまま「ハアッ」と息を呑み、傷付いた顔を作ってみせた。
チクリと痛みかける胸を奮い立たせる。
桃太郎も一寸法師もゴメンや!
あんなん、ただの変人と、ただの変な小人やん。
「チクショーッ!」
一声吠えて、アタシは部屋を飛び出した。
何でアタシが出て行かんとアカンの?
そんな疑問が掠めたが、今更そのノリを破壊することはできない。
「チクショーッ!」
階段を駆け下りたところで、できれば会いたくない面倒臭い奴に鉢合わせした。
「コウモン科から今帰ってきたよ」
うらしまだ。
馴れ馴れしく話しかけてくる。
うるさいわ、空気読め!
いそいそとお尻専門科に行ったものの、結局内科に回されたらしい。
幸いどこにも異常はなく、硬い大便をしたために尻の端がちょっと切れただけだろうという結論だ。
大便が硬い原因として水分不足が考えられます。水分をたくさん摂りましょう。
そう指導されて、早速2リットルペットボトルを抱えてる。
アタシの目の前でそれをグビグビ飲んでみせた。
「アンタ、ウザイねんーッ! チクショーッ!」
叫んでアタシ、再び駆け出した。
うらしまが背後で何か言ってる。
ゴボゴボ言いながら喋るから何言ってるか、全然分からへんわ!
「16.超絶不毛美青年登場!~でも頭がすごく残念なかんじ」につづく