夏が終わり、少しずつ秋の気配が近づく頃。図書館の自習スペースでは、陽と澪が並んで問題集に向かっていた。
「ここって、こういう考え方でいいんですか?」
「うん、合ってるよ。やっぱり陽くん、吸収が早いね」
佐伯澪の柔らかな笑顔に、陽は少し照れながらも頷いた。そんな時間が、心地よく、静かに流れていた。
だが、その空気は、ある人物の登場で崩れる。
「へぇ、仲良いんだな、風間。佐伯と」
ひときわ目立つ整った顔立ちに、サッカー部のユニフォームを着た片桐悠真が、笑みを浮かべて立っていた。
「…片桐先輩」
「同じクラスなんだから、先輩とかやめてよ。それに俺たちって、同い年でしょ?」
軽薄そうな口調と、陽に向けられる不敵な視線。その視線の意味を、陽はすぐに理解した。
片桐は、澪のことを狙っている。
それを確信したのは、そのあとの一言だった。
「佐伯。今度の文化祭、俺と回らない?前から気になってたんだよね。お前のこと」
その場の空気が、凍りついた。
澪は驚いた表情を浮かべて口を開こうとしたが、その前に陽が立ち上がった。
「ごめん。…僕たち、勉強の途中なんです」
「へぇ、そっか。悪い悪い、邪魔したな」
片桐は笑いながら手を上げ、悠然と立ち去っていった。
残された陽と澪の間には、先ほどまでの穏やかさはなかった。
「ごめん、私…びっくりしちゃって…」
「ううん、大丈夫です。…でも、ちょっとだけ、焦りますね」
陽の言葉に、澪は小さく微笑んだ。その笑顔が、ほんの少しだけ、寂しげに見えた。
その夜、陽は一人で考えていた。
片桐のように、自信に満ちていて、まっすぐ想いを伝えることができる人間に――自分は、なれるのかと。
そして同じ夜。別の場所では、柚葉がひとり、スマホを見つめていた。
(最近、先輩…ちょっと元気ない)
そんなことを思いながら、ためらいがちにメッセージアプリを開いて、陽に一通だけメッセージを送った。
『先輩、今日もお疲れさまです。ちゃんとご飯食べましたか?』
送った後、画面を見つめたまま、しばらく返事を待ち続けた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!